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溜池随想録 #22 「EDI」 (2011年3月)

EDIとは何か

 EDI(Electronic Data Interchange、電子データ交換)は、企業間の電子商取引の一形態である。一般的に「定型的なビジネス情報を標準フォーマットに従って異なる企業のコンピュータ間でやり取りすること」と定義されている。

 個人と企業の取引の場合、自動車や住宅のような高額な買い物を別にすれば、取り交わす書類は領収書程度であるが、企業間取引では注文書、納品書、検収書、請求書など、いろいろな書類が交換される。こうした書類の交換を電子的に行う仕組みがEDIである。対象となる書類は、先に挙げた注文書のような定型的なビジネス情報であり、非定型なビジネスレターは含まれない。
 また、異なる企業間のコンピュータ間をつなぐものである点も重要である。これは、前回取り上げた「オンライン・システム」と大きく異なる点である。
 さらに、厳密に言えば、標準フォーマットに従って情報が交換されることもEDIの必要条件である。定型的な情報であっても、フォーマットが標準化されていなければ、コンピュータで効率的に処理ができない。

 なおEDIは、企業間電子商取引に利用される情報システムだけでなく、その規約やデータフォーマットなどを含めた仕組み全体を指す。
 

EDIの歴史

 EDIのコンセプトが生まれたのは1960年代の後半だと言われている。この頃、米国のいくつかの産業で、業界内のEDI標準の開発が始まっている。たとえば、物流業者によるTDCC(Transportation Data Coordination Council)は、業者間によって異なる伝票や種類手続を統一し簡素化するためにEDI標準の開発を進め、1975年にはTDCC標準を公開している。このTDCC標準は他の業界からEDIのひな形として利用されることになった。

 米国の食品雑貨業界がEDIに関心を持ち始めたのは1970年代に入ってからである。1970年代の終わりにはコンサルティング会社を雇ってEDIのメリットを評価させている。当時、紙媒体で行われていた取引の半分を電子化するだけで、直接的なコスト削減効果は食品雑貨業界全体で8400万ドル、間接的な効果も含めると2億ドルを超えるとの結果が得られた。この報告を受けて、食品雑貨の大手チェーン店が積極的に標準化作業を支援し、1982年には最初のUCS(Uniform Communication Standard)規格書が発行された。

 米国ではこの他、医薬品業界や自動車業界などが比較的早くからEDIに取り組んでおり、1983年には産業関連の標準開発を統括する非営利機関であるANSI(American National Standard Institute)によってEDI標準としてANSI X12が定められている。

 なお、EDIシステムは、当初、専用線や電話回線を利用したVAN(付加価値ネットワーク)業者を利用したものが中心であったが、インターネットが普及するにつれ、インターネットEDIが主流になっている。
 

標準化の必要性

 EDIシステムが構築され始めた頃、米国では多くの企業が電子商取引のため「ハブ・アンド・スポーク」型のネットワーク網を構築していた。つまり、中心に自社を置き、周りに取引先企業を配置して、自転車の車輪のスポークのように自社と取引先の間にネットワークを張るという形態である。

 たとえば、1990年代の初めまでウォルマートなどの大手小売りチェーンは、メーカーなどから商品を購入する条件として独自のEDIの利用を強制していた。こうした大手小売チェーンと取引を希望するメーカーは、そのチェーン専用の端末機や専用のソフトウェアを揃えなければならない。複数の大手小売チェーンと取引しようと思えば、その数だけ端末機を揃える必要がある。これがいわゆる「多端末現象」であり、複数のチェーンと取引する企業にとっては大変な負担になる。

 取引の中心となる企業、つまりハブとなる企業にとっては、取引先の企業に一度自社専用のEDIシステムを導入させてしまえば、その取引先を競合チェーンに奪われる可能性は小さくなる。これがEDIシステムを使った「囲い込み」である。これは、ハブの中心にいる企業にとっては効率のよい仕組みかもしれないが、周辺に位置する企業にとっては取引相手の選択の範囲が狭くなり、取引の交渉力が弱まる。これはマクロ的視点からみれば、市場がハブとなる企業ごとに縦割りに分断され、自由な競争が制限され、社会全体の経済効率が悪化することを意味する。
 また当然のことだが、多くの中小企業は特定のハブに拘束されることを嫌がり、独自のEDIシステムの導入に消極的になり、EDIの普及が進まなくなってしまう。

 また、情報技術の進歩によって情報システムのコモディティ化が進展するにつれ、EDIシステムを乗り換えるコスト(スイッチング・コスト)は小さくなり、永続的な「囲い込み」は期待できなくなってきており、独自なEDIシステムを開発するより、標準的なものを利用したほうがシステムの導入コストも安くなる。

 こうしたことから、企業間取引においては、標準的なEDIを採用することが一般的になってきている。
 

EDIのメリット

 以下に、EDI導入の主なメリットを挙げる。定量化できない効果まで含めると、その効果は非常に広範に及ぶ。

(1) 従業員の生産性向上
 EDIシステムの導入によって、注文書、納品書、請求書などの書類を作成し処理する時間を大幅に削減できる。つまり、従業員一人が処理できる取引件数が増加し、人件費を抑制しながらより多くの業務が処理可能となる。

(2) 郵送コスト、書類管理コストの削減
 EDIシステムによって、書類作成と郵送に関する費用を大幅に削減できる。インターネットを利用すれば情報の伝送コストはほとんどゼロにできる。

(3) 在庫コストの削減
 EDIシステムの利用によって、受発注から納品までの期間を短縮できるため、適正在庫(安全在庫)の水準を下げることができる。在庫を減らすことができれば、在庫投資資金だけでなく、在庫を保管するスペースに要するコストも削減できる。

(4) 入力ミスなどの間違いとその訂正作業の削減
 EDIシステムを利用すれば、伝票の再入力時の入力ミスは完全になくなる。仮に注文受付時に1,000個を10,000個と入力し、間違いに気づかなければ、多大な損害が発生する可能性が高い。しかし、EDIを利用すれば、このような入力ミスはなくなる。

(5) 顧客サービスの向上
 EDIシステムによって顧客サービスを向上させることも可能である。あるアパレル会社は小売店の在庫を毎日モニターし、品切れが起きないように出荷をコントロールしている。これによって、消費者はいつも十分な在庫の中から自分にあった衣服を選ぶことが可能になる。

(6) 営業効率の向上
 顧客が自ら発注、納品予定日確認などをするEDIシステムを導入すると、営業スタッフはわずらわしい事務作業から開放され、営業活動に専念できる。ある医療品卸売業者では、EDI導入前には15万ドルであった一人当たりの年商が、EDI導入後には100万ドルになったという。


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