【書評】長谷川町蔵『21世紀アメリカの喜劇人』――コメディの「いま」を知る

 二〇〇七年に故・みのわあつおが上梓した『サタデー・ナイト・ライブとアメリカン・コメディ』(フィルムアート社)は、アメリカのコメディの基礎を知るのにうってつけの入門書である。だが、笑いの進化は早い。そろそろ新しいガイドブックがほしいな、と思っていたところに本書が刊行された。しかも本書はただの入門書ではなく、みのわ氏らが押し広めたアメリカン・コメディ観を刷新するほどの批評性を含んでいる。
 たとえば、七〇年代末に『アニー・ホール』その他の作品で“新しさを超えた新しい映画”の作り手として支持を得たウディ・アレンの近作を、著者は評価しない。少なくとも現在のアレンは、ニューヨーカーの指向とは隔絶された作家であると指摘し、「かつて本国で人気を失い、フランスで映画を製作していたことを揶揄されていたジェリー・ルイスと今のアレンは残念ながらとても良く似ている」と看破する。そのうえで著者は、アレンが背を向ける故郷ブルックリンの現在に寄り添った作品を放つノア・バームバックや、「アッパーイーストの住人のフリをする」アレンなど及びもつかない生粋のアッパーイースト映画人ホイット・スティルマンを、アレンに代わりうるコメディ作家として評価するのだ(筆者が『90年代アメリカ映画100』の編集を手がけた際、山崎まどかさんから「ホイット・スティルマンが入ってない!」とお叱りを受けたことを思い出す)。
 ウディ・アレンがニューヨークの現在とずれた映画作家だとすれば、八〇年代以降の再開発などなかったかのようにボルチモアを「50年代を引きずった街」として描き続けるジョン・ウォーターズも時代からずれている。そして、トッド・フィリップスをはじめとするホワイトトラッシュのコメディ作家たちが自ら悪趣味な作品をつくり始めたことがウォーターズの退潮を招いた、と著者は指摘する。また、モンティ・パイソンによって築かれた英国コメディ像に異を唱え、むしろそんな「伝統」から逃れてアメリカ勢と交流するエドガー・ライトらに新時代の可能性を見いだす。
 あくまでコメディの「いま」に着目した著者の視点のたしかさが光る一冊だ。
(「キネマ旬報」2013年6月下旬号)

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