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人生のご褒美

ある著名人の方がご結婚されるという記者会見のあった深夜。その人がレギュラーを務めるラジオ番組は、いつも通りに放送された。


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そのおめでたいニュースを見て、その日のお昼に僕は親友に「おめでとう、よかったね」とメールを送った。何故なら彼はその人のことがずっと大好きで、ずっとファンとして応援していたからだ。シェフ見習いとして修業していたころ、彼の独り暮らしのアパートには冷蔵庫と布団、あとはその人の番組を聴くためのラジオしかなかった。彼の結婚式披露宴では、その人のビデオレターがサプライズで流れた。彼が自分の店を出して小さいながらも自分の城を持った時にも、後輩や仕事の同僚を連れてその人は店に足を運んでくれていた。

その人からは、ずっと「ライブに招待するよ」と云われていたそうなのだが、彼はお気持ちだけ頂戴してはお断りしていた。俺は、ちゃんとお金を払って、ファンとしてライブが見たい。それが恩返しかは分からないけど、俺にできることはそれぐらいしかないから。そう言ってずっと抽選で外れて、初めてライブを観れたのは先日開催された高知県でのライブだった。「良かったよ。やっと、やっと観れたんだ。すんごくよかった」そう言っていた。

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「いっしょにお祝いしよう。あと、ラジオも聴こう」


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そんな訳で僕はその日の夜、彼の店を訪れ、閉店までいた。写真は、いつもならお薦めのワインを書いてある黒板に「ボスの結婚を祝いたい。だって大好きだから。だから半額」という彼の直筆。

深夜、誰もいなくなった店内で彼とカウンター席に並んで座った。スマホをステレオに繋いで、ラジオが始まるのを待った。そして番組は始まった。

その人は昼に催された記者会見を振り返りつつ、それまでの馴れ初めやコンビを組んでいる相方さんのことなどを話し、その相方や旧知の仲のシンガーソングライターのゲスト出演もありながら番組は進行した。

時は流れ、リスナーからの手紙を読みながら、最後のモノローグの段となった。

「自分が幸せになったら、恨みつらみをぶちまけるような芸事で食ってる俺を応援してくれている人たちから、嫌われてしまうんじゃないかって。結婚が、怖くなっちゃって。不幸な自分で売ってきた自分は、幸せになることが、いけないことなんじゃないかって…悩んだことも、あったんですけど——」

息が震えている。宙から降る声は、少しずつ涙に染まっていった。

「このラジオのリスナーで、自分の店持った人がいるんですけど。きっと、俺が幸せになったら、みんな裏切られたって、なるもんね?って。僕が彼にそんな話をしたら、“僕はあなたをずっと応援しているし、その気持ちは変わりませんから。ボスの不幸目当てに、僕らラジオ聴いてる訳じゃないんで。好きな人できたら、気にしないで自分のとこ来てください。おめでとうって、言う準備はできてますから。絶対に幸せになってください”って言われて。だから、俺も良いのかなって…幸せに、なって良いのかなって…」

隣で、「これ、俺じゃん…」とつぶやく声がした。瞬間、時がとまる。これ、俺じゃん。嘘だろ?そう繰り返しながら彼はゆっくりとカウンターに突っ伏して、泣き出した。

「人生って、こんなご褒美、あるんだなぁ」「ずっとがむしゃらだったし、何も分からないことだらけだけど、ここまで来れてよかった」「こんなこと、あるんだなぁ。届いてたんだなぁ」

その後、近くの公園でひとしきり話して、夜を徹した。「ほんとはお前と飲みにいきたいんだけど、違うよな。明日もがんばろう。お仕事がんばろう」

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2020.07.11.追記:7/3放送のTBS系バラエティー番組『中居正広のキンスマスペシャル』で、このときの話が番組で出たそうです。

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新型ウイルスでたいへんな時代になってしまいましたが、見えない恐怖に心休まらない毎日に少しでも自由な空白を持てるといいな、と思う今日このごろです。

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2024.01.12.追記:2023年8月25日(金)放送の日本テレビ系情報番組『DayDay.』(月曜~金曜/あさ9時~)で、このときの話が番組で出たそうです。

めっちゃ笑ってるやん

ボス、今でもこのお店の周年記念のお花をいつも出してくださっているそうです。

貴重な時間のなか、拙文をお読みいただき 有り難う御座いました。戴いたサポートのお金はすべて、僕の親友の店(https://note.mu/toru0218/n/nfee56721684c)でのお食事に使います。叶えられた彼の夢が、ずっと続きますように。