6年前の六本木交差点で電話がかかった

仕事を終えて帰ろう、というとき、信号待ちの交差点で携帯電話が鳴った。知らない電話番号。だけど、そのときは電話に出た。「おー、久しぶり。元気?」懐かしい声、でも、思い出せない。「僕だよ、○○だよ」一瞬、時がとまった。まともに話すのは小学校以来だろうか。地元の同級生の子だった。どうしてこの時期になって電話を掛けてきたのか。「あのさ、今度、選挙あるじゃない?」…そうか。このフレーズであとの云いたいことは分かった。僕は不偏不党とまではいかないが、投票先は政策と人となりで考えるタイプであることを踏まえ、申し訳ない、君の気持ちにはこたえられなさそうだ、ということを伝えた。「そっかあ…でも、そうだよね」「いまどんな仕事してるの?」なんとなく、近況報告をした。当時の僕は小さなベンチャー企業でWebのコンサルティングの仕事をしていたのだが、ずっと地元にいる彼にシステム開発の工程の話などうまく話せる気がしなかったので「そうだな、お客さんのためにいろいろと考える様な仕事だよ」という言い方をした。

「そっかあ、とおるくん、賢かったもんね」そう彼が言ったとき、不意に涙が出た。そう思っていてくれてたのか。だめだ、泣いてしまう。ちがうよ、賢くなんてなかったんだよ。それは学校のテストの話じゃないか。僕は中学校受験をして、失敗したんだよ。でも受験前は学校の授業を少しだけ先取りするよな勉強を塾でしていたから、クラスのみんなより勉強ができるように見えていただけなんだよ――彼の中の“僕”は、きっと、勉強と読書ばかりしてた小学生のころの僕なのだ。

そう、とても純朴な人となりだった彼の中では、小学校のころの僕の思い出しかないはずだ。名古屋の市街地から少し離れた田舎の小学校、お互いの自宅で彼とすごした時間の中で、僕はどんな人間だった?

「きみは優しいから、その仕事、きっと向いてるんだと思うよ」そんなことない。誰よりも優しかったのは、君の方だ。ただ、そんな思い出をずっと持ち続けていた彼の人生の中で、僕という存在に今日この日に電話を掛けた気持ちは、どんなだったろう。僕は、優しい、と思われていたのか。僕が優しいヒトだから、君は電話を掛けたのだろうか。優しいヒトだったはずの僕は、君の申し出にNOと言ったんだよ。どう思った?裏切られたと思ったのだろうか。冷たい人だと思ったのだろうか。仕方の無いことだと、思ったのだろうか。

それぞれの人生、それぞれの家庭に、どんな事情や背景があったのか。露ほども知らずに無邪気に遊んでいた僕らのこども時代は、大人になった今ごろになって空から零れ落ちた不幸の様に突如として重なったはずだった。じゃあ、またね。さっきまで、僕らをつないでいたはずの糸が、ぷちっと途切れる音がした。いつも通りの交差点。赤信号は、一度青信号になって、また赤信号になっていた。たくさんの黒い車が目の前を通り過ぎていく。僕らのこども時代は、あの一本の電話を区切りに終わってしまった。以来、彼から電話が掛かってくることはない。

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有り難う御座います。これからの糧になります。
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佐藤 徹(Toru Sato)16g

こどもの医療機関でPR・Webサイト運営・ファンドレイジング(寄附あつめ)に従事. Living in PeaceこどもPJT(広報Gr).ほぼ日の塾4期生.

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その時々に、思ったこと、考えたことを。
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