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溜池随想録 #23 「SIS(戦略情報システム)」 (2011年4月)

SISとは

 SIS(戦略情報システム、Strategic Information System)は、経営戦略や事業戦略の重要な役割を果たす情報システムであり、競合他社との差別化を図り、競争優位の源泉となる情報システムのことである。日本では1980年代後半から1990年代初めにかけてブームになった。

 おそらく最もよく知られているSISの成功事例は、このコラムの2月で紹介したアメリカン航空の座席予約システム「SABRE(セイバー)」だろう。
 SABREは当初、アメリカン航空が運行する航空機の座席予約システムであった。1957年に開発が始まり、60年に最初のバージョンが稼動し、アメリカン航空の全座席の予約が可能なシステムとして一応の完成をみたのは1965年である。SABREの利用によって、従来、数十人が一日かかっていた事務を数分で処理し、おまけに従来では8%はあった誤りの発生率を1%以下に下げることができたと言われている。
この結果アメリカン航空は、人件費を大幅に削減すると同時に、予約ミスを想定して確保していた予備の空席数を大幅に減らすことができた。さらに予約手続きの迅速化と予約ミスの減少は、顧客満足度の向上をもたらし、航空機の利用客はアメリカン航空を選ぶようになった。

 しかし、SISの成功事例としてSABREが取り上げられるのは、単にアメリカン航空のための座席予約システムとしてではない。
 SABREはその後、他の予約システムと接続することによって、世界の主要な航空会社が運行する航空機の座席予約やホテルやレンタカー、欧米の鉄道の予約を可能にし、これによって旅行代理店の囲い込みに成功したからである。つまり、旅行代理店にとって、SABREの端末機は、旅行客が必要とする予約のほとんどをカバーできる極めて利便性の高い装置になり、どこの旅行代理店にもある旅行予約端末になったのである。もちろん航空機の予約画面にはアメリカン航空の便が優先して表示され、アメリカン航空の旅客シェアを高める工夫もされていた。SABREは、まさに競合他社との差別化を図り、競争優位の源泉となる情報システムとなったのである。

AHSのASAP

 SABREと同じように便利な端末機によって顧客の囲い込みに成功したSISの事例として、アメリカン・ホスピタル・サプライ(AHS)のASAPという情報システムがある。AHSはその名前のとおり、病院が必要とするあらゆる機器、薬剤、小物など約10万品目を取り扱う流通企業であった。
 AHSはコスト削減と顧客サービス向上のために、1974年にASAPというシステムを構築した。病院に置いた端末機から必要なものを発注できるシステムである。

 このシステムの威力によって(他の経営努力もあったかもしれないが)、AHS社は10年間で売上を3.4倍に、利益を5倍以上に伸ばした。情報システムを戦略的に利用し、顧客の囲い込みに成功したからだと言われている。ライバル企業も同様のシステムを構築したのだが、AHS社はシステムの改良を怠らなかった。ASAPの最初のバージョンは、一方的な発注処理しかできなかったが、改良されたASAP2は、注文に応じられるかどうかを端末側に回答する機能を持っていた。次のASAP3は、価格と納品日を病院側で確認してから発注できるようになり、ASAP3+では病院における在庫管理機能が追加された。そしてASAP4は、あらかじめ設定した(適正)在庫水準を下回った品目の発注書を自動的に作成する機能が追加され、病院側はそれを確認するだけで済むようになったのである。

SISの成功要因

 AHS社はなぜ成功したのだろうか。SISの成功事例として語られるときには、顧客の囲い込みに成功したからだと説明される。しかし顧客を独占したわけではないし、AHS社のライバル企業も同様のシステムを提供していたことを考えると、ASAPというシステムの開発がすべての成功要因だと考えるには無理があるように思える。

 ただ、他社より早く受発注システムの開発を始め、次々とシステムに改良を加えていった点は重要だったように思われる。これはアメリカン航空のSABREも同様である。他社より早く新しいシステムを構築し、改善、改良を怠らない。常にライバル企業の一歩先を行く努力によって情報システムを競争力の源泉にすることができたのではないだろうか。

 ちなみにASAPが稼働する前は、セールスマンが地域の病院を巡回して注文を取っていた。当然セールスマンは会社や営業所に戻ってから伝票を整理し、注文をコンピュータに入力していたのだろう(入力は本人ではないかもしれないが)。ASAPはセールスマンの事務処理を軽減し、コンピュータへの入力ミスをなくし、受注・納品の正確性を高めた。また受注から納品までの処理時間が短縮されることによって、適正在庫水準を下げることも可能になった。こうした効果は、まさに先月のコラムで紹介したEDIを採用することによる効果なのである。ASAPの改良もEDIの応用であり、現在でも同じようなシステムは十分に有効だろう。AHS社の成功は(それが標準的なものでなかったという問題はあるが)いち早くEDIを導入し、有効に活用したからだと言えるだろう。これは、分野は違うもののアメリカン航空のSABREにも共通している。

 つまりSISを構築すれば競合他社に勝てるという単純なものではなく、情報システムを、競合他社との差別化を図り競争優位の源泉とするためには、継続的な改善が欠かせないということなのではないだろうか。


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