愛知県長久手町にある大学病院での想い出

僕は、この病院で生まれた。

母と退院したときには雪が降っていて、その景色を車の後ろの窓からのぞいていた記憶が少なからずある。

大体、自分の人生で記念碑的な出来事のある日には、雪が降る。中学受験や大学受験、結納、婚姻届を出した時など。

昔から、冬がすきだった。冷たい空気があることで息が白く染まり、呼吸を見ることができる。それだけが、自分が生きている証だと思えるからだ。

地元の高校を出て、東京の大学に入学した。僕が帰省した時に、たまたま入院先の病院から自宅に帰っていた祖父。

家にお邪魔すると「玄関先の蛍光灯が消えかかっている」と祖母が言うので、
祖父の運転で二人して車で地元の電気屋に行った。

「大学は、たのしいか」と、運転席の祖父は助手席の僕に聞いた。「うん。それなりに、たのしいよ」と応えた。

そのころの僕は、正直言って勉学も人間関係もサークルもバイトも何もかもがうまくいってなかった。

台詞の表に出ない雑然とした気持ちをどう伝えたら良いのか。
口下手な二人は、お互いに、何も分からないまま。

祖父の家に戻り、背の小っちゃいお爺ちゃんに代わって身長の高い僕が背伸びして玄関の天井に取り付けた蛍光灯。

祖父母は、そろばん教室をひらいていた。僕も生徒として通った。
そこは、その教室に入るときに使っていた玄関だった。

暗算するときにいつも浮かんだはずのそろばんの珠は、今はもう浮かばなくなってしまった。

「世話になったな」

入院中のベッドで僕のお爺ちゃんは、最期にそう言った。電話で彼が亡くなったのを聞いたのは、それから間もない5月のことだった。

後に、入院中ずっと僕のことを気にしていたと、周囲から聞いた。

「あの子は、大丈夫なのか」

祖母や母に、そう話していたそうだ。

僕がまだ小さかったころ、検査入院をしていたお爺ちゃんと二人で病院を抜け出したことを、今も思い出す。

「うどんをたべよう」

僕もお爺ちゃんも、麺類がすきだった。食事制限中だったけれど、孫が面会にきて少し色気づいたお爺ちゃんは、僕を連れて病院の外の定食屋に出かけた。

お爺ちゃんはあたたかいうどんを、僕は冷たいざるきしめんを頼んだ。

病院に戻った後、お爺ちゃんは看護師さんに怒られていた。

僕は、今も麺類がすきだ。お爺ちゃんといっしょだから。

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良い週末を!
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omoide

その時々に、思ったこと、考えたことを。
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