【書評】加藤泰著、鈴村たけし編『加藤泰映画華 抒情と情動』――単なる文庫化ではない労作

 昨年四月に創刊された〈ワイズ出版映画文庫〉のラインナップを最初に目にしたときには、正直、映画好きならこのあたりの本は原書で持っているだろうし、わざわざハードカバー並みの価格設定がされた文庫本を買う人がいるだろうか、と思っていた。しかし、いまのところ、その先入観はよい方向に裏切られている。
 本書を一読すれば、その理由は明らかだ。書名だけ見ると一九九五年に刊行された同名の本の文庫化のようだが、実際にはまったく新しい作家研究書と呼んで差し支えない一冊になっている。
 加藤泰自身の手になるエッセイを集めた第一章は、過去の関連書や雑誌などの文献資料をあらためて調査したうえで文章を精選。一足先にちくま文庫から刊行された『加藤泰、映画を語る』と内容のかぶりはなく、二冊あわせて読むことでより理解が深まるだろう。
 特に興味深いのは、水野和夫や鈴木則文に宛てて書かれた文章のあとに、まさにその水野氏や鈴木氏の文章を付記している点だろう。なかでも、<そして今ぼくたちの世界にあって、あなたのとっていられる《映画自然主義》ともいえる手法がすでに現代の希求から一歩はなれているのではないか……と云っては云いすぎでしょうか。(中略)ぼくたちは今あなたに、状況提出をぬき出た言葉を発してもらいたいのです>という挑発を含む水野和夫の文章(「映画作家への手紙」)とそれにきわめて誠実に応答した加藤の文章(「水野和夫さんへの手紙」)にみえるやりとりからは、加藤泰の映画に熱烈なラブコールを捧げ、結局幻の企画に終わった「好色五人女」の映画化実現に向けて重大な役割を果たした水野の若き日のセンシティヴな一面が垣間見え、感動的である。TVの映画解説者として、また晩年は珍映画の監督としておなじみとなった水野和夫こと水野晴郎のもうひとつの顔を知らしめるためにも、ぜひ若い映画ファンに読んでほしいと思う。
 さらに、本書の大部を占める第三章の作品解説は、今回のために書き下ろされたものであり、「資料的価値を高めるために、極力実際の映画本篇を再チェックする作業を行った」という編者の執念に頭が下がる。
(「キネマ旬報」2014年2月上旬号)

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