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小説「鹿魚姫」/小説「おはなしものがたり」

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鹿魚姫(30)終

鹿魚姫(30)終

〈コガネ〉を、つまり呂千廻の唾を〈大水〉で一度洗い流すことに衆議一決した。〈モッタイナイ〉、〈残酷ダ〉、〈ジキニ収束スル〉、〈皆ガ溺レ死ンダラドウスル〉と〈一決〉した後で活発に意見が交わされた。君咩主はそれでも〈《灰ニシテシマッタ》《人ノ女》ハドウナルノダロウ〉と鹿魚のことを気にしていた。人について〈可愛イ〉、〈可哀想〉といつも言っていたが、ただの素朴な感想だったらしい。それどころではないことを無

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鹿魚姫(29)

鹿魚姫(29)

 偽帝の僭称者が同時多発的に各地で生まれた。それが不可能であるにも関わらず、まるで示し合わせたかのようだ。風俗に多少の特色を持った地域では、〈八族協和〉の理念を今更になって疑い出し、中央集権的国体を詰った。実は、自分たちが最も優れた一族であったと想像する。〈頭、両手足、胸、胴、魔羅〉だけでなく、〈髪〉〈指〉〈爪〉〈耳〉などの部族まで〈実ハ〉あったと仮定して、その優等性を説明しようとした。依然〈コガ

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鹿魚姫(28)

鹿魚姫(28)

 〈コガネ〉/静謐/往来ヲ歩ク/夜
 横行スル/跳梁スル/匍匐スル/密カニ
 〈コガネ〉/荒野/自在ニ這ウ/夕
 揺曳スル/伸展スル/浸潤スル/微カニ
 人ノ上ニ降リ掛カル/災
 躰ノ内ニ巣ヲ懸ケル/病
 牛小屋
 羊小屋
 国衙
 聖殿
 皆〈空〉ニナッタ/皆〈無〉ニナッタ
 女ノ哀歌
 童ノ悲唄
 八百万ノ神ダチハ/見捨テ給ウ
〈欠落、真空状態、無意味、空白〉は収束して崩壊に至るのか、あるいは

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鹿魚姫(27)

鹿魚姫(27)

〈琶桴ノ役〉が終結した。愚連隊と呼称されていたのは消防団〈率勿㮈〉であり、行政決定権を持つ有力者が殆ど〈皆殺シ〉になった為、彼らが和平交渉の席に着いた。構成員は豪商の子弟が中心で、それなりに話は通じた。あるいは〈琶桴ノ役〉の当事者で最も〈増シ〉な知能と思考を有していた。局長勾陳從は例侶要塞司馬将連藍俯、笶郊酒万封侯婆戻、屯騎尉底韋駄を前にして物怖じすることなく、「畜神の信仰は異端です。正統の所謂中

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鹿魚姫(26)

鹿魚姫(26)

 鹿魚が目を覚ましたのは夜明け前だった。流石に酒宴は終わっていた。眠気はなかった。寝袋を抜けて幕の外に出た。雲が紫に染まっていた。〈鳥モ渡ラヌ澄明ナ空間〉だった。じきに日が昇る。幕営地を歩き回った。鹿魚の足は踊っていた。喉が渇いている。厨幕で肉桂水でも飲むつもりだ。軍旗〈陰陽具有ノ燕ガトマル樟ノ枝ヲ翳ス蠍神〉を掲げた柱を中心として五巡坪ばかり空地になっている。酒宴の場となったのもここである。数人の

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鹿魚姫(25)

鹿魚姫(25)

〈動物ノ群ニセヨ、人ノ群ニセヨ、アル数ノ生物ガ集合サセラレルヤ否ヤ、ソレラハ本能的ニ首領、即チ指導者ノ権力ニ服従スル。人ノ組織スル群衆ノ場合ニアッテハ、指導者ハ重要ナ役割ヲ演ズル。指導者ノ意志ガ中軸トナッテソノ周囲ニ数々ノ意見ガ作ラレ統一サレルノデアル。群衆ハ統率者ナシニハスマサレヌ輩ノ集マリデアル。指導者ハ多クノ場合、思想家デハナク実行家デアリ、余リ明晰ナ頭脳ヲ具エテハイナイシ、マタソレヲ具エル

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鹿魚姫(24)

鹿魚姫(24)

 毛布を着て幕屋の柱に背を凭せている鹿魚。梁の鉤に掛けた脂燈を見上げていた。羽林将郎經津區、「殿下」鹿魚、「なんだ。吃驚した。外はまだ五月蝿いぞ。おまえは寝るのか」「殿下はなにをしていらっしゃるだろうと」「もう寝るよ」「そうですね。殿下は馬鹿騒ぎには御興味ない」「うん。楽しそうか」「はい」「ならいい。お休み」羽林将郎經津區は寝藁を敷いてやっている。〈オ休ミ〉を別れの挨拶と解釈したくなかった。羽林将

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鹿魚姫(23)

鹿魚姫(23)

 夕餉は〈生姜粥ト羊乾酪〉に鯰汁が付き、鉈豆酒が三升竕ずつ配給された。造酒商の蔵を開けたのだ。帝都には珍しい地酒で非常に酒精分が濃い。乾杯して間もなく大多数の者が出来上がった。例の〈ヤセユクウデ〉の歌の最後の二節の歌詞を〈フトマライレル/シタノクチ/ブットヘヲヒル/シロイブタ〉と替え歌にして悪神を嘲弄した。誰かが俘虜となった住民を数人引具してきた。あの女婢旨由手もいた。下等卒坐瑠該という兵隊やくざ

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鹿魚姫(22)

鹿魚姫(22)

 ところで、鹿魚も〈琶桴ノ役〉に参加していた。〈栩瘡元年式年閲兵〉で〈《構エ筒》《進メ》《休メ》ノ号令ヲ掛ケ〉た後、太尉将の階級を剥奪されることはない。一将卒であれば〈戦イ〉に際しては出征する義務があり、鹿魚が〈妾モ行クノダロウ〉と当然のことを確認するように侍従丞樂止藐に言ったのだが、反駁出来そうな論拠を軍規操典軍法のどこにも見出せなかった。詭弁だと分かっていながら〈《出征スル義務》ナドナイ。権利

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鹿魚姫(21)

鹿魚姫(21)

 畜神轂南須の眷属嗣堤去は御先走蕃羅致の案内で洋上を廬塢靈塢に向かっていた。不詳の姫神愈許隻を娶らせる為に隅里網渚島から呼び寄せられたのだった。嗣堤去は鰐鮫に顔の半分を砕かれて死んだ。御先走蕃羅致が畜神轂南須に助けを求めたところ、〈顔ヲ薄荷デ埋メタ〉。嗣堤去の頭は冴え渡った。鰐鮫の巣を避けて通るが、海猫の嘴に胸を撃ち抜かれて死んだ。〈御先走蕃羅致ガ畜神轂南須ニ助ケヲ求メタトコロ〉、〈胸ヲ銀デ埋メタ

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鹿魚姫(20)

鹿魚姫(20)

 聖娼之蒋七は弖飛に会いに来た目的を忘れていた。部落の連中はしつこく覚えていた。〈責任〉を果たし得なかったという事実は、実に簡単に彼女の積極的な悪意の措定へと転換していった。若い女婢の左目が奪われる事件が多発した。聖娼之蒋七が弖飛に命じているのだと誰もが思い込んだ。まんざら濡れ衣でもなかった。聖娼之蒋七は悪神になった。退治する必要があった。〈皮革組合呵瀰樓社ノ臨時寄座〉が五度開かれた。誰かが嫌にな

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鹿魚姫(19)

鹿魚姫(19)

〈水場〉に聖娼之蒋七は向かった。弖飛に捧げようと酒と獺肉を担いで、着いたのは初更の頃だった。猟師魯魯禹の隠れていたという薮はすぐ分かった。猟師蚊釐の血溜まりが〈火星ノ運河〉となっていた。聖娼之蒋七はそこに腰を下ろした。朝まで待つことにした。夢を見た。目が覚めて、思い出す。〈十ノ角ヲ生ヤシ七ツノ冠ヲ戴ク七ツノ頭ノ焔ノ如ク赤ク輝ク大キナ竜。ソノ竜ハ全体、銚豹ニ似テ足ハ弦熊、口ハ砥獅。ヨク見レバ、冠ニハ

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鹿魚姫(18)

鹿魚姫(18)

 狩人ガ/罠ヲ掛ケル卑劣漢ガ
 聖娼ニ説イテ曰ク、
 〈行ケ/悪神ノ住ム水場ヘ
  獣トトモニ草ヲ食ミ/水ヲ舐メ/月ニ鳴クトキ
  ソノ衣ヲ脱イデ/汝ノ豊カナ奥処ヲ開ケ
  悪神ハソノ花蕊ニ/汝ノ香ニ酔ウ
  櫛牛/鏡鰐/酢鳥ノ目ニ悪神ハ
  人ノ形トナルダロウ〉ト 
 荒野ニ目覚メシ齢十三ノ英雄/弖飛
 櫛牛ト草ヲ食ミ
 鏡鰐ト水ヲ舐メ 
 酢鳥ト月ニ鳴ク
 聖娼ハ弖飛ニ奥処ヲ開ク
 ソノ息ヲ捉

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鹿魚姫(17)

鹿魚姫(17)

 天ノ一柱/右ノ小指ノ爪ヲ剥ギ
 地ニ一雫/島ノ西端ニ血ヲ下ス
 静寂ト赤土ト砥草ノ生マレ
 荒野ニ目覚メシ齢十三ノ英雄/弖飛
 ソノ身ハ山犬ノ毛ニ覆ワレ/麦穀神ノ髪
 人ヲ知ラズ/神ヲ知ラズ/獣畜物ノ心
 櫛牛ト草ヲ食ミ
 鏡鰐ト水ヲ舐メ 
 酢鳥ト月ニ鳴ク
 狩人ガ/罠ヲ掛ケル卑劣漢ガ
 弖飛ト鉢合ワス
 一日/二日/三日
 狩人ハ弖飛ニ顔ヲ強張ラス
 怯エ/黙リ/走ル
 心臓ハ踊ル/胸腔ノ座

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