オットー_ネーベル

【通信講座】 「Number」 講評


作者はエンターテインメントにおける定型(類型ではない)を
意識しながら、具体的な構成の把握にまで達していないため
気持ちは分かるものの空振りに終わっている部分がとても目につきます。

「どういうことでしょうか?」
唐突にその人物はやって来て、唐突な依頼を申し出てきたのだ。依頼の内容がイマイチ飲み込みきれすに目を白黒させていると父である小野毛人が間に入った。
「大臣、恐れ多いながら申し上げさせていただきます。それは一介の猿女では務まらぬ案件ではございませんか?………過去の、それも物部守屋大連のことを調べよとはどういったことなのでしょうか?」
大臣の突然の来訪にも私の思考はいっぱいいっぱいなのですが、さらにその大臣の口から飛び出してきた「物部守屋大連について調べてほしい」の一言に場はさらに騒然とした。


冒頭、無理難題を押しつけられ、

どうか頼めないだろうか、と人当たりの良い笑みを父にむける。その笑みは所謂、仕事を円滑に動かくためのほほ笑み。そのほほ笑みに多くの権力者並びに前帝、現帝ともに翻弄されているのは事実だろう。案の定、父もあれほど難色を示していたというのに、あっさりと大臣蘇我馬子の依頼を受諾してしまった。
「……断るんじゃなかったんですか?」
じっと見ると父は居心地悪そうに、視線をそっぽに向ける。背中が居心地悪そうにしているのは私の気のせいじゃない。

やむをえず、しぶしぶ引き受ける
という流れは分かる。
たしかに歴史的事実に鑑みてこの依頼が無理難題であることは明白ですが
なぜ、引き受けることのメリットよりデメリットが強調され
「難色を示し」、当然「断る」はずなのか
作品中から理解することはできません。
伏線とその解決、緊張と緩和の連続がエンターテインメントの基本ですが
解決、緩和のための前提条件の提示が不足しているのです。

同じことは、

何せ、私はその当時産まれていないんですもの。そこで一番書物や公文書が集まりやすい場所へと踏み入るために大臣蘇我馬子の家へとやってきた。………やってきたものの、家がやたらと大きく入る事がためらわれる猿女が一人。いきなり尋ねて行って使用人が理解しているだろうか。否、何を言っているんだと、ろくすぽ話を聞いてもらえる可能性はすごく低い。一応はご本人からの依頼なんだけれど、信じてもらえるとは思えない。
(「ろくすぽ」=「ろくすっぽ」をつかいたいなら打ち消し「…ない」などと対応させる)

このくだりによって館内に入ることの困難を強調しようとしていますが
行動、事件でそれ(困難)が示されていないため
説得力がなく(前提条件の提示が不足している)、
また、実際になんの苦もなく案内されており
ほとんどなんの機能も果たしていないことになります。

作者に漠然と浮かんだ定型の流れは

館内に入ろうとするが、入れない
いろいろ試したけど、それでも無理
途方に暮れる
謎の青年があらわれる
彼についていくと、なぜか入れた
蘇我入鹿だと正体が分かる
びっくりする

だと思います。
この構成から逆算すると
男が高位であると服装から察することができないほうがいいし、
当然、「祖父」について話さないほうがいいことが分かるでしょう。

次のパラグラフで
主人公「真緒」と「蘇我入鹿」のいわゆる「バディ物」(恋愛物?)になることが予想されます。

作者に漠然と浮かんだ定型の流れは

主人公と正反対の性格のキャラクターが出会う
いやいやながら行動をともにする
おたがいに影響しあって成長する
なかよくなっておたがいを相棒と認める

だと思います。
「いやいやながら」の前提条件がまったく欠如しており
作者も漠然とは必要性を感じているので

そんな方の厄介になるなど恐れ多い。嶋大臣のお孫さんが居れば公文書の閲覧も怪しまれずに済むのだろうが、それでも遠慮願いたい。権力者というのはいつだって災いと悲劇ばかりを呼び寄せる。

という一節を挿入していますが、さすがに無理だという自覚があるはずです。
ここでも「行動」「事件」でそれ(「いやいやながら」)が示されねばなりません。
また、それぞれタイプがちがったほうが絶対におもしろいのですが
なんとなく予感されるだけで、明確に対比においてキャラクターが表現されていません。


作者から特に気になる点をあげていただきましたが

チェックして頂きたい項目は「物の描写」です。私自身は物の描写をしているつもりなのですが、描写の仕方が我流なので動作の描写にすり変わる悪癖を治したいです。もっと丁寧に物の描写を出来るようになりたいです。

とのこと。
「物の描写」より「動作の描写」が得意なのであれば
むしろその長所をのばすべきだと思いますし

年月を経て垂れた目尻は皺と長年の宮勤めの疲労の色が滲んでいる猛禽類の如き鋭さは失ってはいない。目は常に周囲をよく見て監察をし、気を配り、機微を汲む。飢えた獣のような鋭さが滲んだ目ではあるが、今は畏怖させるような雰囲気は微塵もなく、彼自身が持つ甘やかな雰囲気に隠されている。

「蘇我馬子」のこの「物の描写」が作者本来の文体だとはまったく思えません。
どこか無理をしていて、ぎこちなく
はっきり言えば、書いていてたのしそうではありません。

作者の資質と
実現させようとしている作風にもっとも合致するのは

それから、何かをひらめいたと片方の手のひらをお皿に拳をぽんっと打つ。

この「動作の描写」だと感じました。
軽快で、かわいらしく、ユーモアもあって、視覚的に明瞭です。
ここに到達したとき、それまでのぎこちなさから解放された
本当の作者の文体を見いだせた気がしました。
『Number』がなにを象徴しているのか
未完の状態では分かりませんでしたが
歴史小説にこのような大胆なタイトルをつけたのなら
擬古文的表現を捨てて、上のような文体や「塩対応」などの流行語を
躊躇することなくつかっていけばいいと思います。


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唐突にその人物はやって来て、唐突な依頼を申し出てきたのだ。依頼の内容がイマイチ飲み込みきれすに目を白黒させていると父である小野毛人が間に入った。

「依頼を申し出て」を「依頼する」にできないだろうか。
作者の特徴として、擬古文的ムードを出すために
一般的に書けばいい一般的な状態を1.5〜2倍くらいくどく表現する癖がある。
「目を白黒させ」は嘘だと思う。あるいはそのような反応が自然となるための「前提条件の提示が不足している」


大臣、恐れ多いながら申し上げさせていただきます。

「恐れながら」

大臣の突然の来訪にも私の思考はいっぱいいっぱいなのですが、さらにその大臣の口から飛び出してきた「物部守屋大連について調べてほしい」の一言に場はさらに騒然とした。

「さらに」より前、すでに「騒然」としていたことが示されていない。

小野家の郎女、真緒は地域じゃあまぁまぁ評判のある女である。猿女としてや、美女と言った類の評判ではなく、失せ者、無くし物、奇怪な物事に対しても鋭い観察眼があると評判である。その評判を聞きつけて大臣蘇我馬子はここへとやってきたのだ。

「評判」が4回リピートされている。
ここまで「唐突」「さらに」も同様に反復があった。
意図的につかえばリズミカルでコミカルな効果が出るが
作者の不注意による箇所もある。

御年七十を超えた老体であると聞き及んではいるがその在り様は若々しく、年若くある印象の中で特に目が印象的である。

「在り様」より一般的で分かりやすい「容貌」「立居」などをつかわない理由がない。「くどく表現する癖」
「年若くある」も「年若い」 「くどく表現する癖」
「印象」の反復。
いくら目が「印象的」といっても、以下の描写をすべて「目」に割くことはない。
「猛禽類」「飢えた獣」とかさねて表現するのは「くどく表現する癖」
作者はこれくらい詳細に書かなければ描写は完成しないと思っているのだろうか。そんなことはないので安心してほしい。

「物部大連は裏切りをした。帝に反旗を翻し、弓を引いたことは変わりない事実ではありませんか。」

「裏切りをした」は一般的ではない、「裏切った」と言えばいいところ。「くどく表現する癖」
「反旗を翻し、弓を引いた」はまちがっていないが
ここで対句まで駆使して強調する必然性はないと思う。「くどく表現する癖」

物部大連、反旗を翻した裏切り者。

さすがにこんな鸚鵡返しはコミカルどころではないと思う。

父の放った言葉によって、蘇我馬子の言う守屋という人物が誰なのかほんのりと思い当たった。

個性的でおもしろい「ほんのりと」がここで浮かないように
このようなやわらかいタッチの文体を一貫させたほうがいいと思う。

物部連自体は罪人の捕縛、収監、罰の執行等を行ういわゆる治安維持に精通した一族でありその血脈はこのヤマトの国の各地に分布しているという。

「精通」というより後段にあるように「司る」
「血脈」と「分布」は対応する名詞、動詞ではないと思う。


どうか頼めないだろうか、と人当たりの良い笑みを父にむける。その笑みは所謂、仕事を円滑に動かくためのほほ笑み。そのほほ笑みに多くの権力者並びに前帝、現帝ともに翻弄されているのは事実だろう。案の定、父もあれほど難色を示していたというのに、あっさりと大臣蘇我馬子の依頼を受諾してしまった。

「いわゆる」と前置きしたなら、一般的かつ簡潔にまとめるべき。
しりとり的「ほほ笑み」の反復は技巧として成立している。
「前帝」「現帝」という表現は見たことがない。

さて、父が大臣の魔性のほほ笑みに負けて依頼を受けたのはいささか腹立たしいけれど、立腹したところで依頼が解決するわけじゃない。解決した暁には何かご褒美をもらえないとやってられない。

さすがに「ほほ笑み」はもういいと思う。「目」と同様、少なくとも別の角度から描写するのでなければしつこいだけ。「くどく表現する癖」
「腹立たしい」「やってられない」も「前提条件の提示が不足している」

否、何を言っているんだと、ろくすぽ話を聞いてもらえる可能性はすごく低い。一応はご本人からの依頼なんだけれど、信じてもらえるとは思えない。

「前提条件の提示が不足している」

帯刀していることから宦官であることは確かだ。衣の色も高貴な方が纏うもので目の前の男は血筋の良い方なのだろう。変に抵抗して失礼があっては依頼遂行のために支障があっては困る。

蘇我入鹿が「宦官」であるという説は知らない。主として中国の去勢された官吏のことだが、なにか勘ちがいしていないだろうか。
「帯刀」で身分が分かるというのは、封建時代のイメージだと思う。
「衣の色」を具体的に書かない理由がない。
「あっては」反復、不注意。

涼やかな顔だちが今にも「何故」と言いたげに柳眉をしかめている。

一般的に「柳眉」は「逆立てる」もので、「しかめる」ものではない。
そもそも女性の眉にしかつかわない。

にこり、とほほ笑む音が聞こえるようなそんな錯覚すら聞こえてくる。

「聞こえる」「聞こえてくる」反復、不注意。

これ以上のない名案とばかりに愛らしい笑みとともに放たれた一言に、体だけではなく思考までもが固まる。

「愛らしい笑み」は「笑み」に対する「くどく表現する癖」
「体だけではなく思考までもが固まる」がおおげさな表現にならないためには「前提条件の提示が不足している」

俺が居れば入れない場所はそうとない。

「そうはない」「そうそうない」など。


ある時は、中臣連と共に馬子の父上の建造した寺院を焼きに行ったりしていたことは記憶に古くはない。

「まだ記憶に新しい」など。


答えるべきことに答えつつ、大臣の机の上に竹簡を差し出す。大臣が差し出されたそれの内容を確認している。

ほとんどが伝える必要のない描写。「くどく表現する癖」


あいつらは渡来人が増えてきた市の警備巡回のために、外交の務めを負っている小野妹子並びに渡来仏師の息子鞍作福利が参加することとなっている。通事ならば、時に大臣が参加することもあるのだが、たいがいはこの物部、小野、鞍作で行っていたのだが鞍作は物部と蘇我の代替えに乗じ、自らは仏師へと専念すると宣言しまだ幼い子息へとその役目をちゃっかりと譲っていたのだ。

作中、もっともねじれた悪文。

俺とは真逆の性格なのだが馬子にはあいつが御せているらしい…。

まちがってはいないのだろうが「御する」をこのように活用してつかうのは一般的ではない。
「…」(三点リーダ)は「……」と2マスかさねるのが普通。


…そうだな。一刻も早く国の安定をさせたら大臣も参加すればいい。そんな感想を持ったことをすぐに後悔するぞ。


「安定させて」あるいは「もし……させたら」

「なぁ、入鹿。小野猿女がどのような呪いを行うか、見たいと思わないか」

「まじない」と読ませたいのだろうが
ルビをふっておくべき。人名もそうしたほうが親切。

興味半分、見世物半分の不快感を伴う視線に耐えつつ、

結局これだと「興味全部」ではないだろうか。

アレを行わない、という私の選択肢は自動的に握りつぶされる。

「握りつぶす」というきわめて能動的な動詞に「自動的に」は調和しない。
そして「くどく表現する癖」


※ きりがないので個々の指摘は半分くらいまでです

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