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「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」と思う出版社、思わない出版社、考えてもいない出版社

「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」といった旨の話をする出版社の方がいて、それに対して反発する方(図書館関係者はもちろんだと思うけど出版社でも)がいる。実際のところどうなのか、ということで、資料を引っ張り出してきて、相関が「ある」とか「無い」とかそういう話になる。

感想も含めて業界関係者にも色んな「意見」はあると思うが、今ひとつスカっとしない。なぜかと言うと、「本が売れなくなったのは図書館のせいだ」という意見も、「いやいや、図書館が読書習慣を拡大することで本がもっと売れるんだ」という意見も、万人が見て文句なく納得できるような説得力のある資料や数字が出てこないからだろう。

では、どういう資料や数字があれば「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」と思うのだろうか。今回はそれを考えてみたい。

と、その前に。自分はこれ、出版社でよくある「証明できない現実的な問題」のひとつだと思っている。働いていると、そういう問題、けっこう頻繁に遭遇する。

例えば「もっと値段を下げたら、もっと売れたんじゃないか」問題。これ、あとから廉価版を出したり豪華版を出したりで検討できそうだけども、実際には先行商品による宣伝効果や、状況の変化による部分が大きく(例えば著者の評判が上がった・下がった、類似の商品が増えた、などなど)、個別の商品については、なかなかこれといった「答」は出しにくい。

他にも「新刊配本をもっと増やしたらもっと売れたんじゃないか」問題。確かに新刊配本は露出を高めるという意味で非常に効果的だ。売れた本なら、あとから「最初からもっと撒いときゃよかった」と言えるかもしれない。が、売れなかった本でそれ言ってもどうかなあ。「もっと配本絞っときゃあ、こんなに返品食らうことも無かった」ってことかもしれないじゃない。書名やカバーもそう。「もっとこうしておけば」って話はよくある。たまにタイトルや表紙を変えてうまくいく話もあるが、タイトルや表紙を変えてもうまくいかなかった話は出てこないだけだ。

というように、一般的にけっこうな多品種少量生産の商品を扱う出版という業界では、検証しようにも、どうにもうまいこと比較できない問題というのが多々ある。

「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」というのもそういう問題のひとつだろう。

とはいえ、世の中には「図書館で貸出されると本が売れなくなる」という意見の方もいれば「図書館の貸出によって読書習慣が広がり本が売れるようになる」という意見の方もいる。

ということで、「どういう資料や数値があればそう思うのか」について考えてみたい。のだが、後者については、出版業界全体が沈みつつある中で「ほら、本がこんなに売れてるよ!」という資料や数値は非常に出しにくい。ので、前者「図書館で貸出されると本が売れなくなる」という意見についてのみ、考えてみたい。

まず、前提として、図書館問題(と総称する)については、出版社によって随分と意見が違う、ということを指摘したい。「図書館の貸出(本の購入、特に複本問題なども含めて)は、けしからん(大意)」という出版社の方がいる一方で、「図書館が購入予算を減らすのはけしからん。減った予算の中で売れ筋ばかり、しかも複数買ったりする。実にけしからん(大意)」という出版社の方がいる。

この業界で大手中小問わずお付き合いがある方なら、すぐにわかると思うのだが、「規模や扱っているジャンルによって図書館に対する意見が異なる」のだ。「規模やジャンルによって図書館との付き合い方が違う」と言い換えてもいい。ということは、「図書館との付き合い方」の中身を見たら、意見の違いの理由が見えてくるかもしれない。

さて、「図書館との付き合い方」という、ボンヤリとした表現を、しっかりとした数値に置き換えることは可能だろうか。

これ、実は、資料としてはそれほど難しいものは必要ない。以下の資料があれば、「図書館との付き合い方」の違いは、はっきりと見えてくる。

1.書籍単品の総売上に対する図書館の購入冊数と金額
 ※一般的に、図書館は新刊刊行時に本を購入する。つまり、初版に対しての購入ということになるのだが、「増刷をほとんどしない出版社=初版を売り切ったらおしまい」という出版社は少なくない。そういうところにしてみると、図書館からの購入は非常に大きい。TRC経由などでの購入冊数は、出版社のブランドやジャンル・モノによって随分と変わるが、例えば300冊程度仕入れられる(かなり多め)として、初版1500部の本でそれなら2割ということになる。単価と原価の設定によっては製造コストをカバーしてしまうこともありうる。逆に、最初の刷部数が万の単位でその後も大きく増刷を重ねていく本の場合はどうか。図書館による300冊の購入はありがたいものではあって、初版1500の本と比べてインパクトは小さい。

2.図書館が購入した書籍の単品毎の総貸出実績
 ※日本全国の図書館で、ではなく、個別の図書館の数字でも可。一般的なベストセラーで貸出の順番待ちとなっているような本は総貸出実績も増えるだろう。一方、専門性が高いだけでなく、そもそもその道の専門家も少ないような本はどうしても貸出は少なくなる(そういう本の購入が不要という結論ではない)。

上記、1.で「単品の売上に対する図書館購入の影響」はわかる。「図書館は予算をうちの本に使え(大意)」と言っている出版社は、単品に対する図書館購入の割合が大きい出版社だ。この際、極端な話、貸出の実績がどうこうはあまり関係ない。いい例ではないが、『亞書』の事件、出版社は比較するのも失礼だと怒るだろうし、実際、あそこまで悪質なのは例外だとは思うが、「図書館購入だけをめざしながら、あまりに粗雑な本を作っている一部の出版社」は他山の石とすべき事例ではないかと考える。

2.は1.と合わせて考えてみたい。単純に「貸出の実績が購入冊数の何倍になるのか」でもいい。「図書館で借りている人々が借りられなかったら買うか」というのは、また別の問題だ。「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」というのとも、正確には少し違うと思う。が、「本を読むという行為に対する単価が図書館の貸出によって薄まってしまう(のではないか)」という見方はできるだろう。この問題は「(電子書籍や電子雑誌の)定額読み放題」でも発生している。定額読み放題の場合は「読まれた数だけ支払われる」ことになっているので出版社も納得しているわけだが、図書館の場合は「薄まっただけで読まれた数だけ払われていないじゃない」という出版関係者の不満があるのだろう。そう考えると、自分には大手出版社の社長の意見もよくわかる気がする。

まったく蛇足だが、読み放題は「マイナージャンルのマイナーな本」にもチャンスがある。そういう本は「(定額だから本当はそうじゃないんだけど)無料なら読んでみるか」という枠に滑り込みやすい。あと、大手出版社にとっても「中吊りの記事だけ立ち読み」は、今までまったく金にならなかったが、読み放題だとそれもチャリーンと小銭になる。やはり「読まれた数だけ支払われる」は、誰にとってもメリットが大きいのかもしれない。

「図書館で貸し出されると本が売れなくなる」問題は、大きな枠で考えると個別の事情が見えなくなり、不満のポイントが霧消してしまうという話なのだろう。しかし、「本を読むという行為に対する単価が図書館の貸出によって薄まってしまう(のではないか)」という危惧を考えるとうなずける部分もある。また、個別の出版社・ジャンル・アイテムの問題として捉えると、出版社やヒトによって意見が異なるのも、よくわかる。出版社だけではない、著者や書店もそうだ。図書館からの購入が大きい書店にとって図書館は重要なパートナーだが、取引先になっていない書店からしてみると脅威だろう。著者もそうで、ガンガン貸し出されることを望まない(買ってよと思う)著者もいるだろうし、「読んでもらってありがとうございます!!!」という著者もいるだろう。立場や実績によって意見は簡単に変わる。この問題も例外ではない。

この記事はここで終わりです。noteの有料記事、やってみたかったのでやってみました。面白かったと思った方は、よろしくお願いいたします。

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