ステレオタイプ


その村には、世の中の一切の「情報」が入ってこなかった。人々は世の中のことを全く知らず、できて読み書き算数程度。いま自分たちが生活している星が地球という名前で、そこには重力があって、だから立っていられる。といったことすら知らなかった。

「おれ、宇宙飛行士になる」ひとりの男が突然村を出る決意をした。なぜ彼が宇宙飛行士になりたいと思ったのか。そもそも宇宙ということを知ったのかはだれも知らない。というか、本人にもわからない。聞けば、ある日�夢でお告げのようなものを受けた、ということだ。とにかく宇宙飛行士になることを、その男は決めた。

「うちゅうひこうしって、なんだね?」
「宇宙を旅する科学者さ」
「うちゅうって、なんだね?」
「よるに見える星の側の世界のことさ」
「そこを旅して、どうなるんだね」
「そとから僕らの村を見る」
「見てどうする?」
「形を確かめるんだ」
「確かめるったって、このとおり平べったいだけだろう。あ、ちょっと山はあるか」
「違う気がするんだ。だから確かめに行く」
「違うって、どう違うんだ」
「うーん、多分、丸っこいんじゃないかな?」
「ばかいえー!!」

この星は丸い。という男の仮説をその時はだれも信じなかった。信じないからといって男は気を落とすわけでもなく、とにかく自分の目で確かめることをやめようとはしなかった。
「そんなの見たって意味ないよ。やめときなよ」
「とにかくなるよ。宇宙飛行士に」


男が宇宙飛行士になるのにはとてつもない時間を要した。まず基礎的な学力からなんとかしなければならない。村を出た男はとにかく独学で知識を集めた。「おかね」というものが世の中にはあり、ものごとや人間関係のバランスを保ったり、ときに保たなかったりすることも初めて知った。
びっくりしたのは、「この星は丸い」ということはすでにみんな知っているということだった。でも見に行くこうという決意が揺らぐことはなかった。

3年後、男は宇宙飛行士になった。学歴を持たずに宇宙飛行士になったのは初めての例だという。試験でも、わからない課題は多かったが、「こうだろう」と思ってわからないなりに出す答えがすべて正解だった。そういう第六感のようなものがとにかく優れており、この才能を見出されての異例の抜擢だった。

それから1年に及ぶ訓練ののち、男は宇宙へと旅立った。その星はたしかに丸く、どういうわけだか青かった。地上ではめったに見ない青がどうしてその星を覆っているのだろうと男は思った。そして、とりたてて美しいとも思わなかった。ちっぽけだなとは思った。自分の予想がただ単に合っていた。男にとって宇宙旅行はただの確認作業に終わった。あとは、与えられた任務を遂行するだけだった。

「宇宙から地球を見て、どうでしたか?」任務を終えた男をたくさんの取材陣が囲んだ
「まぁ、丸かったですね。あと、なんか青かったです」
「・・・それだけですか?」
「はい」
「美しいとか、そういう気持ちは?」
「特にないですね」
「え!?美しいと思わないんですか?」
「母なる地球ですよ!?」
「どうして感動がないんですか!?」
「ちょっとは感動したらどうなんですか!?」

「・・・だって、実家を外から見たって別に感動はしないでしょう?」

それからしばらく、男は世の中から「役立たず」というレッテルを貼られた。「あの宇宙旅行は世紀の大失敗」「世界的な金の無駄遣い」「宇宙にいってなんの感動もない、心のない男」連日そんな報道が、世の中の「情報」を席巻した。男は追われるように村に戻った。

「おぉ!帰ってきたな!どうだった?この星の形は?」
「うん。丸かったよ」
「そうか!丸かったのか!いやーそうかそうか。悪かったな昔はそんなことないからやめとけとか言って」
「え?信じるの?」
「信じるもなにも、行ってきたんだろ?あの星の側に」
「うん」
「じゃあそれがすべてじゃねぇか。なぁ?」

男は、やはりこの村が自分の故郷なんだなと感じた。
「それと、もうひとつわかったことがある」
「なんだ?」
「丸いのは、この星と、この村の人の心だ」
「なに言ってんだ?じゃあ、よその心はどうだってんだ?」
「あれはダメだ。いろんな考えに凝り固まって、いろんな角度から好き勝手言いやがる。しかも同時に。

まるでステレオみたいなタイプだ」

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