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空港ユートピア現象

生まれたばかりの赤ちゃんは、自分で母乳を飲めず、ひとりで歩くことはできない。これは人間だけの特徴らしく、それゆえに母親は赤ちゃんに四六時中そばにいる必要がある。出生後、短い期間の中で目紛しく成長する赤ちゃんは、やがてハイハイを始め、自身の意思で自身の行動範囲を徐々に広げる。

飛行機での移動は身体領域を遥かに超えたものであり、ほんの数時間、雲の上でじっと待っていると、まるで遠い惑星に降り立ったかのような感覚に陥る。私たちはきっと、生まれた時からどこかへ移動をすることを本能的に求めているのだろう。ただじっと待ち、場所を移すだけでも無条件で思わず高揚してしまう。

空港は、世界中から集まったそんな高揚が集積している場所だ。旅立つ興奮や、別れの寂しさ、見知らぬ土地への不安、未知の世界への期待。高揚の種類はそれぞれだろうが、毎日何万人もの人の胸の高まりが共鳴する場所。

今から搭乗をする人たちはみな、どこかへ飛び立つ心づもりをしていて、どんな早朝でもはっきりと目を覚まし、その場所へそれぞれ思いを馳せている。

そんな空港は窓のようなものだろうと思う。誰も透明なガラスを見ていないが、内側から向こう側の景色に思い馳せて、見惚れている。見えないからこそ必要で、確かにそこにある存在。

どこかに見惚れている人ばかりが集まり、毎日何万人もの馳せる心が重なる場所。誰も空港という存在は見えていないが、見えていないからこそ、馳せる思いが重なっている。

透明であるがゆえの魅力。これを「空港ユートピア現象」と名付けた。

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