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つばきというバンドのこと

出会いは大学時代だった。ボーカル&ギターの一色徳保、ベースの小川博永、ドラムのおかもとなおこのスリーピース。「雨音」という曲がある深夜番組のテーマ曲でエンディングに流れるようになって、徐々にメジャーになっていったと思う。

僕はそんな彼らを下北沢のヴィレッジヴァンガードかドラマの店舗で知り、2ndミニアルバムの「夜と朝の隙間に」を手に取った。ひとたび聴いてすぐ好きになって、CDを全部揃えた。軽音楽サークルのひとたちにそれを貸して、布教活動に余念がなかった。同期や後輩とコピーバンドも組んだ。メジャーレーベルの1stアルバム「夢見る街まで」を聴いた先輩は、「マジで捨て曲ないね」と褒めてくれ、「雨音」を聴いた先輩は「イントロのベースがGO!GO!7188の『ジェットにんぢん』みたいだね」と言ってたのをおぼえている。たしかに似ている。

何度かライブにいった。アンコールでは「今日も明日も」という、CDなどの音源収録をしていない、バンド結成からあたためているという曲を歌って締めていた。それは一色が、自分が自ら創った詩や曲を歌うシンガーソングライターであるということ、気の合う仲間たちとバンドを組んでそれを生業にしているということ、客の入ったライブハウスで自分たちの曲を聴きに来た人たちに向けて今歌っているということを再確認するかのような詩だった。

僕は「ループ」という曲と「昨日の風」、そして「花火」という曲がすきだった。「ループ」は自分とつばきとの出会いの曲で、一時期はこれをずっと掛けながら大学のテストやら大学院受験やらの勉強をしていた。「昨日の風」は彼らのメジャー・デビュー シングルだったので、ファンとしての「やった!!」という喜びも相まってずっとリピートして聴いていた。「花火」は歌い出しの“季節外れの花火をしようぜ 震えながら 笑いながら”というフレーズがたまらなく好きで。「あゝ、この人はきっと寂しがり屋で恥ずかしがり屋さんで、でも、ものすごく優しい人なんだろうなあ」などと勝手に思い込み、一方的にそう思いながら聴いていたりした。まァ、よくあるファン心理である。

その中でも、現在も特に自分が聴くのは「ループ」という曲。自分とつばきの出会いの曲だったというのも、そうなのかもしれない。ただ、一色の胸の底の気持ち、抒情的なところが、詩と曲の中に一番織り込まれている気がするのだ。

詩のなかにある“君の忘れ物は もう取り戻せない”というフレーズ。それは、君を見ていた自分のことも、同じように取り戻せないという現実を指しているんじゃないか。何故なら離別とは、二度と会えない人、いなくなってしまった人に見せていた自分自身をも失っていくことなのだから。“君の忘れ物”は、僕自身の忘れ物、取り戻せない忘れ物になっていく自分自身のことでもあるんじゃないだろうか——そんなことを、考えながら。

2010年12月、一色の脳腫瘍が発覚。手術、病気療養のため、つばきの活動休止を発表。
活動休止期間中、仲間たちが集まり、つばきフレンズというプロジェクトが始動。
2012年9月、アルバム「つばきフレンズ」をリリース。
2016年2月、一色の脳腫瘍が再発。
2017年1月19日、「正夢になった夜vol.18」を開催。
2017年5月9日、一色徳保逝去。

一色はずっと、“どうしようもないような孤独は、それぞれに誰にだってあるものなんだ”ってことを歌うひとだった。

シーンはいつも夜明け前。目の前が真っ暗になって、独りでに塞いで腐ってしまう気持ちも、夢や幻想に逃げたくなる気持ちも、妬み嫉みや焦燥感に煽られて灼かれそうになる気持ちも、「無くはないことなんだよ」と。絶対に否定をせずに、それそのままを詩にして歌うひとだった。

彼がこの世を去ってもう2年になる。もう聴けないはずの歌声。歌えなくなってしまった彼の歌が、今も時を超えて再生され誰かの胸に届いている。

録音と再生の技術は、音楽を時の旅人にする魔法だ。時空を超えて、現代の生活のなかにいる人々の心に、世界中の名曲がもたらす感動を止まない雨のように降らし続けている。

一度だけでいい。もしかすると、つばきの曲があなたのこころに届くかもしれない。だから、一度聴いてみてください。

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有り難う御座います。これからの糧になります。
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佐藤 徹(Toru Sato)16g

こどもの医療機関でPR・Webサイト運営・ファンドレイジング(寄附あつめ)に従事. Living in PeaceこどもPJT(広報Gr).ほぼ日の塾4期生.

omoide

その時々に、思ったこと、考えたことを。
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