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NY駐在員報告  「エレクトロニック・コマース(その2)」 1996年7月

 先月に引き続きエレクトロニック・コマースについて報告する。

EDI (Electronic Data Interchange)

 EDI (Electronic Data Interchange) は、この世界では比較的古くからある概念で、企業間でコンピュータネットワークを用いて商取引を行うために開発されたシステムの一つである。日本語にすれば「電子データ交換」であるが、通常、EDI(イーディーアイ)と呼ばれている。

 "From EDI to Electronic Commerce"の著者であるPhyllis K. SokolはEDIを「標準的な取引情報を標準フォーマットに従い、異なる企業のコンピュータ間でやり取りすること」であると定義している。ちなみに、ANSI (American National Standards Institute) によるEDIの定義は「定型的なビジネス情報を標準フォーマットに従ってコンピュータからコンピュータに電子的に伝送すること」である。

 これらの定義には、EDIの重要な4つの条件が含まれている。まず、異なる企業間であるということ。つまり、企業内部の情報のやり取りは含まれない。2つの企業が直接データ交換を行うケースもあるが、VAN (Value-Added Network) 事業者が間に入るケースもある。企業間で直接EDIを行う場合には、同じ通信手順、同じ通信速度で情報を送る必要があるが、VAN事業者が介在すると、通信速度や通信手順が異なる企業間でもEDIができるというメリットがある。EDIで結ばれている企業を一般的にトレーディング・パートナー(trading partner)と呼ぶ。

 第2に、コンピュータ間で電子的に情報がやり取りされるということ。どちらの側にも人間は介在せず、コンピュータですべて処理するのが理想的であるが、実際には人間が介在しているケースもある。極端な例では、せっかく電子化されて送られてきた情報を受信側でプリントアウトして処理しているケースもある。もちろん、こうしたケースではEDI利用のメリットは小さくなる。少なくとも、送信側で入力された情報を、受信側のコンピュータでそのまま利用することが必要である。これによって情報が誤って伝わることがなくなると同時に、情報の再入力コストが削減できる。

 第3に交換されるのは、定型的なビジネス情報であること。つまり注文書、請求書、納品書のように定型化・ルーティン化したビジネス情報が対象であって、ビジネスレターのような自由な形式の情報は電子メール化されていても、これらはEDIの対象ではない。

 第4に標準フォーマットにしたがって情報が交換されること。定型的な情報でもフォーマットが標準化されていなければ、コンピュータで効率的に処理はできない。たとえば、購入者の名称・所在地、購入する製品の種類、数量、単価、合計額などの情報がある一定の規則で並べられていれば、どんなコンピュータシステムやアプリケーションを使っていても、必要な情報を読みとってそれぞれの企業に合ったフォーマットに加工することができる。米国で使われている標準フォーマットには様々なレベルがある。例えばKマート社のような特定の企業が採用している標準もあれば、食料品雑貨業界が採用しているUCS (Uniform Communication Standard) のような業界標準、米国内の様々な産業で利用されているANSI X12、国際標準であるEDIFACT (EDI For Administration, Commerce and Transport) もある。

EDIの歴史

 EDIのコンセプトが生まれたのは1960年代後半、つまり今日のエレクトロニック・コマースのブームが始まる30年以上昔である。その頃から、いくつかの産業で業界内のEDI標準の開発が始まった。有名なものが運送業者によるTDCC (Transportation Data Coordinating Council) による規格開発である。当時、産業がグローバル化するとともに、物資の輸送に複数の運送会社を継送したり、複数の交通手段(自動車、鉄道、航空、船舶)が利用されるようになっていた。EDI導入以前は、それぞれの運送業者は個別に伝票を作成していたために、事務は煩雑でコストのかさむものになっていた。これを解消するためにそれぞれの運送業者の代表が集まって結成したのがTDCCである。75年にこのTDCCで開発された標準は、運送業界の書類手続きを簡素化するために役立っただけでなく、それ以降、他の業界から一つのひな形として利用されることになった。

 食品雑貨業界がEDIに関心を持ち始めたのは70年代に入ってからである。70年代の終わりには、コンサルティング会社(A.D. Little)を雇って、食品雑貨業界にとってのEDIのメリットを評価させている。当時、紙媒体で行われていた取引の半分を電子化するだけで、直接的なコスト削減効果は業界全体で8400万ドル、間接的な効果も含めると2兆ドルを超えるコスト削減が可能になるという結果が得られた。大手のチェーン店であるスーパーバリュー社やジャイアント社などが積極的に標準化作業を支援した結果、82年に最初のUCS (Uniform Communication Standard) の規格書が発行された。

 同じく、70年代には医薬品卸売業者とNWDA (National Wholesale Druggist Association) がリーダーとなって医薬品業界の標準であるORDERNETも開発されている。

 EDIを早くから導入している分野の一つに小売業界がある。ウォルマート社、Kマート社、シアーズ社、トイザラス社などの大手のチェーン店は、それぞれに独自のEDIシステムを構築し、中にはEDIを利用しない相手とは取引しないという方針を貫いているところもある。

 自動車業界は比較的早く標準EDIが普及した業界かもしれない。ジャスト・イン・タイム方式の本格的導入に向けた必須のプロセスとしてEDIに注目したビッグスリーは、82年に部品メーカーも含めたAIAG (Automotive Industry Action Group) を結成し、生産性向上を目標に標準化を進めた。当初、個別にEDIシステムを構築してきたビッグスリーも、こうした努力の結果、規格を統一し、部品メーカーにとっては、同じEDIシステムでどの自動車会社にも対応できるようになったのである。
 現在、この自動車業界を含め、電子工業界、化学品業界、石油業界、金属業界など多くの業界で利用されているEDI標準がANSI X12と呼ばれる標準である。ANSI X12については後述するが、83年に設定され、現在のところ米国では最も一般的なEDI標準となっている。

 EDI関連ビジネス大手のPremenos社によれば、フォーチュン誌がランキングしているトップ1000社の90%はEDIを利用している。中小の企業も含めれば、正確な統計はないが、全米で約10万社がEDIを利用していると言われている(連邦政府関係の資料では4〜5万社であるとされている)。

As Soon As Possible

 SIS (Strategic Information System) を覚えているだろうか。日本では88年から90年くらいがブームであった。ここで紹介するAHS社のASAPというシステムはSISの成功例としてよく語られる。
 AHS (American Hospital Supply) 社はその名前の通り、病院が必要とするあらゆる機器、薬剤、小物など約10万品目を取り扱う流通企業であった。AHS社はコスト削減と顧客サービスの向上のために、74年にASAPというシステムを構築した。病院においた端末機から必要なものを発注できるシステムである。このシステムの威力によって(他の経営努力もあったかもしれないが)、AHS社は10年間で売上げを3.4倍に、利益を5倍以上に伸ばした。情報システムを戦略的に利用し、顧客の囲い込みに成功したからだといわれている。

 もちろん競争相手の企業、たとえばジョンソン&ジョンソン社も同様のシステムを構築したのだが、AHS社はシステムの改良を怠らなかった。ASAPの最初のバージョンは、一方的な発注処理しかできなかったが、改良されたASAP2は、注文に応じられるかどうかを端末側に回答する機能を持っていた。次のASAP3は、価格と納品日を病院側で確認してから発注できるようになり、ASAP3+では病院における在庫管理機能が追加された。そしてASAP4は、ついにシステムが発注書を自動的に作成し、病院側はそれを確認するだけですむようになったのである。

 AHS社はなぜ成功したのだろうか。SISの成功事例として語られるときには、顧客の囲い込みに成功したからだと説明される。しかし、独占した訳ではないし、他社も同様のシステムを提供していたのである。ただ、他社より早くスタートし、次々とシステムに改良を加えていった点が重要だったのかもしれない。
 ASAPが稼働する前は、セールスマンが地域の病院を巡回して注文を取っていた。とうぜん、セールスマンは会社や営業所に戻ってから伝票を整理し、注文をコンピュータに入力していたのだろう(入力は本人ではないかもしれないが)。ASAPはセールスマンの事務処理を軽減し、コンピュータへの入力ミスを無くし、受注・納品の正確性を高めたのである。また、受注から納品までの処理時間が短縮されることによって、在庫の削減も可能になった。
 これらの効果は、まさにEDI採用の効果なのである。ASAPの改良もEDIの応用であり、現在でも同じようなシステムは十分に有効だろう。AHS社の成功は(それが標準的なものでなかったという問題はあるが)いち早くEDIを導入し、そのコスト削減効果を有利に活かしたからではないだろうか。
 ちなみにAHS社はその後、レーガン政権による医療費支出削減政策のあおりを受け、HCA (Hospital Corporation of America) 社と合併し、さらに競合相手の一つであるバクスター社に買収されてしまった。

標準化の意義

 EDIシステムが構築され始めた頃、多くの企業は「ハブ・アンド・スポーク(hub and spoke)」と呼ばれる形態のネットワークを構築していった。つまり、真ん中に自社を置き、回りにトレードパートナーを配置して、自転車の車輪のスポークのように自社とパートナーの間にネットワークを張るのである。90年代の初めまで、ウォルマートなどの大手小売りチェーンは、メーカーから商品を購入する条件として独自のEDIの導入を強制していた。取引を希望するメーカーは、そのチェーン専用の端末機器や専用のソフトウェアを揃えなければならない。複数のチェーンと取引する企業にとってはこれは大変な負担である。これがいわゆる多端末現象である。

 ハブとなる企業にとっては、一度自社専用のEDIシステムを導入させてしまえば取引先を競合チェーンに奪われる可能性は小さくなる。これがEDIシステムを使った「囲い込み」である。確かにAHS社のように囲い込みに成功したようにみえる事例もないわけではないが、それは一時的なものでしかない。情報技術の進歩によって、情報システムがインフラ化し、乗り換えコストは低減している。また、ハブの位置にある企業にとっては効率が良くても、周辺のトレードパートナーにとっては、とても最善のシステムとは言えない。囲い込まれた形になる企業にとっては、取引の交渉力が弱まり、(つまりこれが囲い込みなのだが)取引相手の選択の範囲が狭くなる。マクロな視点から見れば、経済システムが縦割りのシステムに分断され、自由な競争が制限されて、社会全体の経済効率が低下する。さらに、当然のことだが、多くの企業、特に中小企業は、特定のハブに拘束されることを嫌がり、独自のEDIシステムの導入に消極的になり、EDIの普及の足を引っ張ることになる。EDIの効果は、取引相手のEDI化率によって大きく異なってくる。電子化されていない取引が、残れば残るだけEDIの効果は小さくなる。独自のEDIシステムを取引先に強要しても、永続的な「囲い込み」は期待できず、完全なEDI化ができなければコスト削減効果も半減する。であれば、独自のものを開発するより、標準的なものを利用した方がシステムの導入コストも安くなる。

 およそこのように、過去の教訓から、米国の多くの業界では標準EDIを導入すべきであるというコンセンサスが生まれたのである。

業界標準とANSI X12

 ニューヨークに本部を置くANSI (American National Standards Institute) は、産業関連の規格開発、改訂作業を統括する非営利機関で、これまでに1万を超える規格を送り出している。現在、米国内の規格つくりは、ほとんどが業界団体の手によって行われているが、複数の業界にまたがる規格は、ANSI主導による"voluntary consensus" のプロセスを経て設定されている。まず、関連する業界や労働組合などの代表者、独立コンサルタントといった人々が集まり標準化委員会を組織し、規格の各パート毎に小委員会を設けて草案を作成する。一応の草案ができあがると、広く関係業界の関係者などに配布され、意見募集が行われる。このプロセスはまったくオープンで、関係者以外でも草案を取り寄せて、意見や修正案を送ることができる。こうして集まった意見や修正案は、標準化委員会で検討され、最終的な企画案に取り込まれていく。最終案はANSIに送られ、内容とプロセスのチェックを受けて、適正であると認められると、ANSIの標準として公認されることになるのである。

 78年にTDCC (Transportation Data Coordinating Council) とCRF (Credit Research Foundation) は共同でBUSAP (Business Applications Committee) という委員会を設立した。ANSIは、79年にこの委員会をEDIのための全米標準であるANSI X12を開発するための委員会であると認め、X12委員会の正式な名称は、ASC X12 (Accredited Standard Committee X12) となった。

 標準の開発に時間がかかるのはある程度やむを得ないが、ANSI X12の初版が発表されたのは83年7月のことである。ほとんどすべての産業界に関連する標準であることから、意見の調整に時間がかかったのかもしれない。しかし、原因の一つは標準化委員会の開催回数が年に数回と制限されいることにあるように思える。このANSIのルールは、大企業が組織力にまかせて自分たちに有利な形で標準化を進めてしまうことがないように配慮しているのである。

 ANSI X12はもう一つ問題を抱えていた。業界標準でもっとも古い歴史を持つのがTDCC標準であり、ASC X12の委員会で中心的役割を果たしたのがTDCCであるにも関わらず、ANSI X12はTDCC標準と互換性を欠いていたのである。幸いにして、この問題は88年にTDCC標準がANSI X12に対応する形に改訂され解消されている。

 ANSI X12が一応の体裁を整えてから、そのメンテナンスは一定のペースで体系的に行われている。現在、改訂作業を担当しているのはASC X12であるが、その事務局は、DISA (Data Interchange Standards Association) が行っている。

ANSI X12とEDIFACT

 一企業が独自に開発したEDIシステムより業界で統一した規格で運営されるEDIシステムの方が効率的であり、さらに業界標準EDIより業界横断的な国家標準EDIの方が望ましいなら、もっとも理想的なEDI標準は国際取引にも利用できる国際標準EDIであるということになる。そこで登場したのがEDIFACT (EDI For Administration, Commerce and Transport) である。

 61年にUN/ECE (the United Nations /Economic Commission for Europe) は、国外取引書類の簡素化と標準化のためのワーキング・パーティを設置した。欧州域内ではあるものの、これが国際取引の手続きと書類を標準化しようとした最初の取り組みである。ここから生まれたのがUN/GTDI (Guidelines for Trade Data Interchange) であり、これを下敷きに欧州の自動車製造業界のODETTEや化学業界のCEFICなどの欧州業界標準が生み出されていった。

 84年、米国のX12委員会は、欧州のTDI委員会 (Trade Data Interchange Committee) に接触し、欧米のEDI標準統一を提案した。これで生まれた特別グループが、UN-JEDIである。85年11月に北米および欧州の20カ国以上の代表が一堂に会し、国際取引のためのEDI標準開発の可能性について議論することとなった。この結果生まれたのがUN/EDIFACTである。
 このUN/EDIFACTは、ISO (International Standards Organization) によって国際標準として認定され、ISO 9735となっている。

 EDIFACTは、ANSI X12とUN/DTDIを基に開発されており、ANSI X12とは見た目こそ似ているが、両者の間にはかなりの相違がある。当然、X12委員会でも二つの標準をどのように扱うかが議論された。X12委員会は、92年にEDIFACTへの移行についての投票を行った。委員に提示された議案は、EDIFACTの開発維持を97年で終了し、順次EDIFACTへの完全移行を目指すというものであった。投票は郵送で行われ、結果は約4分の3の賛成で移行を承認するというものであった。しかし、投票率は50%を下回っており、実際に賛成票を投じたのは、全委員の3分の1程度にすぎなかったのである。多くの委員は、この問題の重要性を認識していなかったか、あるいは議案を誤解していたのかもしれない。委員会は、この結果を受けて、米国内の標準をANSI X12からEDIFACTに切り替える準備を進めた。しかし、異なるEDI標準を採用するということは、EDIシステムを変更するということであり、費用も時間もかかる話である。国際取引がある企業にとっては、EDIFACTへの統一は歓迎すべきことであるが、国内取引しかない企業にとっては、自分たちにとってまったくメリットのない投資を強要されることになる。特に国際取引がほとんどない医療業界は強く反発した。

 94年にX12委員会は、EDIFACT導入のための移行計画(Alignment Plan)の案を作成し、広く意見を求めた。その結果、94年秋、ついにX12委員会は全面的な切り替えを断念し、X12委員会は、97年を「X12から EDIFACTへの移行が理論的にスタートする年」であると位置づけて、ANSI X12が利用されている限り、その開発維持も行いつつ、EDIFACTを段階的に採用していくという方針を固めた。95年1月、この計画は委員会で承認されたのだが、2月には修正提案があり、「ANSI X12とEDIFACTの両方の標準を支持する産業界があるかぎり、X12の開発維持を継続する」ことが明確にされた。つまり、ANSI X12を利用している産業界があるかぎり、米国は2種類のEDI標準を利用していくことになったのである。

 当初、最後のバージョンとなる予定であったANSI X12第4版が97年に刊行された後も、2002年に刊行される第5版にむけての準備が進められる予定になっている。
 とは言いつつ、EDIFACTへの一本化への道は閉ざされた訳ではない。97年には、EDI利用実態調査が行われ、98年にはANSI X12に基づく新しいメッセージの開発を継続するかどうかの投票が行われる予定になっている。もし、新規メッセージの開発が不要であるという結果になれば、投票から少なくとも1年間の経過期間を置いて、ANSI X12に基づく新規メッセージの開発は終了する。もし、投票で開発を継続すべきであるという結論になった場合は、3年毎に同じ手続きを繰り返すことになっている。

 未来を予測することは難しいが、国際取引のほとんどない医療業界を中心にANSI X12は使われ続け、ダブル・スタンダードの時代がかなり長期間続くことになると予想される。

EDIのメリット

 では、ここでEDI導入のメリットを整理してみよう。EDIを専門とするコンサルティング企業のEDIグループ社は、メリットを9つに分類している。

(1) 従業員の生産性向上
 EDIシステムの導入によって、注文書、納品書、請求書などの書類を作成し処理する時間を大幅に削減できる。つまり、従業員一人当たりが処理できる取引件数を増やし、人件費を抑制しながらより多くの業務を処理可能にする。フォード社では、EDI導入以前に売掛金経理担当スタッフは約500人いたが、処理が自動化されてから125人まで削減することに成功した。トイザラス社では、EDIシステムによって1人が1日に処理できるトランザクション数を倍に増やした。

(2) 郵送コスト、書類管理コストの削減
 EDIシステムによって、書類作成と郵送に関する費用を大幅に削減できる。VAN業者を使った場合の伝送コストは、平均20セントと言われており、これは郵送コスト(第1種郵便)の最低32セントよりかなり安い。工作機械メーカーのGTEバレナイト社が93年に発表した分析によれば、EDIシステムの導入によって、同社が伝票の作成と保存に費やすコストは、1件当たり27.61ドルから2.06ドルに激減したという。

(3) 在庫コストの削減
 EDIシステムによって、受発注から納品までの期間を短縮できるため、適正在庫(安全在庫)の水準を下げることが可能になる。在庫を減らすことができれば、在庫投資資金のみならず、保管スペースに要するコストも削減でき、余剰資金はより生産的な活動にまわすことができる。産業機械メーカーのナビスター社は、EDIシステム導入によって配送センターの在庫を80%も削減した。これは金額にして年間1億8700万ドルのコスト削減に相当するという。

(4) 入力ミスなどの間違いとその訂正作業の減少
 EDIシステムを利用すれば、伝票の再入力時のインプットミスは完全になくなる。事務処理上の間違いを訂正するための費用は馬鹿にならない。注文受付時に1000個を100個と入力してしまって気づかなければ、生産計画さえ変更しなければならないかもしれない。再入力がなくれれば、伝票の点検や、エラー修正のために必要だった膨大な作業が不要になり、これに割いていた人材をより生産的な業務にまわすことができるだろう。

(5) 顧客サービスの向上
 EDIシステムをうまく利用すれば、顧客サービスの質を向上させることも可能である。リーバイス社は、各小売り店舗の在庫を毎日モニターしている。各店舗から届く情報によって、どの品目の在庫が少なくなっているかを把握し、追加発送によって品切れが発生しないようにしている。つまり、消費者は、いつも十分な在庫の中から自分にあったリーバイス製品を選ぶことができることになる。

(6) 営業効果の向上
 受注に伴う単純ではあるが面倒な作業を自動化してくれるEDIシステムは、営業スタッフをわずらわしい事務作業から解放してくれる。医薬品卸売業者のバーゲン・ブランズウィッグ社では、顧客が自分で発注や配達予定の確認などができるEDIシステムを導入してから、営業部員が販売促進業務に専念できるようになり、営業1人あたりの年商は15万ドルから100万ドルに急進した(この事例は前述のAHS社とよく似ている)。

(7) 顧客ニーズへの迅速な応答
 EDIシステムを使って、顧客ニーズへの迅速な対応を実現することもできる。中西部を地盤とする食品雑貨卸の大手であるスーパーバリュー社は、仕入先から受け取るEDIデータに、特別割引価格の情報を追加し、分析した上で小売店に提供している。スーパーバリュー社にとって顧客である小売店は、容易かつ正確に「お買い得商品」を把握できるようになった。

(8) 操業効率の向上
 定型化した業務を自動化し、従業員の労力を軽減する効果をもつEDIは、さまざまな目に見えない効果をもたらし、企業活動の全体的な生産性を高める。EDIグループ社の93年の調査によれば、コンビニエンス業界は、EDIを利用したダイレクト・ストア・デリバリーシステムの導入によって、1店舗当たり年商の0.6%のコストを削減することができたと推定している。

(9) 即時性のメリット
 ネットワークを使って電子的に情報を送るEDIシステムは、紙の書類を郵送するよりはるかに速く情報を伝達できる。これによって企業活動のサイクルは速くなり、定量化しにくいさまざまな効果を生み出している。例えば、ジョージア州の皮革製品輸入業者であるイタリアン・デザイン・グループ社は、それまで2週間を要していた受注から納品までのサイクルを、わずか3日に短縮でき、これによって得意先との関係をよりよいものとし、代金回収の期間も短くなり、資金繰りも改善した。

導入のコストと問題点

 EDIシステムの構築には、当然のことながら、コンピュータのハードウェアとソフトウェア、それとネットワークが必要である。数年前までは、主としてメインフレームが用いられていたが、ワークステーションやパソコンの処理能力が大幅に向上したおかげで、(企業規模や取引量にもよるが)デスクトップ型のコンピュータでも十分処理できるようになってきた。また、ソフトウェアも当初はゼロから設計し開発しなければならなかったが、EDI標準が普及するようになってからは、パッケージソフトをすこし調整するだけで済むようになった。ネットワークはVAN業者を利用するのが最も一般的である。EDI普及とともに、多くのVAN業者がEDIサービスを提供している。料金体系はVAN事業者によって異なり、複雑な課金制度を取っているところが多いので、価格比較は極めて難しい(比較されたくないので、複雑にしているのだろう)。

 こうしたことから、EDIシステムの構築は、かつてほど大きな投資ではなくなっているが、問題は、安易な導入から大きな効果を得ることは難しいという点である。

 あるEDIシステム・インテグレーターの推計によれば、EDIを正しく導入して大きな成果を上げている企業は、全体のわずか17%にすぎない。主な原因は次の2つである。
 まず第1に、多くの企業がEDIを部分的にしか利用していない。EDIの最大のメリットは、電子化された情報をそのままコンピュータで処理することにある。しかし、かなりの企業が受け取った情報をプリントアウトして処理している。これでは、あるコンサルタントが言うように「高いコストをかけてファクシミリ装置のようなものを設置しただけ」でしかない。EDIシステムを、既存の情報処理システムと統合してこそEDIのメリットが発揮される。本格的な導入のための手間やコストを惜しむばかりに、EDIの本当のメリットを享受できないでいるのである。
 第2にEDIは、既存の業務プロセスを根底から変えるほどの力を持っている。それを認識しないで、業務の流れも、組織も見直さないでいると、十分な効果を得られない。例えば、請求書と納入台帳をチェックする仕事は、紙で取引を行っていた時には必須だろうが、EDI化されれば不要な業務である。EDIの効果をフルに引き出すためには、業務と組織のリエンジニアリングが必須なのである。

 EDIもまた、経営者が会社全体の戦略やリストラクチャリングの一環として捉えなければ、本当の効果を発揮しない情報システムの一つである。そのためには、トップがEDIの意義を理解し、組織の再編を断行できるような強い権限と信念を持った人間をEDIの担当者にすることが望ましい。

(次号に続く)

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