本の値段は高いか安いか

 多くの出版社の方と噛み合わないところだろう思うので無理に突っ込んで欲しくはないのですが、自分は基本的に「本は高い」と思っています。

 単純な話、皆が「安い!」と思ってたらもっと売れてるわけじゃないですか。「早めの文庫化期待してます」とか「図書館にリクエストしました」とか「ブックオフにいつ出てくるかなあ」とか「マケプレで新品が買えました」とか「読んですぐにメルカリで売るからお得だね!」とか、全て価格に関連する話ですよね。電子書籍に関しては「置き場所」や「入手の簡単さ」などの重要性が増しており、価格についての要求は弱くなっているようにも思いますが、販促に不可欠となってきた「無料公開」というのも、ある意味、価格の話じゃないですか。違いますかね。

 出版社で働いていると、本の値段に関する感覚は、ちょっとずれてしまうように思います。こんなに手間ひまかけたのに、という感覚を持つ方は多い。なので、「本は高くない」という方は出版社で働いている老若男女の場合は文句なく多いです。比較の問題として類書のこの本もあの本もこれぐらいの値段だから全然高くないみたいなのもよく聞きます。書店からも「もっと高くしてくれ」という要望もありますしね。「本って安いよ」ぐらいの話も出てきます。まあ、実際、安い本もあります。

 出版業界ではだいぶ前から「マーケティングの重要性」が指摘されています。これからの出版社は、マーケット・イン=市場の声を聞き読者が望む本を作る・売る、の方向に進むべきだと言われます。対比される現状はプロダクト・アウト=出版社が作りたいものを作る・売る、です。この話はなかなか難しい点もあって、一概にマーケット・インが良いとも言い切れないんですよね。読者や消費者の声を聞いた結果として凡庸なものが出てきてしまうということも考えられるので。

 さて、マーケティングというと教科書的には、Price(価格)・Product(製品)・Place(流通)・Promotion(宣伝)の4Pです。上記のマーケット・インというのは、主にProductの話題でPlace(小売の場としての書店)が絡んでいます。出版業界ではPriceを除く3Pについての関心は高く、取り組みも多岐に渡っていると思います。

 ですが、Priceについてはあまり話が深まっていなかった。いや、もちろん、本を出す時に価格について考えていないわけではありません。自分は先人の方々から「値頃感」という言葉を教わりました。あくまで定価や類書を前提とした「値頃感」です。今現在のように複数の価格で流通するような状況を想定していたわけではなかった。現状、消費者側から見れば、廉価版としての文庫や古書、図書館なども含めて、一冊の本に対して様々な価格が有り得るわけです。そこに電子書籍も加わった。無料公開も。価格設定は以前より圧倒的に難しくなっており、考えも深くならざるを得ません。

 安くしたからと言って売れるものではないのは当然として、そもそも本の価格は何に対して付けられているのか。中身の値段なのか、それともパッケージの値段なのか、そんなことも、電子書籍の時代には改めて考える必要があります。電子書籍には物理的なパッケージ無いですから。

 ロングセラーも、少しずつ値段は上がっていくのが普通です。内容をアップデートしたりカラーの資料を増補したりと、様々な理由をおまけに、価格が乗せられていきます。最近の大学生は教科書の代金と重量が大変なことになっているので、電子書籍化が待望されていたりするわけで。

 出版社の方でも、定年を迎えて年金生活に入った段階で「本は高くない」と言えるかどうか、考えていただきたい。どうでしょうか。「いや、図書館で借りるから、図書館にしっかり営業してよ」ってことになるのかなあ。そうなると、本の値段は上がるんですが、図書館で読むからいいのか。

 書店が「値段を上げてくれ」と言っているのは、数がたくさん出る本=価格が少し上がっても売れ行きが落ちない=結果として値上げが書店の売上につながる、ということであって、既に高い値段が付いている本に対しては「こんな値段じゃ店に並べても売れないからもうちょい下げてよ」と思っているかも知れません。書店としてはトータルの売上が問題なので、「店に置いても売れない値段」の本は、むしろ置きたくないんじゃないかとも思います。

 このままいくと(紙の)本は高価格になって嗜好品になるのだ、という見方があるのも承知しています。しかし、それでも安価で広く読まれる本は、紙ではなく電子になるのかも知れませんが、存在するんじゃないかなあ。今の状況として、コミックはトータルで考えると値下がりしてませんか。既に値段を付けて販売している紙の雑誌がほぼ滅亡している「求人情報」とかも。辞書もそうかもなあ。紙→電子辞書→アプリ、多分その先はスマホで検索でしょうか。

 値段について、今の段階で真剣に考えないと取り返しのつかないことになるのではないかと恐れています。原価の積み重ねと初版の(場合によっては増刷も含んだ)販売部数と自社他社の類書で考える「値頃感」ではなく、もう少し考えてみるべきではないでしょうか(簡単な話でないのは分かっていますが)。

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