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低PBR企業の「逃げTOB」

先日、低PBR企業について書きました。東京証券取引所さんの取組みのお陰で、低PBR企業も少しは株価意識をもつようにはなったようです。株主価値向上に向けた取り組みを発表したプライム市場上場企業は全体の4割になったようです。日経さんは株価重視への転換を示すものとして評価される記事を出されています。
確かに、時価総額が低い企業(多くはスタンダード)ではまだまだです。また、各社の対応策もその熟度はまちまちで、「中計のコピペ」のようなものも少なくありません。ただ、このような施策だけでも日本の株式・直接金融市場にとっては大きな進歩でしょう。実際に、こうした取り組みの成果で株価が上がり、新NISA資金や海外資金流入もあって、日経平均はバブル期の最高値3万8,915円に近づこうとしています。

出所:東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示
  状況」p2(https://www.jpx.co.jp/news/1020/bkk2ed00000065ng-att/bkk2ed00000065qz.pdf)

そのような中、昨年はマネジメントバイアウト(MBO)による非上場化も目立ちました。日本企業は伝統的に「上場=社会的ステータスが高い」と考え、取引や人材採用において「上場は非上場よりも有利」と捉えてきました。その認識は、第三者の目が入る上場制度を利用しているからこそ妥当であるところもあります。反面、上場後の株価は上がらず、新株発行も行わず、上場コストを「ステータス代」として機械的に、敢えて厳しく申せば思考停止的に支払ってきたような企業もあります。
その点、事業や役職員、株主の将来を考えて「上場を続ける意義」を丁寧に検討した結果、非上場化を選ぶとすれば、前向きな選択と言えます。TOB発表企業のプレスリリースには、慎重な検討を行った結果であると異口同音に書かれています。

ただし、実際に緻密に検討しているかどうかは別の話です。特に既存株主にとっては、迷惑なTOBが存在します。それが、PBR1倍を割った株価で募集し、最終的に少数株主を強制排除する「逃げTOB」です。

前述の通りPBR1倍割れは「会社を全て買収して切り売りした方が利益が出る」状況です。従って、TOB実施側からすれば1倍割れ価格で全株式を取得できれば、対象会社を割安で買い戻せます。逆に、株主側からすれば、得られる利益も還元されない状況です。とりわけ、「スクイーズアウト」条項のあるTOBでは、TOB実施側株主以外の既存株主、いわゆる「少数株主」は強制的に排除させられます。少数株主は、将来得られたかもしれない利益を得られないまま、安値買いで自爆させられるのと同じです。このようなTOBで、「一般株主の皆様の利益を最大化するため」とプレスリリースに書かれても、少数株主としては噴飯物でしょう。

つい昨日、TOB結果が発表されたIJTTという自動車部品会社のTOBは、PBR0.5倍割れに相当する株価での募集でした。実は、同社のTOBでは、最初の買付価格が安すぎたためか応募が無く、期間延長・価格引き上げを行った経緯があります。それにもかかわらず、引き上げ後もなお、PBR0.5倍割れの株価での非上場化の方針を維持しました。
TOBの結果を見ますと、募集数2,665万株、TOB成立下限1,101万株に対して応募1,201万株とあり、ギリギリの成立でした。裏を返せば、差し引き1,464万株が応募せず、少数株主の過半数がTOBを支持しなかったことになります。それほど既存少数株主の不満が高かったとは言えそうです。さりとて、この少数株主はゆくゆくスクイーズアウトされます。発行済総数4,915万株のうち30%近い株主がスクイーズアウトされるという珍しいケースです。

個人的には、市場の健全性のためには、個人投資家も機関投資家も、このような「逃げTOB」に応募しないことが、経営者に対する教育的効果も込みで必要だろうとは考えます。しかしながら、TOB実施の判断は当事者企業の方々の一存であり、また市場健全化のためのインサイダー取引の監視が効いているからこそTOBの時期や価格は予測不可能です。さらに、「自分は『逃げTOB』には応募しない」と考えても、他の株主が応募してしまえばTOBは成立します。他人の頭の中は見えません

残念ながら、少数株主側では「逃げTOB」の罠は回避できません。低PBR企業の株式を保有することのリスクの一つはここにあります。対策があるとすれば、TOBを実施する企業が「PBR1倍を最低ラインとして株価プレミアムを設定する」意識を自らもつことでしょう。これは東証さんの力が必要かもしれません。あるいは、PBR1倍を超えるまではTOBをせずに、地道に業務改善を続け、その上で非上場化を図ることです。

PBR1倍割れTOBによる非上場化が蔓延し、「逃げるは恥だが役に立つ」では、「やはり日本の株式市場はダメだね」と投資家を呆れさせ、海外市況の潮目が変わった瞬間に日本市場から資金が流出していくことでしょう。


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