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ゼロファイター世界を翔ける男 第7章 飛行機冒険野郎 フェリーで世界へ


第7章 飛行機冒険野郎 フェリーで世界へ 


1・身につけた特殊な飛行技術


フェリーパイロットは相当な技倆、経験、語学力、交渉力、判断力を必要とする。そして度胸も必要だ。なにしろ一回も行ったことのないところへ、航空地図を頼りに世界のどこへでも飛んでいくのである。
そこでどんなことがあるか分からない。着陸拒否や、燃料給油のトラブル、国の上空通過の不許可、天候の変化、まともな航法機材がなくても洋上を何時間も飛ぶナビゲーション能力、ザッと考えてもこのくらいある。それらを叡智と経験、そして技倆で乗り越えていかなくてはならない。まして大型ジェット機と違って、一気に目的地に飛ぶだけの航続距離がないから、各地、各国を経由して行かなければならない。

ところが、実はこれが一番面白いのである。冒険が人の心を捉えて離さないのと同じで、好きな人にとっては、“猫に鰹節”で、たまらない魅力である。飛行機による、世界冒険旅行をやれるのである。客は乗っていないし、自分の判断でどこへでもいける。
おまけにアメリカやアフリカに一機運べば、機長で飛んで100万円、コ・パイで飛んで50万円が相場だ。ホテルや食事の実費は会社持ち。飛行機のフェリーパイロットは、お金を貰っての冒険旅行をしているようなものだ。

菅原は飛行技術については自信があった。
たとえば、雲中に入るとどちらが地表で、どちらが上かわからなくなるバーティゴという現象がある。日本語でいう空間識失調だ。飛行機が傾いていても自分の機は水平だと思ってしまう現象だ。これは人間誰でもそうなる。
さてこうなると頼れるのは計器だけだ。このとき一番頼りにする計器は“人工水平儀”である。この計器は自分の機が地平線/水平線に対して、自分の機がどういう姿勢になっているのか、傾きと上昇下降の全てを総合的に見せてくれる。
だから、雲とか霧の中に入ったら、この計器を頼りに飛ぶ。しかしこの人工水平儀が壊れたらどうするのか。多くのパイロットはキリモミ状態に入り事故になるだろうが、そんな状態になっても菅原は、“針・玉・機速”で飛ぶ自信があった。
旋回計という計器には、飛行機がどちらに傾いているかを示す針と、機体が横滑りしているかどうかがわかる玉がついている。そして機速を知るスピード計の3つを見て飛べば、人工水平儀がなくても、バーティゴに陥らずに飛べる。それをもって“針・玉・機速で飛ぶ”と言う。
これは相当訓練を受けたパイロットでないとできない。菅原は戦時中や自衛隊でその訓練を受けて身につけていた。

フェリーの場合、気象も大きく影響する。その対応術も心得ていなくてはならなかった。
日本からアメリカ向かうと大抵何本かの温暖前線とか寒冷前線を突っ切らなくてはならない。そのとき前線は地球の縦方向、つまり南北に横たわるようにあり、西から東に動いている。前線は本当は避けたいのだが、避けきれない。
高度が3万フィート、1万メートルまで上がれる大型旅客機なら、前線の上を飛び越していける。だが、YS11は2万フィートが上昇限度だから、前線を飛び越すことができない。前線の左右の端から反対側へ抜ければよいと思っても、前線は長いからそうはできない。すると前線の一番弱そうなところを狙って、突っ込み突破するしかない。

そんな時菅原は、過去の経験から菅原流の前線通過術を編み出していた。まずスピードを150ノット、約280キロに落とす。そしてギヤダウン、つまり脚出しをする。そしてエンジンの出力を多少上げる。脚出しをしないで、スピードを下げると、エンジン出力を絞ることになり、推進力が弱くなる。それではコントロールがしにくくなるからだ。

エンジンパワーをある程度出し、脚出しによる抵抗を利用してスピードを低く維持する。その状態で前線に突っ込む。すると当然乱気流があるから、機は上下に激しく乱高下するが、それでもジッと我慢の子で、その乱高下に逆らわず成り行きに機を任せる。
機の姿勢がどんなに乱れても、決して慌てず、ゆっくりと操作して水平飛行に戻す。このとき急激な操作をすると、機を左右に旋回させるエルロンに荷重がかかり過ぎて、エルロンが壊れるからだ。待つこと10分。大抵はそのくらいで通過できた。

菅原は飛行にあたり、一つの飛行信条を持っていた。
それは“地球に激突しないこと”であった。
「飛行機ほど安全なものはない。進路がずれれば直せばよいし、空中で飛行機がひっくり返れば、地球へ激突する前に元へ戻せばよい。とにかく地球に激突さえしなければいいのだから」
戦闘機での背面飛行や、アクロバット飛行をさんざんやってきた菅原には、その自信はあった。だからこそフェリーフライトをやろうと思ったのである。

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