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書店のPOSデータは個人の趣味嗜好を反映した濃厚なマーケティング・データなので(個人情報の保護にしっかりと配慮したうえで)広告代理店や他業界へどんどん売り込んだら良いと思うんですが、そのためにはバラバラな情報をどこかでしっかりまとめたほうがよくないですか?

 だいぶ前の話で恐縮ですが、某書店のPOSデータ配信サービスの利用を広告代理店が始めたと聞いて「えー、雑誌の実売数丸裸になっちゃうけど、出版社OKなんですか?」と質問したところ、「そんなこと、どこにも言われませんでした」と返されたことがあります。自分の以前の仕事は雑誌の営業(広告営業ではなく販売のほう)だったので、部数を公表することに非常に大きな抵抗がありました。大手はそのあたり鷹揚なんだなと、自分の小物っぷりに恥ずかしさを感じたのを思い出します。

 雑誌の実売数が分かると困るのではないか、というのは思いっきり出版社の側の論理なので、ある意味、どうでもいいといえばどうでもいいと思います。それより、書店のPOSデータって、個人の趣味嗜好を反映した濃厚なマーケティング・データなんですよね。例えば、主婦系の雑誌の地域による売れ具合なんかが分かると、消費財のメーカーは地域への働きかけがやりやすくなりますよね。クルマ雑誌なんかもっと傾向出ると思う。「この地域はミニバンか」みたいな。雑誌や書籍の販売データって、「実際の消費の前段階の「関心」を示す可能性が高い」という意味で、例えば販売店での実際の販売データと比べても面白い傾向が出てくるでしょう。雑誌じゃなくても、例えば子育てのエッセイが売れる地域を調べることで現役の子育て世代の関心・趣味嗜好をさぐる、流行りの本の火の付き方の差を調べることでマスに向けた広告宣伝の広がり方を調べる等々。

 その後、ですが、逆に、某POSデータ、どんどん売ればいいのではないかと考えるようになりました。自分は個人についても「売るものが無いならポイントサービスなどに個人情報を売って小遣いを稼げばいい」と考えています。それの企業版というか業界版というか、そういう感じ。出版業界、中でも書店は、かなり苦境なので、いい値段が付けられるマーケティング・データ、どんどん売ればいいと思うんですよ。

 ただ、本当に売るとなると、いくつか課題があります。

 今はなきWeBRAIN(ウェブレイン、平安堂が中心になって立ち上げたPOSデータ集配信及び書店と出版社の受発注情報共有サービス)は、最初から書店POSデータを非常に有益なマーケティング・データとみなし、他業界への売り込みを考えていました。他にも、書店発の会員サービスで、ID-POSとして他業界へのデータの売り込みを考えていた例は知っています。

 ですが、あまりうまく行かなかったように記憶しています。

 うまくいかなかった理由ははっきりしていて、「バラバラに売り込んでも、ひとつひとつの規模が小さすぎて……」ということです。書店チェーン最大手が売り込んだとして出版物の販売のシェアの5%程度、市場調査のデータとしては小さくないと思いますが、ポイントカードなどで集まるビッグデータと比べると明らかに見劣りします。

 でも、これ、きちんと集約したらどうでしょうか。

 よくネットでは「(俺がアマゾンをよく使うので)本はほとんどアマゾンで売れている(はずだ)」とか、「(自分が買うのはほとんどコミックなので)日本の出版物の大半はコミックだ」とか、「(わざわざ本屋までいくのが面倒だし置き場所も無いので電子コミックし買わないんだけど)今はもうみんな電子でしょ」とか、そういう極端な意見表明を見かけることがありますが、実際は、そうでもないんですよ。いまだに本も雑誌もリアル書店で売れてるし電子書籍より紙の本のほうが売上金額が大きいジャンルが大半です(とはいえ、コミックは電子と紙で逆転しました。他にも、例えば辞書や情報誌では、「電子媒体」と「紙媒体」とで単純に比較できないのですが、専用のハードウェアやアプリケーション、ネット検索といったものまで考えると、紙のシェアは大きく減っています。来年以降、雑誌媒体の紙媒体からWeb媒体への乗り換えがさらに進むと、紙の出版物の全体的なシェアはますます減るでしょう)。

 リアル書店は、今ならまだPOSデータを集約することで意味のあるマーケティング・データとして販売できる。もちろん、既に各種ポイントカードとの提携によってそれぞれの陣営に様々なデータが集約されていることでしょうが、それと平行する形であっても、「本」や「雑誌」に絞った販売情報は、まだまだ価値を失っていない。

 書店のPOSデータを他業界・他業種に販売するためには、個々がばらばらに行動するのではなく、集約したうえで使い勝手の良いデータを提供することがポイントになります。今ならまだ売れる。もう少ししたらそれすら売れなくなるかも知れない。

 書店のPOSデータを集約してマーケティング・データとして販売するにあたっては、「集約」の他にも、いくつか重要な点があります。

 ひとつめは、上で触れた「使い勝手が良い」ということ。この場合の「使い勝手」というのは 人間が見て分かりやすいかどうかではなく、データとしての扱いが容易であったり他のデータとの連携できたりとか、そういうことです。つまり「エクセルデータで提供」とか「画面で操作」とかではなく、使い勝手の良いAPIを提供できるかどうかがカギになります。

 もうひとつは、データの関連性そのものを提案できるか否か、です。今年の出版業界では「スリップレス」が大きな話題となりました。その際、スリップの有用性が繰り返し提案されました。売上の視覚化(のツールとして形のあるスリップは便利)であったり、現状のPOSレジでは拾いきれていない情報の商品との一体化(搬入日や搬入冊数をスリップにメモしておくことで必要な情報が商品と常に一体化される)などが挙げられますが、中でも特に、「まとめ買いでの傾向を見る」というのは、スリップの有用性として熱く語られています。「顔が見える店舗」であれば、得意客の購入傾向も見えてくる→先回りして仕入れ、といった話にもつながります。これ、まさにID-POSの話ですよね。そして、スリップの活用では顧客に注目した相関関係の話が多く聞かれますが、POSデータでは、店舗での雑誌のジャンル傾向と書籍やコミック、逆にコミックや書籍のジャンル傾向と雑誌といった相関関係、さらに、全体を集約することで、さらに大きな、世の中の流行りものと書籍の販売傾向など(例えば、『ONE PIECE』の最新刊が売れるお店ではホニャララが売れる、とか)、そういうのも見えてくる。というか、そこまで出来るデータだという事になって初めてマーケティングデータとしての価値が生まれてくる。

 まとめます。

 提案:書店のPOSデータを集約し、質の良いマーケティング・データとして他業界に販売できないか。

 提案のための前提として、「1.集約」「2.使い勝手」「3.データの活用法(関連性など)の提案」を挙げました。集約についてですが、沈みゆく業界なので、統合や協業の話は頻繁に聞きます。取次もだいぶ前から協業に舵を切っています。書店も協業によってPOSデータに価値を生み出せるはず。現実の問題として、POSデータの集配信の管理者とシステムは既にほぼ一本化されています。なので、あとは各プレイヤーの判断だけです。ただ、現状の集配信は、使い勝手の点では明らかに劣ります(関係者の皆さん、本当にすみません。でも、専用サイトにログインしてCSVダウンロードはいくらなんでも古いです。JSONでもXMLでもいいからAPIで叩けるようにしてくれ。POSデータの集計に必要不可欠な書誌データもFTPじゃなくて。頼む)。技術的には大きな課題はありません。どこに任せるかだけです。なので、これも関係各位の判断によって動かせます(現状の管理者に依頼するにしてもそうでないにしても)。最後の「データの活用法(関連性など)の提案」ですが、これも人材は、他業界に軸足を移しつつあるような方も含めて、少数ですが、確実に存在します。彼らに活躍の場を提供できれば、データの価値はグンと高まります。というか、そういう優秀な人たちに活躍の場を提供し続けられる業界であってほしい。強くそう思います。

 そして、業界全体で集約され使い勝手がよく活用についての提案まで内包したPOSデータは、他業界へのマーケティング・データとしての販売はもちろんですが、業界内での活用にもつながります。店舗や地域の特性に基づいた効率的な配本と仕入れ、見逃しがちな既刊の掘り起こし、跳ねたアイテムの情報共有、販売傾向に基づいた需要予測による近刊の事前指定の充実さらには事前指定の徹底による刷部数の決定まで。個々バラバラのデータでは、可能性を感じても結局実現できなかったことが多々あります。それを実現するなら、協業の機運も高まり技術的なハードルは減りまだヒトもいる今です。

 そういえば、20年ぐらい前、転職した直後に、「POSデータを集約して出版業界のオリコンを立ち上げる」と言っていた元上司の仕事を手伝っていたことを思い出しました。VANに接続して全銀TCP/IPでデータを交換するソフト使ってヒイヒイ言いながらPOSデータを受け取り、エクセルで手作業で集計していました。今ならスクリプトやSQL書いて自動化できるな。それはともかく、その当時は諸々あって集約は難しかったし、技術的にも課題(俺がボトルネックだったんだよなあ。申し訳ないです)があったのも事実です。データそのものを何にどうやって使うかの蓄積も発想も経験も、業界全体見回してもそれほど一般的な話ではなかった。それを思うと今昔の感がありますね。

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