ニコチン

作:ウダタクオ 2006年09月11日


ニコチン

 私は世田谷のはずれにあるパチ屋で働いていた。季節は秋だった。私はギャンブルはそれまでしたことがなかったので、仕事の勝手が分からなかった。その為かいつも直ぐ疲れた。

 昼休みの時間がきた。少し早いといつも思っていた。

 色んな仕事をしてきたがトップやリーダーに煙草を吸う奴がいる会社はほとんどの奴が煙草を吸い、逆にトップやリーダーに吸わない奴がいる会社はほとんどの奴が煙草を吸わない事が多いのだ。たぶん環境がそうさせているのだろう。吸いやすくも吸いにくくも。

 私が入社したこのパチ屋は最悪だった。吸い過ぎなのだ。しかも特殊だった。

 煙草を吸ってはいないのだ。吸ってはいないのに吸い過ぎなのだ。

 とにかく昼休みがきた。初出勤の日だった。私は金が無かったので、昼飯は抜きにして煙草でも吸ってようと思っていた。

 休憩所に足を一歩踏み入れた瞬間、私の目はそこの光景に釘付けになった。

 さっきまで一緒に仕事をしていた、汗っかきのデブの男が注射器を腕にぶっ射していた。その横ではカウンターに入っていた小顔で金髪のギャルが針を射し、ゆっくりとポンプを押し込んでいる。ゆっくりと目を閉じていく。私はその表情を見ている。何もかも忘れていく、そんな感じだ。

 注入するスピードと緩んでいく女の口元は比例し、半開きになった口からは前歯が見えた。なんてセクシーなんだ。私は震えた。

 ポンプを押し切った時、その女の腕は力が抜けたように、だらんとなった。その瞬間、私はキッ!とそのギャルに睨まれた。

「なにさっきから人の顔ジロジロ見てんのよぉ!!この変態野郎!」

そう言うとミニスカートを穿いたギャルは足を組みかえた。

「す、すみません」震える声で私は謝った。素直に謝ったのは、それが初めてだった。

「やっぱこいつは効くぜー!ニコチンはよう!!ひゃっは~」

隣のデブが叫んだ。ドアが開いた。

「うおー疲れたぜ。あれ新人?今日からだ!?」

「うす」

「疲れたでしょう?慣れないうちはねっ」

スーツを着た男はなんだか嬉しそうに喋っていた。続けて休憩所に何人か入ってきた。誰の名前も分からない。また、誰かがドアを開けて入ってきた。

「お疲れぃ!!疲れた疲れた。ニコチンが足りねーぜ!一発きめとくかぁ」

ジェルで固めた短髪がペンギンみたいな男だった。背は高く、30代前半といった風貌だった。

 そいつは机の上にあるペンケースをおもむろに自分の手元に引き寄せると、中から注射器を取り出した。

「針どこー?・・・今日当番だれだよ!!ちゃんとやっとけよ!」

誰も何も言えなくなっていた。

「針ぐらい人数分揃えとけよ!!今日何人だよ!使い回しとかして病気になったらどうしてくれんだよう!!」

 私はふと、壁に貼られている紙を見た。

「終日禁煙!!ニコチンは注射で接種しましょう!」

そういうところだった。

「あの~、事務所ってどこですか?」

それが、この会社での私の最後の言葉となった。

      辞表


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以下、あとがきです。

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