<生活>といううすのろの話

今日のブログは乗り越えてゆくべき「<生活>といううすのろ」についての話です。1992年に九州から上京してきて東京で暮らし始めて22年が経ちますが、住んでいる街のエリアの、町内会の班長というものに任命されました。これは1年交代で順繰りに務めるものらしく、仕事としては回覧板をファイルに挟んで配布したりちょっとした街の行事(盆踊りとか避難訓練とかバザーとか)の詳細をお知らせしたりする、まあ言ってみれば簡単なことのですが、まず最初のミッションはエリア20件くらいを訪ね歩いて町内会費を集めるということでした。僕で大丈夫なんですかね?と両手をひろげて役員の人に聞いたら「全然大丈夫ですよ」と笑顔で班長道具一式を渡されたのです。

宿題を嫌がる子どものように足をバタバタさせながら「いやだなー。めんどくさいなー」と集金を後のばしにしていたのだけど、デッドラインが近づいてきたので重い腰を上げた。ただでさえ「毎日出勤もせずに昼間からふらふらして音楽がうるさいあそこの家」などと思われているやもしれないのだから、間違ってもライオンが人を食べてるイラストのTシャツは着ていけないな、などとドレスコードも慎重に好青年を装い、まずは交流のあるお隣のおうちで練習させてもらう。「お休みのところ失礼しますが町会費をいただきに参りましたー」、これをインターホン越しに伝えるには声のトーンをちょっと上げないと「え?」と聞き返されてしまうことがわかってピッと背筋を伸ばしました。

領収書と防災週間のチラシを渡すと「ご苦労さん」と労をねぎらっていただく。当たり前のやりとりが新鮮。いつも楽器の音が聴こえてくるおうちの呼び鈴を鳴らすとまず犬が小窓から覗いて、ああ、ここんちはパピヨン飼ってらっしゃるのか。引っ越してきたばかりのときにゴミの出し方を全部丁寧に教えてくれたおばさんも10年前くらいに班長をやったらしく効率のいい回り方を教えてくれた(話しこみすぎて領収書を渡しそびれた)。モッコウバラがきれいだなーといつも前を通るのが好きだったおうちでは若奥様が、道を一本はさんだ未開拓エリアには古くから住まわれている大きな一軒家が多く「面倒だけどがんばってね。どちらにお住まいなの?」と新参者にも優しい。「なにか御用?」と訝しがる人も最終的にはニコニコと財布を持って出てきてくれて、なんだか3年目にしてようやくこの街の住人になったような気すらしたのです。

知らないお家を訪ねてお金を集めるなんてやったことないし、ホントに億劫でどんな嫌な思いをするのだろうかと予防線を張っていたのだけど結局はほんの数十分の散歩のようなものでした。世界は良心に寄りかかってバランスを取っている、と昔から考えていたことの実証のような。だから理由もなく誰かを傷つけるような不条理な事件には心から悲しくなる。僕の所属する世界は良心で成り立っていてほしいし、皆さんの世界でも同じことだ。「もう他人同士じゃないんだぜ/あなたと暮らしてきたい/<生活>といううすのろを乗り越えて」と佐野元春が歌うのは「情けない週末」という曲だけど、僕にとっては発見と実り多き素晴らしい週末でした。新しい1週間も充実しますように。

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