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YB-1の”速さ”について考える

ヤマハYB-1(2スト)は20年以上前のバイクであり、公道を走っている個体数も乗るライダーの数も年々減っています。
そして、2ストロークエンジンという(公道走行車における)ロストテクノロジーと化しつつある機構を搭載しているせいで、時としてその性能が良くも悪くも過度にロマンを帯びて語られる事もあります。
本項では、そんなYB-1のリアルな性能と”速さ”のキャラクターについて触れていきます。

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①YB-1(2スト)の素の速さについて

そもそも速さ云々いうバイクではない

別項で触れた通り、YB-1はベースモデルのYB50とパワーもギア比も同一であり、当然ブレーキもタイヤも同一なので、マシンとしてのスペック的な性能は「ビジネスバイク」YB50とおんなじです。最高速度こそ辛うじてメーター読み60km/hを出せますが本当にギリギリであり、同時代の高性能50cc水冷2ストエンジン搭載車(NS-1、TZR50等)が「60km/h走行でもパワー的には幾らか余裕がある」のとは大違いです。ビジネスバイクとして求められる「荷物を積んで急坂を登る」「低速での力強い走り」等の要求を実現するために4速ミッションのギア比は低速走行+オーバードライブ的な構成で、お世辞にもスポーツ走行向けとは言えません。

ビジネスバイクとして小回りと耐久性、コストパフォーマンスを重視した足回りも同様です。細い前後タイヤは街中でも田舎道でもヒラヒラと小気味良い走りを見せてくれますが、それはワインディングやミニサーキットでの高速走行とは全く異なる特性の”軽快さ”であり、タイヤやブレーキ、サスペンションの性能を使い切っての高負荷走行は苦手です。

更に、エンジンや路面からの振動を吸収してライダーの疲労を軽減してくれるゴムダンパー搭載ステップも、荷重移動のために踏み込むとグニャグニャと大きくしなるので、精密なマシンコントロールとは無縁の代物です。

…といった具合に、50ccビジネスバイクとして見ると極めて優秀なマシン仕様なのですがスポーツ走行には全く不向きであり、ロングシートと低いバーハンドルでスポーツ「気分」を味わうバイクがYB-1だといえます。
速さに固執する事なく無理せず楽しんで走る分には、軽快な車体構成と元気なエンジンが非常によろしいのですが。

②レース仕様やハードチューン仕様について

ゼロハンの最高速はキッズのみならずおっさんもアツくなる

それでも速さを求めてしまう人が後を絶たないのは、最早ゼロハンライダーの性なのかもしれません。
確認できる限りだと、2000年代頃まではYB-1が参戦して楽しめる50ccレースが幾つか開催されており、かつてはレース仕様のハードチューンを施されたYB-1が数多く激走していました。
しかし…

FS1「また俺か」

ここでも結局、YB50一族最速を誇るFS-1用の高回転型エンジンパーツや5速ミッションが一般的な「最強チューニングメニュー」のメインディッシュだったのです。当然の如くFS-1のエンジン回りは昔も今も入手困難であり、車両自体も急速に個体数を減らしています。
 
なお、FS-1のエンジンは高回転型のピーキーな出力特性を持っていますので、YB-1の4速ミッションのままで二次減速比のみを弄り最高速を盛った仕様だと、必然的にギアが超ワイドレシオになりますので加速時の繋ぎが大変になってしまいますし、登りでは泣く事になります。
幸運にもFS-1のパーツを入手できてチューニングに用いるのであれば、出力特性とギア構成のバランスには特に注意が必要です。

AE92後期型の4AGエンジンは86乗りの間で人気だった
(画像は前期型+スーパーチャージャー搭載車なので無関係)

少し脱線しますが、人気車種の「ドナー」として個体数を減らした車両…というと、AE86型レビン/トレノにエンジンを移植するためにエンジン回りだけを持っていかれ、走れないドンガラが解体屋に溢れかえり…今や絶滅危惧種となってしまったAE92型レビン/トレノ(後期型)の悲劇が脳裏をよぎります。
残念ながら、FS-1も既に同じ運命を辿っているようです。

他の定番メニューといえば、チャンバーは当然の事ながら「ビッグキャブ装着(+吸気経路拡大)」というものもありました。
しかし、ここでYB-1のエンジン仕様上問題が発生します。

ロータリーディスクバルブ式は色々とおもしろいぞ

一般的なピストンリードバルブ/クランクケースリードバルブ式2ストエンジンであれば、キャブレターはシリンダーの後ろ、クランクケース上に位置するので、ビッグキャブを収容するスペースと吸気経路の確保は比較的容易といえます。
しかしYB-1はロータリーディスクバルブ式であり、キャブレターは上の画像の通り、クランクの横から横向きに生えていますので、何も考えずデカいキャブを付けると右足に干渉します。しかもキャブレターの直近にはオイルポンプもあり、尚更スペース的な余裕がありません。

つまり、ビッグキャブを装着するには
右足が邪魔 → バックステップ化
オイルポンプが邪魔 → 混合仕様
という事になるのですが、そもそもガチのレース仕様であればバックステップも混合仕様も普通にやるものなので、実は問題にはならないのです。

しかし「これからサーキットでYB-1のポテンシャルを見極めたい!」というロマン溢れる人でもない限り、増してや公道で混合+横向きビッグキャブのレース仕様YB-1を日々走らせて幸せになれる…とは言えません。確かに速くはなるでしょうが、同じくヤマハ空冷2ストであるGT50RD50、その末裔たるYSR50、スズキの誇るRG50系列、カワサキのAR50KS-1、ホンダのなんかヘンなMB5系列etc.といった、FS-1よりも後の時代に生まれた高性能空冷2ストマシンのエンジンを弄った方が安上がりで速いですし、空冷にこだわりがなければ(別項でも触れましたが)水冷7.2ps族が最強です。

スズキRG50T。筆者のYB-1の先代にあたる下駄担当マシン、素晴らしかった

ちなみに、YB-1へのこだわりが薄く「なんか古い空冷2スト50ccマシンでブンブン飛ばしたい!」という人にはスズキの誇る変態マシン・RG50Tをイチオシします。
見た目はYB-1と大差ないビジネスバイク風ですが、その中身は最高出力7psを誇る最強空冷スポーツ・RG50Eであり、フロントディスクブレーキやアンチノーズダイブシステムやキャストホイールといった豪華装備を取り払いながらも過激なパワーはそのまま。
死ぬほど走る!そこそこ曲がる!絶望的に止まらん!
という、FS-1よりも遥かにムチャクチャなマシンです。
ブレーキ回り以外特に弄る必要性を感じない位、ヤバい程の速さを堪能できます。
どうしてスズキってこんな変態マシン量産するん…

変態スズキはさておき、話を進めましょう。

「YB-1 カスタム」で検索すると、イカツイ足回りの個体がたまにhitする

かつて、走行性能を高める方向でのYB-1定番チューンのひとつに「TZR50フロント回り移植」というメニューがありました。
実は、TZR50系列のフロント回りはステムから丸ごとほぼポン付け可能であり、手軽にフロントディスクブレーキ化できるので人気だったようです。近年はRZ50(二代目。90年代に発売された方)のフロント回りの方が、YB-1と同じくスポークホイールなのでドナーとして好まれているようです。

しかしながら、この改造には大きなデメリットが伴います。
というのも、TZR50にせよRZ50(二代目)にせよ、フロントタイヤがYB-1のリアタイヤよりも圧倒的にグリップし(細かい話をするとTZR50だとフロント16インチなので扁平率が高く、TZR50RとRZ50だとフロント17インチだがタイヤが太くなる)、更にフロントフォークとホイールの剛性もYB-1より遥かに高いので、前後タイヤ・ホイール・サスのバランスが完全に崩壊してしまうのです。
つまり、やるならリア回りの強化なり手術なりも一緒にやって剛性とグリップ力、そしてディメンション的なバランスを取ってあげる必要があるという事です。

カスタムする事自体は各人の自由ですけど、
筆者個人としては「そこまでやる位なら別のマシン乗るわ…」と思います。

③ボアアップ・エンジンスワップについて

50ccという排気量にこだわる必要がないのであれば、最も手軽にパワーアップできるのが「ボアアップ」という選択肢です。
しかし、YB-1のエンジンは元々50〜60cc台程度のキャパシティしかなく、2022年現在入手可能なサードパーティ製ボアアップキットの排気量もその程度で収まっており、カブ系エンジンのような大幅な排気量アップは望むべくもありません。
そもそも2ストロークエンジンは一次圧縮をクランクケース内で行う性格上、シリンダーばかり大きくしても相対的に吸気効率が落ちるので、4ストのように「でかいシリンダーとヘッド乗せればOK!」という訳にはいかないのです。
(4ストのYB-1 Fourの方が排気量アップの敷居は低いです)

しかし、バイクに詳しい変態マニアな人なら、きっとこう思うでしょう。

YB90の広告。全力でビジネス路線に振っていたのがわかる

YB90のエンジンを移植すればイケるんじゃね?」

残念ながら、答えはNOです。
クランクケース形状を見たら一目瞭然ですが、YB90のエンジンはそもそも別系統のエンジンであり、電装系移植等の面倒な思いをしてまでYB-1に付ける位ならYB90をそのまんま走らせた方がよっぽど楽…という代物です。
なお、YB90も1980年モデルにてCDI点火を導入しています。

という訳で、現状では60cc台にちょっぴりボアアップし、ポート加工等でパワー&トルクを気持ち上乗せしていく!という手法が最も手軽かつリアリティのある選択肢だといえます。

バイクにはそれぞれの似合う走り方と道がある

”最速ロマン”をことごとく粉砕するような話が続きましたが、それは即ち、YB-1がそういうバイクではないという事でもあるのです。

YB-1は速いバイクでこそありませんが、遥か1960年代から熟成に熟成を重ねた頑丈な車体と整備性・耐久性に優れたメカニズムを持ち、市街地の喧騒の中でも田舎の未舗装路でも平然と走り抜ける事ができます。
軽快なハンドリングと元気なエンジンは通勤でも買い物でも寄り道でもショートトリップでも小気味良くこなし、その気になればロングツーリングもできてしまいます。

結論として、YB-1の”速さ”は「速度」というよりは「小気味良さ」「快活さ」「軽快さ」「元気の良さ」と表現した方がわかりやすいキャラクター性を持っているといえます。

(自動車専用道路を除き)行きたい道を、好奇心の赴くままにどんどん走りましょう!
そういう付き合い方こそ、YB-1には最高に似合うと思います。

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