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音楽家と歴史・社会 -27: 伊福部昭の音楽(ゴジラ映画等の作曲の背景)

Great classical musicians, History and Society
主にクラシック音楽に係る歴史、社会等について、書いています。
前回に引き続き、作曲家の伊福部昭(1914年-2006年)の足跡を辿ります。

1947年の東宝映画「銀嶺の果て」を手掛けた翌年、伊福部は、京都で奇妙な男と出会う。東映の撮影所近くの小料理屋の二階の炬燵で月形龍之介と酒を汲みかわしているところにふらりと現れた男は、名乗りもせず日本映画界への不満をこぼしつつ酒を吞み、代金も払わず去っていった。
1954年、伊福部は、「ゴジラ」という奇妙な名称の映画の音楽を任される。本多猪四郎監督他との打ち合わせで、奇妙な男に再会。名前を初めて知った。円谷英二という。
 出所:東宝特撮映画全史(東宝株式会社刊:1983年12月)を基に作文

米軍によるマーシャル諸島ビキニ環礁での水爆実験は、第五福竜丸の被爆事故を通じて、世界的な事件となっていた。実兄を放射線被爆で亡くし、自らも放射能による健康障害を体験していた伊福部にとって、この映画は大きな転機となった。

以下、伊福部昭による楽曲のうち、私が少年時代から愛好してきたものを挙げる。

1.ゴジラ追撃せよ
1954年に公開された東宝の特撮映画「ゴジラ」の劇伴音楽。「ゴジラのテーマ」とも呼ばれる。ゴジラ・シリーズにおいて、様々な編曲がなされてきた。1983年に発表された「SF交響ファンタジー第1番」の第1楽章の冒頭で使われた。現在、上映中の「ゴジラ-1.0」(2023年)で、改めて人々の心に蘇った。
「ドシラ、ドシラ、ドシラソラシドシラ」のフレーズは、モーリス・ラヴェル作曲「ピアノ協奏曲 ト長調」 第3楽章に似ているとの評判。日本のクラシック音楽愛好家の間で有名である。その由来については、前号で私見を述べた。また、このフレーズは、リズムが4拍+5拍の9拍子の変拍子であることも特徴である。私は、伊福部が、少年時代に北海道音更町にて親しんだアイヌの唄をヒントにしたと考えている。
実は、伊福部が最初にこのフレーズを使ったのは1945年。満州国の依頼で作曲された「管絃楽のための音詩『寒帯林』」だ。以降、「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」(1948)、「社長と女店員 」(1948年)など様々な楽曲に使われている。   

2.ゴジラの猛威
ゴジラが日本に上陸する時に流れる。怪獣ゴジラのテーマ曲は、実はこの曲。コントラファゴットの低音の響きが、ゴジラの威容を表現している。
「ゴジラ」の後、しばらく使われていなかったが、「ゴジラvsメカゴジラ」(1974年)で改めて出てきた。
この曲の方が、怖い。

3.怪獣大戦争マーチ
X星人に操られたゴジラとラドンが眼を覚まし、宇宙怪獣キングギドラと戦う「怪獣大戦争」(1965年)のテーマ曲として有名となった「宇宙大戦争」(1959年)のラストでの戦闘シーンでも使われていた。
原曲は、大日本帝国海軍の依頼で、1943年に作曲された古典風軍樂「吉志舞」("きしまい"と読む)である。最近は、自衛隊のイメージ曲として定着している。
庵野秀明監督「シン・ゴジラ」(2016年)において編曲され、ゴジラと戦うシーンに出てきた。

4.聖なる泉
ゴジラと並ぶ人気を誇る巨大蛾の怪獣を描いた「モスラ」(1061年)の音楽は、古関裕而が担当した。当時有名な双子姉妹歌手のザ・ピーナッツが「小美人」として唄う「モスラの歌」は、意味不明の歌詞(インドネシア語)ではあったが、当時の少年少女の心をとらえた。
「モスラ対ゴジラ」(1964年)の音楽は、伊福部が担当し、「モスラの歌」を編曲をせず、ア・カペラでザ・ピーナッツに歌わせ、それとは別に「聖なる泉」を挿入歌として作曲した。抒情的なメロディーは素晴らしい。また、「マハラ モスラ」は、エキゾチックなイメージを出している。アイヌの民謡を使っていたのだろうか。
なお、平成ゴジラ・シリーズの「ゴジラvsモスラ』(1992年)において、伊福部は、「モスラの歌」を編曲し、古関裕而の家族からお礼の電話をもらったらしい。

5.フランケンシュタイン対地底怪獣
1965年に封切られた外国資本による怪奇映画。私はテレビで観て、とても怖かった。また、水野久美の妖艶な美しさ(「マタンゴ」の2年後)に強く惹かれた。東宝の怪獣映画において、初めて人間が巨大化して怪獣(バラゴン)と格闘をする設定は、間違いなく、「ウルトラマン」シリーズにつながっている。
伊福部は、テーマ曲において、当時日本に1つしかなかったバス・フルートを使い、低音の響きによる独特の怪奇な音楽を表現した。

6.メーサーマーチ
上記映画の続編「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」(1966年)の挿入曲。対怪獣用の指向性エネルギーによるメーサー兵器のテーマ曲である。
平成時代になって、上記「ゴジラvsモスラ」で再登場し、以来、ゴジラ映画の定番曲となった。
カノン形式で、ホルン、トランペットなど金管楽器による勇壮なメロディが重なり合いながら続く。

伊福部昭の映画音楽は、怪獣モノには留まらず、「ビルマの竪琴(第一部・第二部)」(1956年)、「座頭市」シリーズ(1962年 - 1973年)、「徳川家康」(1965年)などに多岐に亘る。
本人は、現代音楽家として、「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」、「シンフォニア・タプカーラ」等を評価して欲しかったであろう。
今後、さらに名曲が発掘され、偉大な作曲家として、音楽史に名前が刻まれることを祈念する。

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