マーケットインとプロダクトアウト≒ユーザー志向とクリエイター志向~書籍の配本にAIを使うとしてJPROの情報だけで足りるのでしょうか~出版業界とAIの話(特にAI配本の件について、7/3勉強会と7/19緊急セミナーの話を合わせて)

 7/3に開催された勉強会「出版を元気にする勉強会プロジェクト:「AI導入は出版業界を救うか?」 ~第28回 本とITを研究する会~」に参加した感想を書こうと思っているうちに時間が経ってしまいました。その間、7/19に開催された「〈文化通信緊急セミナー〉出版流通/今そこにある危機と未来」にも参加しまして、そこでAIによる配本の話なども出たこともあり、合わせての感想とすることにしました。ちなみに7/19のセミナーではAI配本の可能性の話だけでなく、取次の売上に関連して扱い商品(出版物)の平均単価のリアルな話や、返品の絶対数の抑制をめざすことで想定される送品量の減少、さらに、別セクションとして、物流危機の細かい数字を前提とした生々しい現状と、取次の返品抑制とは矛盾しかねない現実も語られました。トーハンの社長とト・ニの部長が話すということで絶対聞きに行かねばと思いましたが、まさしくという感じでした。時間切れとなってしまったのがもったいなかった。もっと話を聞きたかったです。

 7/19の内容については文化通信などに詳しい記事が載るはずです。自分は、それとは別に個人的に気になっているAI配本の件について感想を書いておこうと思います。
 と、その前に、できれば7/3の勉強会に参加する前に書いた「出版業界の売上伸ばすためにAI使って何できるのかなあ。勉強中の自分が考えてみたメモ。」の中の「1.AIを使った配本の最適化(分類)」については読んでおいていただけるとありがたいです。今回の話はその話と完全につながっています。

 7/3の勉強会では「オンライン書店などによるユーザーからのリアクションに基づいたリコメンドにおけるAIの可能性」という話題が出ました。その件で自分が質問したのは「書籍の内容によるリコメンドにAIを活用する可能性はどうだろうか」という点です。ユーザーからのリアクションを集めるのは出版社には荷が重いのですが、内容については、例えばWeb小説投稿サイトなどでは全文を使うことができます。ユーザーからのリアクションに基づいたリコメンド(分類と言い直しても良いかも)はオンライン書店(小売)などに任せるとして、コンテンツの内容そのものに基づいたリコメンド(分類)は、出版社(メーカー)側にもAI利用の可能性があるのではないか、というのが自分の基本的な考えです。

 自分の質問はざっくりとしたものでしたが、関連して、「AIで膨大なテキストを分析することは可能だが負荷が大きすぎるので何らかの前提となるもの(ざっくりとした分類など)があるのが望ましい」、「AIによる分析は可能だが人間が理解できる形になるとは限らない」、「クリエイティブは現状やはり人間のものであるが、AIから生み出される可能性も見えてきているのではないか」「画像認識は既に人間を超えているがテキストについてはまだ道半ば」、といったお話につながったように思います。

 これらについて、自分はそれぞれ、「大きすぎる対象をブレイクダウンするための前処理の重要性及び教師あり学習の可能性」、「教師なし学習の現状と限界」、「シンギュラリティの可能性と、そもそもクリエイティビティとはなにか」、「AIの具体的な活用は画像認識が近道なのかも」といった感想を持ちました。最前線で携わる方々の知見は、聞いてみると納得です。また、クリエイティブの話は、当日のスピーカーである文学YouTuberベルさんも含めたレビュワーや書評家の存在意義の話にもつながったかと思います。全体通して、非常に刺激を受けた会でした。

 さて、話を戻します。自分が7/3の話を聞いて考えたポイントです。
1.(多数の)ユーザーによるリアクションから導き出されるリコメンド(分類)
2.(ひとりの)レビュワーや書評家によるリアクションから導き出されるリコメンド(分類)
3.コンテンツそのものから導き出されるリコメンド(分類)
 1.と2.の違いこそが「クリエイティビティ」なのでしょう。そこは非常に大きい。1.だけだと「売れてるものが売れる」にしかなりませんが、2.があることでそれが掻き回される。また、「読まない読者を取り込む」についても、2.が出版の世界から越境することで様々な可能性が生まれそうです。
 とはいえ、3.についても可能性はあります。1.も2.も「読まれた結果によるもの」ですが、3.は唯一「読まれることとは無関係」です。
 自分には「読まれた本には色々と反応が生まれそれが転がっていくが、読まれない本は何も生まれない。読まれていない本が読まれるきっかけを作るにはどうしたら良いのか」という思いが下地にあります。読まれるためのきっかけが本の内容そのものから生まれるとしたら、そこに可能性を感じます。

 この話は勉強会に参加する前に書いた「出版業界の売上伸ばすためにAI使って何できるのかなあ。勉強中の自分が考えてみたメモ。」の中で触れた「1.AIを使った配本の最適化(分類)」からつながっています。
 配本を決めるということは「この本はどの本と似ているのか」という類似性を分析し分類することであるはずです。
 配本と少し離れますが、本の分類(棚づくりの作業を含む)は、現状、書店では人力で行われています。棚づくりは売上に大きな影響を与えるにも関わらず、個人の読書量や経験・感性などに委ねられる部分が多く、チェーン店であっても個人の資質に頼らざるを得ないのが実情だろうと思います。

 では、「どうやって本を分類するか」、です。書籍はISBNだけでなく分類のためのCコードを持っています。が、Cコードは形態(文庫・新書・コミック等)と読者対象(専門・一般等)と内容(文芸・工学等)が混在しているだけでなく、現在の事情に合わない古い発想が含まれており、店頭で活用するのは難しい状態です。そもそも、個別のアイテムについてひとつの分類しか付加できないので、分野をまたぐような出版物には向いていません。また、出版社側の主観によるコードのため、読者や書店の感覚とは異なるものが付けられてしまうことも多々あります。
 今現在、JPROでは形態や対象とは別に内容による新しい分類体系の提案に向けて準備を進めているはずですが、「出版社が付ける」という前提がある限り、読者や書店とのズレは生まれるはずです。
 AIによって「人間の主観をなるべく排除して分類する」のはどうでしょうか。自分はかなり可能性があるのではないかと期待しています。
 手前味噌になりますが、近刊検索デルタでは、Cコードと取次分類(他にレーベル名と、一部書名に含まれる文字列)を使ってざっくりと機械的に分類しています。実際にはもっと細かい分類も可能ですが、これぐらいざっくりとした分類でも誤差というかうまくいかない例も多いのが現状です。もっと精度を高めるためには、Cコード・取次分類・レーベル名・書名の文字列に加えて、出版社名・著者名を使うのが良さそうですが、それぐらいでもだいぶ複雑になりそうです。
 配本に使うためにはもっと精度の高い類似性の判定(分類)が必要になります。シリーズ名・内容紹介・目次・表紙画像などを使うとさらに精度は高められそうです。
 それぐらいのデータを呑み込ませて分析ということになれば、AIを使うのが現実的になってくるはずです。7/19のセミナーに限らず、トーハンがここしばらくずっと「近刊情報をJPROに登録して欲しい」と訴え続けていた理由がよくわかりました。刊行前に書籍を分類(分析)するにはJPROの情報の充実が不可欠です。

 7/19のセミナーでAIによる配本の可能性が数字を含んで具体的に示されました。ここで自分がすごく腑に落ちたのは「雑誌の配本」であったことです。雑誌は、読者の特性や構成など、個別の店舗ではデータが不足するとしても、全体を考えれば十分なデータを収集・利用できます。それらを活用して配本を見直すことで実売を維持しつつ送品と返品を減らすことは可能でしょう。
 ただ、それはAIを使わなくても出来るのではないという気もします。というか、雑誌の定期改正での実売・返品の改善は過去にK書店の取り組みが例としてありました。あの知見が業界で(というか、取次に)共有されていれば、という思いはあります。
 配本をAIに任せてみるにはまったく別の課題もあるとは思いますが、それはさておき、書籍の配本にAIを使うとして、JPROの情報だけで足りるのでしょうか。それと、例えば特定の文字列が大量の配本につながることが分かるなどして、安易なSEOのようにハックされる可能性はないのでしょうか。JPROに登録されている情報量が少ない社はどうなってしまうのでしょうか。

 自分としては、主観をなるべく排除した形での合理的な配本や流通の実現には期待しています。正直、懸念を上げれば尽きません。現状のJRPOの項目や情報量がAI配本のために十分かと言われると疑問もあります。ですが、それでも、AI配本(と、分類)に取り組んでみる意味や価値は大きいと考えています。ユーザーからのリアクションだけでなく、書籍のコンテンツそのものやメタデータを分類などに使うということであれば、出版社も取次もまだまだ出来ることがあるのではないかと思います。

 最後に「配本をAIにまかせるに当たってのまったく別の課題」について触れておきます。

 AIに配本をまかせると送品は減るでしょう。出版社がそれをどこまで許容できるかは大きな課題です。この問題は、7/19の最後に出てきた「出版輸送は返品を前提としてきた」という生々しい話題とも関連します。輸送量の減少が出版輸送の維持を難しくしています。「効率的な配本」の実現によって送品・返品がともに減少することになると、出版輸送は耐えられるのでしょうか。

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