見出し画像

ピカピカの

先日、一人暮らししていた自分の部屋に戻る機会があった。

病気で頭がおかしくなり、逃げるように出て行ったあの部屋

買い食いばかりで栄養の偏った食生活からも、人が多いこの街からも、早く抜け出さなきゃ

このままここに暮らしていたら
自分が何をするかわからない…

そう迫られるようにして出て行ったあの部屋


帰り道は、夜だったこともあり、幽霊しかいない街みたいにひっそりと静まりかえっていて、信じられないくらい心細かった。

実家に帰る前、首を吊ろうと思っていた木や
闇に沈んだ公園が怖くてたまらなかった。


坂を下って、のぼって、やっとのやっとでたどり着いたあの部屋


たった2週間離れていただけなのに、扉を開けるとまず真っ先に感じたのは


…おばあちゃんくさい?


それが築50年以上のこのアパートのせいなのか、私自身がおばあちゃんくさいのか…前者であってほしいと祈るけれども

でも私が実家の自分の部屋に戻った時も同じにおいがした。
排水溝が干上がってのぼってきたにおいのような、床やベッドにうっすらと積もった埃のにおいのような


きっと使われなくなった部屋のにおいなんだ



中に入って電気をつけると、
なんだか思ったよりガランとしている。

こんなに広い部屋だったっけ。

昼間の太陽の光をまだ保ったまま少しだけあたたかくて、空気がこもってる。

こんなにきちんとしてたっけ。

たしかに出て行く前に一通り片付けてはきたのだけれど。
無音とおばあちゃんくさいこもった空気とガランとした空間は、まるで真空地帯みたいで、パックされた私は数分、立ち尽くしてしまった。


よくこんな寂しい部屋に、今まで住んでたもんだな


すぐに窓を開けて、うちにはテレビはないからパソコンを開いた。動画配信の外国のコメディードラマは、観客かなにかの笑い声が入っているからにぎやかで良い。


自分の部屋なのに全然落ち着かなくて
変な緊張がおさまらないまま、料理をして食事をとる。

今日はいつもよりすこしおいしくできた。

いつもお世話になってるレトルト食品の扱いもすこしは手馴れたのだろうか


お風呂に入る時になって気づいた。
ユニットバスのトイレのタンクの上にこちょこちょと置かれた化粧品たち


そんなにお金はかけていなかったけど、少しずつ集めて、必要最低限のものは揃えていた。

お気に入りの化粧水、いいにおいのシャンプー、ヘアオイル、フェイスマスク、アイクリームまである。

その時私は失ってた記憶を取り戻したような感じがした。

私はかつて、毎日それらで自分をケアしていたんだ。


久しぶりにその化粧品たちを使ってみる。
シャンプーのにおいは懐かしいくらいに感じて、ヘアオイルを使ったら、乾燥でカサカサした毛先もつやつやでまっすぐになった気がした。

自分で言うのも変だけど、なんだか自分が少しだけ可愛くなった気がした。

風呂を出て、着替えを取る。
押入れを改造したクローゼット。収納法を工夫して好きだった洋服が綺麗に並んで見えるようにしていた。

それを見て、ふと思った。


ここは、24歳の女子が、24歳の女子らしく暮らしていた部屋だったんだ。今まではうつ病で寝たきりで、食事も、風呂に入るのも億劫になるほど疲れ果てていた。でも目の前いっぱいに広がる仕事に気を取られて、そのことにも気づかないくらい急速に、知らない間に私は、気持ちだけ90代くらいのおばあちゃんになってしまっていたんだ。

首も腰も痛い。背筋だって曲がっちゃって。
以前は風呂に入った後必ず柔軟してたし、暇があればヨガまでやっていた。背筋もしゃんと伸ばして仕事していたのに。


入ってきたときに感じたにおいは、もしかしてそれだった?かんがえすぎだろうか。



思えば私の暮らしぶりは、自分にとっては上等なものだった。ものは少ないけど片付いた部屋、収納法を工夫したクローゼットの中身、シンプルだけど、年相応の若さを保つための美容品、仕事のために買ったHow to本、フカフカのベッドの敷きパッド…
自分にしては上出来だ。

身の回りを整えて、おしゃれをして、貯金もそれなりにしていたなんて、自分にしては相当すごいことだ。そんなすごいことをしていたんだ、私は、たった1人で。


私はこの部屋に戻って、気がついた
そこに24歳の自分が立派に生活していたことに。


私は、消費に追い打ちをかけてくる街と、みるみる時間を奪っていく仕事の中で、必死に生きるピカピカ24歳の女の子だった。


私は久しぶりに自分が生計を立てていた家に戻って、少しだけ若返った。


実は、実家は竜宮城だったのかもしれない。
残念ながら浦島太郎は若返らないけど。


今までの自分を褒めてやり、そして、また私は実家に戻る。今度は自分が自分らしくいるために買った、戦利品を携えて。


そして私は自分の部屋を去った。
ピカピカの24歳にふさわしい部屋を、ピカピカに掃除して。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?