思春期の女

作:ウダタクオ 2006年11月17日



思春期の女

 

 高知の夜は長い。親が厳しい私の様な学生には。

 門限は七時。テレビは部屋に置いてもらえず、居間でみんなで観るのが当たり前。

 友達の家に泊まりに行った事もない、ましてやクラブなんて行った事もない。

 クラスのみんなは週末ともなればお目当ての他校のアマチュアバンドを追ってライブハウスに行っているみたいで、休み時間になるともっぱらその話で盛り上がっている。

「~君が格好いい」とか「まじしびれる」とか、使い捨てカメラで撮った写真を眺めながらしゃべっている。

 音楽の話しなんかしてる人はいない。男の話しをしているのだ。

 私にはそんな時間はない。

 なぜならば、夜中の二時を回れば私の青春が始まるからだ。

    

 家族が寝静まった頃に私はこっそり部屋を抜け出して居間に一人座りテレビをつける。

 すると私の青春が始まる。

「そうだぁ!体が熱くなってきただろう」

 テレビの中で金髪の筋肉むきむきの男が吹き替えの低い声でしゃべってくる。

 そして「なんと、これがたったの一万円、たったの一万円で皆様にご奉仕出来てしまえます」

と違う声がする。

 私は震えた。ハートが熱くなる。これが恋心なのか?と勘違いもする。

 

 足がしびれた。

「次はこれだー!」

と言い、またまた金髪のマッチョが何やら出してきた。

そしてまた吹き替えの低い声でしゃべりだす。

「こいつのバキューム力は馬並みのパワーだ」

後ろでお馴染みの笑い声がする。

 私にはそれがたまらないのだ。何をしゃべっていてもつられて笑ってしまう。

「こいつは竜のごとし何でも飲み込んでしまう、その名もぉ」マッチョは少しためて満遍の笑みで言った。

「ターボドラゴンZだぁ!」

 

 そして、吸引力の実験を始めていく。

 まず初めに普通に糸くずやほこりを吸い取っていき。最終的に灰皿をぶちまけて灰ともども煙草さえも吸い込んでしまった。

「さぁみなさん、驚きはここからですよ」

落ち着いた声でマッチョがにやりと言った。

「さぁ今晩のサプライズコーナー、ショーの始まりです」

 私は興奮して、けつからおならがでた。少し匂った。

「なぜこいつが従来のターボドラゴンではなくZなのか証明してみせましょう!」

「ドラゴンチェンジ!!」 

 私は無造作にビデオのリモコンの録画ボタンを押していた。

 弟が撮りだめしているテレビドラマが消えていく。

「この際消してやる」

「ぜーーーっと!!」

と言って上半身裸のマッチョが、吸引口を差し替えた。

 そして目の前に出されたボーリングの球をZが吸い上げた。

「これがZの威力だ!!次は地球を持ち上げようか」

後ろでお馴染みの笑い声が一層にも増して騒ぎ立てた時、私は受話器を持っていた。

 授業が全て終了した。休み時間の彼女達のくだらない小話からもやっと解放される。

 

 教室から階段、下駄箱から門まで青春を駆け抜けた。

 そして私は銀行へと向かった。

 ATMコーナーには、まばらに人がいて少しだけ待った。待つ間に通学用バックにいつも隠し持っている菓子パンを少しだけ食べた。

 私は待つのが嫌いだ。学校の朝礼も全校集会も学園祭も何から何まで誰かのペースに従わなきゃいけない。自由がそこにはないのだ。トイレだってしたい時ではなく、休み時間にどうぞだ。

 くそったれ!ふふふ、まぁいいや。Zを手に入れた暁には全部吸い取ってやる。

 私は妄想の世界に入っていた。にやにやしていた。

 やっとの思いで最前列まできた。時間は流れ、とうとう次は私の番だ。

 予防接種の注射を待つ時なんか、私の順番なんか来ないでくれ。時間よ止まってくれ。私だけうまい具合に抜け出せないか。注射をするふりだけして私を見逃してくれないか。とか散々考えていたが、ぶっ刺された。

 私に注射する時だけやけに針がでかかった様な気がしたし、刺す前にした消毒の液は唾液なんじゃないかと疑った。

 それに比べると今日は最高である。

 

 急に背中がぞくっとした。後ろから視線を感じる。

 列の後ろにいるおじさんが私を見ている。

 私は固まった。恐いと感じた。そして早くどこか一台ATMよ空いてくれと願った。

 なかなか空きそうもない。

 後方をそ知らぬ顔して再確認した。彼の姿はなかった。

 ほっとして胸に手をやった。

 しかし防犯カメラはとらえていた。彼は真後ろにいたのだ。息を殺して、気配を悟られないように。

 

 私はそんな事も気が付かずに念願のATMの前まで来た。

 キャッシュカードを機械に差し込んだ。

 うちの父親は二ヵ月以上ショッピングローン未払いのままのクレジットカードを突っ込んだらカードが返ってこなかった。

 回収されたのだ。

 それとはわけが違う。手始めに手慣らし程度に残高照会をする。

 私のお金の無さに失望する。きっと貯金箱の中身の方がまだ多い。

 私は夏休みにアパレル業界という響きに憧れて、自ら裁縫したスカートの隠しポケットから振込先のメモを取り出し怪しい通販会社に入金した。うちの学校でスカートにポケットがあるのはたぶん私だけだろう。

 今まで貯めてきたお小遣いが一瞬で吹っ飛んだ。

 

 次の日、学校に行ったら休み時間はやはりやってきて、やはり彼女達のバンドマン話しが私をうるさく掻き乱すのかと思いきや、そうではなく、異常者の話をしていた。

 私は耳を傾けた。

 どうやら彼女達いわく、昨日の昼間から夕方にかけて校区内の銀行で痴漢被害者が続出したらしいとの話だった。

 私もその時間帯ならかぶっていたが、これといって何もなかったので銀行違いかな?程度にながした。

 あれこれ考えているうちに彼女達の話題はいつも通りバンド男話しにかわっていた。

 それまでにないほど毎日が楽しかった。来る日も来る日もすっ飛んで家に帰った。この数日間スカートはめくれまくった。

 大判振る舞いの私は以前よりなぜかモテだした。

 そして運命の日を待ちわびた。

 

 数日後、学校から戻るとZが家に送られてきていた。

 梱包の段ボールにはでっかく[Z]と印字されていた。

 手がぷるぷるしてきた。

 私は今、興奮状態の絶頂にいる。

 この手で封印をとく時がきた。結婚式のケーキ入刀もこんな感じなのかな。私は少し照れた。いや、実はにやけていた。

 勿論よだれだってでていた。シャツの袖でばれないように拭き取った。

 とうとう私はパンドラの箱に手を付けた。

 段ボールの隙間から光がこぼれだしてきた。私はゆっくりと折り目を広げていった。その光はどんどん強くなっていく。なんて眩しいんだろう。高揚感さえも漂ってくる。

 そして私は完全に光に包まれた。ゴールドに輝く高校生となった。私が神である。2発立て続けにおならが出た。

 私は笑みを浮かべた。全てに勝った気がしたのだ。そして微笑みながら包装紙をめくった。

 するとそれまで感じていた光は瞬く間にあっさり消えた。私は負け組の烙印を押された。

 人生はジェットコースターの様だ。

 

 直に見るZはテレビに映し出されたそれとは違い、少し小さく感じた。

 ブラウン管の虚像力は恐ろしいなと思った。きっと芸能人はチビばかりなんだろう。なぁ、アルパチーノ。

 さっそく部屋の掃除を始めた。

 母親は我が娘のそんな姿を見て目を丸くさせ「かわいそうに、気が狂ってしまったの?」と聞いてきたが、私が「ぜーっと!!」と叫ぶと一変し顔をしかめ小声でこう言った。「...確定」

 私はとにかく「ドラゴンチェンジ」がしたかったので。とりあえず父親の書斎に盗みに入った。ボーリングの球がどっかに転がっているはずだ。

 案の定ボーリングの球はあったが転がってはおらず、ショーケースにトロフィーといっしょに綺麗にディスプレイされていた。私は男を感じた。

 

 トロフィーの数だけ男の人生には、はくがついていく。

 ショーケースの中にトロフィーは六つあったが、どれもバッファロー66とプレートに刻印されていた。

 

 私はボーリングの球だけを持ち去り自分の部屋へと戻った。

 

 いよいよですか。ニヤリとした。

「ドラゴ~ンチェーーンジ!!」

私はおたけびをあげた。私はおたけびをあげたんだ。あげたんだ。それなのにドラゴンチェンジの為の装備品が付いていない事に気が付いた。「ないっ!!」本当になかった。

 即座に私は弟のVHSに無断で重ね撮りしたあの夜の映像を観た。余談ではあるが、まだばれてはいない。

 巻き戻しちょうど「ドラゴンチェンジ」の場面までくると私はエフェクトボタンのスローを押した。

 情報はゆっくりと流れていく、そして私はある事に気が付いた。発見したのだ。

 あの三下の外タレが「ぜーーーっと!!」と言って吸引口を差し替えた。その瞬間だった。画面右下に小さくほんのわずかな時間字幕スーパーが出ていた。

[これは、TV演出の為に作られた非売品です。]

 私はがっくしきて、その日からおならは出なくなった。

 

 私の思春期は通り過ぎ青春は終わった。

 私は大人になった。私は大人になったから、次の日から高校に通わなくなった。

 

 私は屁をこかない大人になったんだ。


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今回は漫画化の話がきた時の事を書いています。

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