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チューリングが"完全自動運転"実現の先に見ている世界

名人を倒した最強の将棋ソフトウエア「Ponanza」の開発者、山本一成さん。現在は、自動運転の研究者と共に起業した「チューリング(Turing)」で生成AIを活用した完全自動運転車両の開発を目指し、"テスラ超え"に挑んでいます。今回のnoteでは、(山本さんとマップボックス・ジャパンCEOの高田徹)二人で議論した内容を記事にまとめました。山本さんが語る「AIと完全自動運転」がもたらす未来像には、たくさんのビジネスのヒントがあります。(高田徹)

チューリングCEOの山本一成さん(左) × マップボックス・ジャパンCEOの高田徹(右)

なぜ、「カメラ×AI」なのか

高田:JAPAN MOBILITY SHOW 2023では、チューリングさんの展示用IVIに「Mapbox」を組み込んでいただきありがとうございます。

山本:こちらこそありがとうございます。対談のテーマに移る前に最新のプロダクトについて教えていただけますか。

高田:今年の1月に発表したのが、AI音声アシスタントや3D地図、EVルート計画システムなどを搭載した「Navigation SDK」です。通常のナビ機能はもちろん、サードパーティーツールと連携することで、ドライバーはレストランを予約したりもできます。現在は、自動運転車への搭載を想定して、ドライバーが指示を出すとそのとおりに動くような仕組みを開発しています。

山本:右折とか左折を指示すると、そのとおりに車が動くということですね?

高田:そうです。せっかくですので、私たちが提供している地図の特徴も説明させてください。ランドマークの形等、ビジュアル面の見やすさ、美しさも特徴の1つですが、データのつくり方という点では、2000ソースくらいのデータを1つの「地図」にする技術に磨きをかけています。通常はデータソースが違うと、少しずつずれてしまうものなのですが、そのズレを解消できるようなシステムを構築しています。マシンラーニングでいうところの「データクレンジング」ですね。

山本:重複したり、欠損したデータもあるので簡単ではないと思いますが、本質的な部分に取り組まれているんですね。

山本一成(Issei Yamamoto)さん|Turing株式会社 CEO
1985年生まれ。愛知県出身。東京大学での留年をきっかけにプログラミングを勉強し始める。その後10年間コンピュータ将棋プログラムPonanzaを開発、佐藤名人(当時)を倒す。東京大学大学院卒業後、HEROZ株式会社に入社、その後リードエンジニアとして上場まで助力した。海外を含む多数の講演を実施。情熱大陸出演。現在、愛知学院大学特任教授も兼任。

高田:ありがとうございます。日本では自動運転へのアプローチとして、「地図」をベースにしたものが多い印象ですが、チューリングさんは「カメラ」と「AI」を組み合わせることで完全自動運転車を実現されようとしています。なぜ、カメラだったのでしょうか。

山本:いろいろなセンサーがある中で、カメラは1秒間に捉えることのできるデータ量が圧倒的に多いという特徴があります。そもそもセンサーを増やしたからといって「自動運転」が実現できるわけではありませんので、私たちとしては高解像度のカメラ映像を上手に使って、自動運転車を実現しようと考えました。

高田:以前、別のインタビューだったと思いますが、山本さんが「人が目で運転しているんだからできるのではないか」とおっしゃっていたのが印象に残っています。

あらゆる業界で「AI」がゲームチェンジをもたらす

山本:「ChatGPT」も「Ponanza」もそうですが、これまでさまざまな分野で、AIによるゲームチェンジが起こってきました。自動運転領域も例外ではなく、これからAIによるゲームチェンジが起こると私は考えています。

高田:そのゲームチェンジを起こすためにも、完成車を手がけていらっしゃるのでしょうか。

山本:少なくとも完全自動運転を目指すなら、自分たちでコントロールした車は絶対に必要だと思っています。スマートフォンを例に考えると、優れたソフトウェアをつくるのがゴールであれば、Androidのリファレンスモデルをつくってみるなど、構造をしっかりと理解したうえでハードウェアとコラボレーションしたほうがいいはずです。

高田:なるほど。ちなみに、あえて簡略化していえば、AppleとGoogleの違いは、「クローズか、オープンか」みたいなところがありますが、チューリングさんはどちらを目指しているのでしょうか?

高田 徹(Takata Toru)|マップボックス・ジャパンCEO(noteの筆者)
Yahoo! JAPANのメディア・広告事業の開発責任者を10年務めた後、マップボックス・ジャパン社長に就任。グローバルなビジネス展開やプロダクト開発、組織開発における多彩な経験を生かし、日本独自の価値創造を担う。ソフトバンク ロケーションテック領域の投資育成事業の責任者を兼任。

山本:この業界のiPhoneをつくっているのは誰かといえば、間違いなくTeslaです。その意味で、業界の2番手以降の私たちがとるべき戦略は、Androidがそうしたように「オープン」だろうと思っています。1番手グループが垂直統合であれば、2番手グループは水平分業に挑戦するというのは、業界を問わず、正しい戦略なのではないでしょうか。実際、Teslaは極端なくらいに自前主義ですから、私たちはいろいろな会社さんとコラボレーションしていくのが現時点での正解だと考えています。

日本に必要なのは「アポロ計画」──国産の自動運転AIをつくる理由

高田:ぜひ、マップボックス・ジャパンとのコラボレーションも引き続きよろしくお願いします。山本さんは日本の自動運転技術のレベル感についてはどのように捉えていらっしゃいますか。

山本:業界全体もそうですし、私たちの技術も、アメリカや中国の技術にビハインドしているのが現状です。ビハインドしている理由はシンプルで、誰もやってこなかったからです。AIエンジニアの数自体はアメリカ等と比べると少ない印象ですが、個別の能力でいえば、日本人のレベルは決して低くはありません。そして、日本は伝統的に自動車産業が強い国であり、国産の自動運転AIを望む声も大きいことを考えれば、ぜひやるべきだと思っていますし、だからこそ、「We Overtake Tesla」を理念に掲げているところがあります。

「We Overtake Tesla」(Turing株式会社HP: https://www.turing-motors.com/

高田:具体的かつ大きな理念を掲げていらっしゃるのはとても重要なことだと思っています。当時の人たちからすると、突拍子もない目標を掲げた「アポロ計画」のようなものがないと、優秀なエンジニアが別の業界に行ってしまいますから。個人的な話をすると、いまのエンジニアの人たちをうらやましく思うところもあります。もう20年以上前ですが、私が学生時代にマシンラーニングを学んでいたころは、難しい指示を出すと4日間返事がない……みたいな世界でした。当時は卒業してもその知識を活かすのが難しく、機械学習をマネタイズできたのは、インターネットリサーチ会社か、広告会社くらいだったことを考えると、隔世の感があります。

山本:そういう意味では、AIという技術がどんどん染み出してきているのが、2024 年の現状といえそうです。月面着陸を目指した「アポロ計画」の話が出ましたが、完全自動運転は、AI業界のグランドチャレンジの1つだと思っています。

完全自動運転の先にあるもの

高田:山本さんは、完全自動運転の先に、どんな世界を見ていらっしゃるのでしょうか。

山本:先にお伝えしたいのが、AIによる完全自動運転ができることが過小評価されていると私は考えています。たとえば、生成AIが優れている点の1つは、いままで計算不可能だと思われていたよう問題を計算可能にしたことにあります。たとえば、生成AIは「翻訳」を「計算問題」にすることに成功しています。

高田:「Ponanza」は、「将棋」を「計算問題」にしたということですね。

山本:はい。ようは、計算リソースを割けば割くほど、いろいろな問題が解ける都合のいい計算アーキテクチャーが見つかったということです。話を「完全自動運転車の先にある世界」に戻すと、完全自動運転車という「ハンドルがない車」ができること自体のインパクトも絶大ですが、それくらい頭のいいものが自律的に動ける社会においては、同じ技術が、大型機械、あるいはヒューマンロイド等にも転用されることになるはずです。つまり、完全自動運転という課題を解くことは「汎用人工知能」(AGI)つくるという課題のサブタスクに落ちることを意味していて、こちらが本筋だと私は考えています。

高田:汎用人工知能(AGI)をつくるという意味では、自動運転が一番わかりやすいというか、一番規模感が出るタスクの1つといえそうですね。

マップボックス・ジャパンCEOの高田徹(左)とチューリングCEOの山本一成さん(右)

山本:だからこそ、ソフトバンクさんもマップボックスさんに投資して、自動運転分野のアップサイドを狙っているのではないでしょうか。

高田:マップボックスは、部品メーカーみたいな立ち位置ではありますが、何をつくるにしても部品は必要です。その部品をつくることで、AI業界のグランドチャレンジに貢献したいと思っています。

「完全自動運転車」普及以後の世界はこうなる

高田:以前、noteの記事で完全自動運転車が実現した世界について、「車と信号機が勝手にコミュニケーションして、最適なタイミングで信号を切り替えてくれたり、車の中で新作映画を観たり、ゲームを楽しんだり、移動しながら打ち合わせをしたり、週末、車の中で眠っているだけで観光地まで運んでくれるみたいな世界になっていくのではないでしょうか」と想像したことがあるのですが、山本さんはどんなイメージをもたれていますか。

山本:たとえば、「シェアリング」が増えることで「路上駐車」という概念は消えるような気もしますし、EV化の進行もあって車が勝手に充電するような世界もありえそうですね。「シェアリング」の方向にいくのか、「部屋の拡張」にいくのか、いずれかの方向に極端に振れるような気はします。

高田:おっしゃるように、「公共交通機関的な方向性」と「動く家的な方向性」はあり得そうですね。未来の話なので、勝手な想像ですが、たとえば、いま街を走っているハンドル付きの自家用車は運転好きが乗る「趣味的な車」という位置付けになって、全体の5%くらいになるのではないでしょうか。あとの95%のうち、80%くらいはワゴンタイプのタクシーのような「公共交通機関的な自動運転車」で、残りの10%強は飛行機のビジネスクラス的なアップグレードされた自動運転車になって、2〜3%は「プライベートジェット」ではないですが、キャンピングカーみたいな「動く家」になるイメージです。

山本:「動く家」の場合、電気は問題ありませんが、水の供給が難しそうですね。

高田:たしかに……。いずれにしても、完全自動運転が実現すると、時間という有限なリソースを有効に使えようになるのは間違いないと思いますので、いまから楽しみにしています。本日はありがとうございました。

山本:こちらこそありがとうございました。

(了)