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#19 自我からの脱却は、人生を楽にすると思う

壇珠さんにお会いしてきた!(写真撮り忘れた、、、)

壇珠さん。個人セッションに申し込み、初めてお会いさせて頂いた。とってもキュートで、チャーミングで、面白い方だった。笑

『秘行』という、自分を見つめて思い込みから解放され、自由に人生を選択していくための技法を自ら生み出され、ワークショップ等を開催されていらっしゃる。僕がこうだよああだよと言ってもあれなので、よろしければnoteのぞいてみてください。自伝、めっちゃおもろいです。笑

で、なんで今回お会いしたのか。このブログ↓でも少し書きましたが、僕はずっと『楽になりたい』とずっと思ってきました。(決して死にたいわけではござーやせんw)

人生、生きていると悩みはつきもの。悩みは人生の宿題だ!とまで言う心理学者もいるくらい。僕もずっと悩んできた。人の目を気にして、人に合わせすぎて自我に蓋をしまくり、『抑え込まれた自我(本音)』と『世の中の常識や社会で生き抜くために作り上げた仮面(建前)』同士がずっとバトルを繰り広げてきました。

そして、『こうであるべき!』とか『こうであらねばならない!』という厳しさというロープで自分を縛りに縛り上げてきた。世の中のものさしを自分に当てて勝手に比較して、『ああもっと認められなあかん!もっと有名にならな君には価値がないよ!』と、競走馬のごとく自分のケツを無理にピシピシ叩き続けてきた。

そしたら、しんどくなった。もう、無理だと。頑張るのはもう無理っすと。てか何のために頑張っているんだっけ?って。何やってんだおれ。自分にめっちゃくちゃ厳しく厳しく接してきた。『ほんっとテメーには価値がねえんだから、もっと頑張れよ!な!』って。ほんとに、厳しい。。。笑

で、この状態の自分が約一か月前。2019年7月上旬。その時期と同時に壇珠さんのnoteをたまたま読んでいた。ふむふむ。読んでいると壇珠さんは、『ずっとずっと裁き続けてきた自分から、自分を大事に大事にするようになったことで世界が180度変わってしまった』そうです。人間関係もお金も何もかもが。

その時に実践されていたことが、『自分をはた目に見ること』。自分を他人のようにして、外から自分を眺めてみる。すると、自分に対してどれだけ厳しく接し、厳しい評価をしてきたかに気づかれたそうです。

これを続けていったところ、自分を大事にできるようになり、自分と他者の境界ってなくない?とか、この世界は愛に満ち溢れている!などなどたくさんの気づきがあり、すべてが一変してしまったらしいです。この技法に名前を『秘行』と名付けられまして、今に至るそうです。

直感でお話ししたいな~と思い、お会いさせて頂いた次第です。たくさん笑ったり、新たな視点のお話をお聞きしたり、、、あっという間の楽しい時間だったなぁ!

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※秘行については全く正式に習ったりしたわけでもなく、実践の経験もないため、内容について僕から言及はできません。以下は、今の自分があくまで個人的に思っていることを書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

で、今の自分が個人的に思っていること。『自分をはた目に見ること』は、とっても僕は大事なことだと思っている。自分に対して俯瞰して見る。もしこの上から見る視点・第三者的な視点がなく、自分主体の視点のみしかなければ弊害が出ると思っている。なぜかと言うと、『すべての物事を真に受けすぎてしまうから』。

例えば、気にしていることに対してバカにされたとする。そうするとイラっとしたり、傷ついたりする。『うおおい!クッソむかつく!!』とか『ああやっぱり自分はダメなんだ・・・』とか。これはごくごく自然なこと。この時、自分主体の視点のみしかないと、ここから抜け出すことが難しいし、辛いと思う。負のスパイラルに落ちていってしまうと思う。その出来事に頭を支配されて、冷静に考えられなくなる。

一方、自分から出て俯瞰して、『イライラしている自分や傷ついている自分』をただただ見つめてみると、様々な視点から冷静に自分を見れるようになる。『イラっとしてるなぁ』とか『傷ついていて不安で仕方ないんだなぁ』とか。他にも、『そんなに言わなくてもいいやんね~』とか『ああ自分がかわいそうだな』とか。客観的に自分をただ見つめてみると、少しずつ冷静になってきたり、自分が感じていることを真に受けずに済むと思う。そのまま起こった出来事を見つめられる。

自分へのこだわりが強い人や、自我が強い人は、自分をはた目に見ることは難しいと思っている。『僕はこう思う!私はこう思う!』が強いと、こだわってしまう。執着してしまう。それによって、真に受けすぎる。傷つく。こだわってしまうから、戦ってしまう。周りとも、自分自身とも。自分主体から抜けて見つめることが難しい気がする。

自分に厳しくするメリットってなんだろうか?目標を立てたけど、達成できない自分を責める必要ってあるのだろうか?やることが続かないことを責める必要があるのだろうか?自分に価値がないとダメって、なんでなのだろうか?それは世の中の何かのものさしを自分に当てて比較して、価値がないって自分に厳しい評価を下してしまっているだけではないだろうか?世の中の比較の波に埋もれて、その中でしか自分を見れなくなると、自分がわからなくなる。自分の価値ってなんだ?ってなる。

極論、正解も間違いも、良いも悪いもないと思う。どこかの常識、価値観などから比較をして、良い悪いを判断しているに過ぎないと思う。お金持ちが勝ちで貧乏が負けって誰が決めたの?貧乏でも幸せな人はいるし、お金持ちでも不幸な人はいる。執着せずに流れに身を任せて自然体で生きている人は、穏やかだよね。ゆったりしているよね。余裕があるよね。

こだわり過ぎたり、執着し過ぎたりしてしまうと、自分が辛い。辛すぎる。僕もずっと執着してきた。自分に厳しくしてきた。世の中のものさして自分には価値がないという烙印を押して走らせてきた。でも無理だと感じた。しんどすぎると思った。何のためにこんなにやってたんだと思った。

大事なことは、『自分の心に耳を傾けて、自分を大事にしてあげること』だった。だから無理していた頑張り過ぎていた自分から、思い切って力を抜いてみた。無理しないようにしてみた。頑張り過ぎないで自分の無理のないペースにしてみた。すると、自分の声が聞こえるようになってきた。自分を喜ばせることが大事なのだと気づいた。『なんであんなにガチガチに執着していたんだろうか、、、厳しすぎてかわいそうだ!!!』って思った。

自分がかわいそうだ。自分とこれ以上戦うのはやめよう。無理しない~。頑張り過ぎない~。ゆったり~。自分のペースで。できる範囲で。やれる範囲で。無理なく。自分を喜ばせてあげる。力を抜く。力を抜いてみると、世界は変わると思う。普通に生きれていることに、感謝の気持ちが出てくる。普通って、いいよね。日常っていいよね。今を見つめられるようになると思う。っそしてこれは少しずつ訓練していくものだとも思う。焦らず少しずつ。。。

自我から脱却をして、自分をはた目に見てみる。人生ゲームの自分のコマを上から操っている感じ。はた目に見て、どう感じているのかを観察する。このリアル人生ゲームはいろんなイベントごとが起こるけど、それもひとつのスパイスだって思えるようになったら、楽だよねー。どんなことでも、柔軟に対応できる。そのままの自分をただただ見つめることで、自分をまるっと受け入れられるように、だんだんなっていくのだと思う。人生はこれから。



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としや@あるがま

あるがままを大事にしたい。28歳IT営業職リーマン。埼玉大学大学院→山梨でエンジニア3年→都内IT営業(←今ここ)。自分と向き合い、人間の意識を探求することが好き。そのまま思ったことを綴ります。心理学勉強中。価値観を送受信するお茶会”自分道カフェ”運営中。ダンス/ミスチル

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