[全文無料: 追記型記事] 音楽の夕べ

※追記型の記事です。新しい項目を先頭に追加していきます。
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(と思ったのですが note の仕様が変わったのか、アプリの通知はいくけれど、メイルのお知らせはいかない模様です。ごめんなさい)
※不定期更新ですが、週1で12本程度を予定しています。(予定は未定 :-)

最終夜 2019.06.13
心配はやめて、幸せに生きましょう!-- bobby mcfarrin "don't worry, be happy"
https://note.mu/tosibuu/n/nc076a5a7db1b

第八夜 2019.2.24
21世紀は静かにサイケデリクスで始まった - ザ・ビートルズ「アクロス・ザ・ユニバース」
https://note.mu/tosibuu/n/n7a40f98429c8

第七夜 2019.01.15
アーティスト・パワーの坩堝で、やさしく溶かされて - Chara「Swallowtail Butterfly」
https://note.mu/tosibuu/n/n0c80ee6b0734

第六夜 - かすかな言葉はさようなら - 細野晴臣・矢野顕子「終わりの季節」[2019.01.08]
https://note.mu/tosibuu/n/nb9e12c59e1b0
(今回より独立した記事として公開し、この記事にはアドレスのみ記載いたします)

☆細野晴臣・矢野顕子「終わりの季節」

第五夜 - あの頃ぼくは何ともダサい世田谷少年だった [2019.01.01]

[この項、約2,000字、3 - 4 分で読めます]

土岐麻子さんの「BOYフロム世田谷」という歌を知ったのは、かねきょさんの記事がきっかけでした。
https://note.mu/kanekyo12/n/ne5f5230e4bf9

生まれも育ちも世田谷の「世田谷原住民」と称するぼくは、やけにカッコいいタイトルだけど、一体どんな歌だろうと思って、特に何かを期待するわけでもなく、軽い気持ちでこの曲を聴きました。

すると、思わず心が震えて、涙が流れました。

ぼくの実家は、この歌に出てくる大原や松原よりは少し南の、三軒茶屋にほど近い野沢という街にあります。最寄りの駅は駒沢大学で、駒沢公園にも近く、今ではすっかり高級住宅街になってしまいました。

六十年ほど前、母が結婚してやってきたときには、目黒との区堺の細い道の向こう側には大層な竹やぶがあったそうで、文京区の商店街で育った江戸っ子のうちの母は、とんでもない田舎に嫁に来てしまったなと思ったそうです。

ぼくが生まれた東京オリンピックの頃には、もうその竹やぶはほとんどありませんでしたが、区堺の細い道はすれ違うのがやっとの細さだというのに、まだ交互通行でした。当時は初代のカローラが1,100ccの小さなエンジンを積んでいた時代ですし、今とは比べものにならないほど車が少なかったので、それで問題がなかったわけです。

小学校に上がる頃にはその道も一方通行になって、土岐さんが「一通だらけで本音を迂回する」と歌うように、迷路のような恋の裏道ができ始めていたわけです。

とはいえ昔の世田谷は、今のようにカッコいい土地ではありませんでした。

初め新玉川線と呼ばれていた、今の田園都市線の地下鉄部分ができたのがぼくが中学に入った年ですから、1970年代の後半で、それまでは渋谷に出るのにもバスで30分揺られなければならないという、今から考えればまったくのド田舎だったのです。

そんなぼくが大学に入るころには、日本社会はそろそろバブルの時期に差しかかります。

けれども白黒テレビを知っている世田谷原住民であり、ただのSFオタクだったぼくにとって、バブルの光景などテレビを通してみるどこか遠くの世界でしかありませんでした。

その頃この世田谷原住民の少年は、初めての大人の恋をします。

母の愛薄かった少年は、自分の全てを受け入れてくれるかに思えた人形町に住む江戸っ子気質のボーイッシュな少女に世界の救いを見ました。

けれどもその世界の救いは儚い夏の幻に過ぎず、未熟で思いやりにかける少年の恋心は、半年も経たないうちに破れ千切れて、ちりぢりになってしまったのです。

恋と一緒にばらばらになってしまった少年の心が再生するために、どれだけの年月が必要で、いくつの峠を越さなければならなかったのかは、また別の機会にお話することにして、今は世田谷少年の話に戻りましょう。

土岐さんの歌う世田谷少年は、たぶんカッコよくて都会的なセンスを身につけた男性に違いありません。けれどもその都会的なセンスには嘘がつきまとうために、歌い手の少女はその迷路遊びについていけなくなって、少年とは別の道を行く決心をします。

世田谷原住民のぼくは、どうにも人の気持ちが分からない人間でしたし、男に期待されるような決断ができない、煮え切らない男でしたから、ちゃきちゃきとした江戸っ子の彼女からすれば、初めの甘い季節を通り越してしまうと、一緒にいてもてんで楽しくない、まったくダメなボーイフレンドだったのが、今となればよく分かります。

そんなダメ男のぼくは、バイトで貯めた金で買ったオンボロのジェミニZZ/T1,800ccに彼女を乗せて、大原辺りを走った記憶はあまりありませんが、世田谷と人形町の間を走っていたものですから、土岐さんの歌に自分の敗れ去った恋を重ねて見ずにはいられなかったのです。

人生は出会いと別れの繰り返しとは、よく言われることですが、よい出会いもわるい出会いも、わるい別れもよい別れも、時間というものが浄めてくれることによって、最終的には光り輝く宝石に結晶する可能性を持ちます。

彼女との出会いはぼくにとって、天国に昇ることであり、そしてその別れは地獄に落ちることでした。

そして煉獄をさまよい続けた末に、ぼくはついに、地獄へ昇ることも天国へ落ちることもできるこの世の不思議を、今はまだ十分には輝かず、いく分かの曇りのある思い出の水晶球の中に見るのです。

2019年の1月1日という節目の日に、腰と下腹に重い塊が蠢くのを感じながら、彼女との出会いと別れによって生まれたこの結ぼれの蠕動を、今全身にそれが広がるのを感じた上で、きっぱりと手放そうと思います。手放してもまた帰ってくるかもしれませんが、帰ってきたときにはまた、その痛みをいたわってやった上で、何度でも手放して、魂の大きな海へと帰してやろうと思うのです。

これを読んでくださっているみなさんの心の中にも、どこかこの話と似たような、消化しきれずに深い淵の底でとぐろを巻いている黒いどろどろとした痛みの塊があるかもしれません。

そんな痛みの塊が、成仏して無常の海へと帰っていくことができるように、今日は一人静かに祈りの夜を過ごそうと思います。

東京から 4,000 マイルの彼方の西インドはプシュカルから、日本のみなさんの今年一年の幸多からんことを心よりお祈り申し上げます。

それではみなさん、ナマステジーっ♬

第四夜 - イブは過ぎたけど、インドのクリスマス

みなさん、クリスマスイブはいかがでしたか。

家族と楽しく、恋人とロマンチックに、あるいは一人静かに、きっと幸せなひとときをお過ごしになられたことでしょう。

日本の多くの人たちはキリスト教徒ではありませんが、イエスさんの誕生日にあやかり、一年に一度、冬至すぎの死と再生の季節に、幸せな一夜を祝うことは、とても素敵な習慣だと思います。

インドでは大都会以外はクリスマスはほとんど関係ないのですが、今ぼくがいるプシュカルという街は小さいながら外国からの旅行者も多い街なので、泊まっている宿のすぐ隣のガーデンレストラン(こっそりバーもやってる)では昨日の夜はにぎやかに音楽がかかっていました。なぜだかボブ・マーリイを初めとするレゲエが中心なんですけど。

ちょっとやかましかったんですが、もともと寝つきはいいもんで、noteのみなさんの記事から伝わってくる幸せな波長に包まれながら、早くからすやすやと眠りにつきました。寝正月なら寝イブです(笑)。

そこで今日紹介の音楽なんですが、ネットの知り合いが書いていた記事をヒントに「ユーミン、達郎路線で行くか」と思いはしたものの、せっかくインドにいるんだから、今週もまたインドの宗教音楽でせめることにしました。

Diego Hauptman さんが唱う "Twameva Mata" です。
https://www.youtube.com/watch?v=LQg40HBsN6s

前回紹介した曲では、ハルモニウムやタブラが奏でられていましたが、この曲はシタールがメインで使われてますので、なお一層インドムードが強いのではないでしょうか。

歌の内容は神さまを称えるもので、「神さま、あなたはわたしの母であり父であり、友であり親族です。富であり知恵であり、救いであり、すべての神の中の一番の神です」と歌われます。ある意味クリスマス的な歌と言えますよね。

ちなみにぼくが少し前に投稿した

すべての人がお母さん、 お父さん
すべての人が娘で息子
全ての人が姉妹で兄弟
そんなふうに 思えたらいいな
#ふと思ったこと

というつぶやきですが、実際にふと思ったことではあるんですけれども、しばらく前にこの「トウァメーバ・マーター」を日本語で歌おうといろいろ言葉を考えてたときがあって、それが意図せずに別の形で降りてきたものでした。

この歌詞のまま、同じメロディに乗せられるので、そのうち歌いたいなと思っています。

てなところで、今日はおしまいです。
それではみなさん、ナマステジーっ♬

第三夜 - 音楽と宗教の夕べ

[この項、約2,200字、3 - 4 分で読めます]

[写真は西インド・ブンディの階段井戸。本文とは関係ありません]

年の瀬も押し迫り、(たぶん)寒さもつのる今日この頃、日本のみなさんはいかがお過ごしでしょうか。

こちら西インド、プシュカルは朝晩はまずまず寒いのですが、昼の日差しは十分に強いので、日本で言えば山の気候、もうずいぶん長くインドで過ごしているにもかかわらず、なかなかこうした気候の違いには馴染まないもので、日差しが入らず、一日中寒いままの安宿の部屋で、肩から宿のくたびれたバスタオルをかけ、腰のあたりに寒さを感じながら、今日もこうしてタブレットに向かい、青歯鍵盤(ブルートゥース・キーボード)で文章を叩きだしております。

12月といえばクリスマス、日本は街を上げて、ジングルベルのクリスマスソングで年末の雰囲気作りにいそしんでいる頃合いかと存じますが、クリスマスとはもちろん、冬至のころ、太陽の輝きが弱まりきって、新たな一年を迎えようと再生を遂げる時期を見計らって、この世にやってこられたイエス・キリストさんの誕生をお祝いするお祭りです。

キリスト教のことを考えると思いだすのですが、今から三十年ほど前のこと、仲のよい男友だちが目黒のサレジオ教会で結婚式を挙げました。

(年配の方は、松田聖子と神田正輝が結婚式を挙げた教会としてご記憶にあるかもしれません)

新婦は美しい方で、音楽大学で学んだおしゃれな女性でしたので、ちょっとミーハーに教会の結婚式を選んだのかな、などと勝手に思っていました。

さて、ぼくは人間界の約束事を守れない野蛮人ですので、その結婚式に遅刻していったのですが、教会に一歩足を踏み入れてぼくは思ったのです。

「これはたくんの人間がキリスト教に改宗するわけだな」と。

みなさんはキリスト教の教会というと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。

美しい尖塔、巨大な伽藍、きらびやかなステンドグラス、どれ一つ取っても、人を圧倒する荘厳さを持ちうるものですが、ぼくが目黒の教会で圧倒されたのはパイパオルガンの響きでした。

https://www.noackorgan.com/opus/112/

目黒のパイプオルガンはアメリカ製で、作成者のホームページから写真を拝借しております。

これ、高さ五メートルくらいでしょうか。とにかく実物の音色の荘厳さはとても言葉では言い表せません。

パイプオルガンの実際の音はこちらで聴けます。
http://www.excelmath.com/BLOG/Clerambault.mp3

Louis-Nicolas Clerambault さんの演奏で "Basse et Dessus de Trompette" という曲ですが、これはやっぱり実物を聴かないと分からない世界。

東京の方は、なんと築地の本願寺で月に一度無料の演奏会をやってますので、ぜひ一度足を運んでみてください。
毎週最終金曜のお昼どきということで、ちょっと行きにくい時間帯ではありますが、祝日に当たるときなど狙い目でしょう。
http://tsukijihongwanji.jp/information/lunchtime-concert

  ・  ・  ・

さて、こちらインドではクリスマスは一部の大都会をのぞけば、ほとんど全然まったく何にも関係のない年の暮れです。

しかし宗教大国インドでは、
「街を歩けば年がら年中、一秒たりとも宗教音楽が聞こえてこないときはない」
といったら言いすぎですが、それにしてもほんとによく神さまを讃える歌を耳にします。

今日ご紹介するのは、先日なじみのチャイ(インド式ミルクティー)屋で初めて知った「ラデー・クリシュナ、ラデー・シャーム radhe krishna radhe shyam」という歌です。
http://youtube.com/watch?v=8pYhjfUvAFk

画像は youtube から拝借して色味を変えてあります。

左手で横笛を吹くのが、インドに数多(あまた)住む神々のうちでも、トップ3を争う人気のクリシュナ神、右手はその恋人であり牛飼いの娘ラダーです。

シャームというのはクリシュナの別名で雷雲を意味するとのこと。ラダーが文法的に変化してラデーになるので、結局この歌はラダーとクリシュナの名前を延々歌い続けるだけのシンプルそのものもの内容です。

インドの宗教音楽は、タブラという太鼓の独特のぼよーんとした音や、ハルモニウムという手で空気を送るポータブルオルガンのうねるような響き、そしてアクセントとしての鐘の音など、強い個性があります。耳慣れないので人によっては違和感があるかもしれません。ぼくも初めはあまり入ってきませんでしたが、今は聞き慣れて、この歌など、深くて優しい男性ボーカルの声が大のお気に入りになりました。

ちなみにこの歌、43分もあって「無駄に長い!」と思われるかもしれませんが、瞑想に使ったりするせいでしょうか、インドの宗教音楽は一時間を超えるものも多く見かけます。夜お休みの前にこれをかけて横になると、夢のなかにインドの神さまが遊びに来てくれること間違いありません。

というわけで今日は、教会のパイプオルガンとインドの神さまクリシュナさんを讃える歌についてのお話でした。

それではみなさん、らた、まいしゅうっ♬

☆この項で触れた作品
Louis-Nicolas Clerambault さん演奏の"Basse et Dessus de Trompette"
http://www.excelmath.com/BLOG/Clerambault.mp3

Jagjit Singh さんの歌う "Radhe Krishna, Radhe Shyam"
http://youtube.com/watch?v=8pYhjfUvAFk

[2018.12.18 西インド、プシュカル]

第二夜 - 七人のKさん
[この項、約1,500字、2 - 3 分で読めます]

note.muには全く同名のKさんが2人いらっしゃいます。

ぼくはそそっかしいもので、はじめ同じ人がアカウントを使い分けているのかと思ったんですね。
そしたら全くの別人でした。

そのことをこちらで書いたところキリヱさんが
「七人のKさんが揃う時この世に真の平和がやってくる」
などと冗談コメントをくれました。

それで、わざわざ探していたわけではないのですが、何となく気にかけてみていたせいもあるのでしょうか、ツイッターで見かけたお一人も含めて、あっと言う間に六人ものKさんが見つかってしまったんです。

もう一人でこの世に真の平和が訪れるわけですから、これはまったくめでたい限りなのですが、ここで一つ頭の中に疑問が生まれました。

ネット上にはなぜ、こんなにKさんがたくさんいるのでしょうか?

だって、HさんやIさんは見かけないのに、Kさんばかりがこんなに見つかるのは不思議ですよね!?

皆さんはどう思いますか。

ただの偶然?
それとも神のお告げ??

で、少し考えてたら、あ、ひょっとしてと思ったんです。
これってカフカの影響かなって。

フランツ・カフカの未完の長編に「審判」というのがあります。何の罪かも分からないままに裁判を起こされ、なんとか自分の無実を証明しようとするものの最後には有罪となってしまう男が主人公の不条理な物語です。

この作品の主人公がヨーゼフ・Kという名前なんですね。

Kさんという名前が、ネット上の集合無意識の中で増殖してる原因はこれかなと思ったんですけど、果たして真実やいかに?

  ・  ・  ・

話はつながりつつ、まったく変わります。

イギリスはスコットランドのバンドで、この主人公の名前を取ってずばりJosef K(=ヨーゼフK)というのがあったんです。

1980年代はじめの大変マイナーなバンドですので、ご存知の方がいらっしゃるとすれば相当なマニアか、オタクか、それともかなりの変わり者……、ということになります。

そのヨーゼフ・Kに "it's kinda funny" という曲があって、これがぼくはとても好きなんです。

ゆったりめのちょっと不思議なメロディは単調で、ギターのリズムが心地よいけれど、かなりがちゃがちゃとした音のオルタナティブなロックバラードです。サビの部分は少しスコールの激しさも感じさせ、決して耳に優しい曲ではないのですが、独特の味わいがあります。一風変わった洋楽が好きな方なら楽しめるんじゃないですかね。

生きることの気怠さ
時間の流れの中で変容してしまう感覚や記憶
死ぬことも怖くなくなって
壁にできたひびの間に吸い込まれてしまう
そんなとりとめもない想いって
ほんとにヘンテコなものだ
 (蝶勝手訳。it's kinda funny = it's kind of funny = なんかヘン)

歌詞はこんな感じで、これもなかなか雰囲気あります。

実はこの曲、若干23歳で自死を遂げたジョイ・ディヴィジョンのヴォーカル、イアン・カーティスのことを歌った歌なんですよね。

ジョイ・ディヴィジョンのほうがヨーゼフ・Kよりはかなり有名なはずですが、やっぱりみなさん知らないでしょうかね(泣)。

ロック・ミュージシャンには、若くして亡くなる人も少なくなく、才能もあり、成功してもなお、この世に絶望せざるをえない彼らの存在からは、人間が抱える、言葉では表しようのない孤独というものについて、想いを巡らせることになります。腰から背骨と尾てい骨の辺りにかけて、何かが重苦しく脈打つのを感じながら……。

  ・  ・  ・

というわけで、音楽の夕べ第2弾はKさんが呼び起こしてくれたぼくのお気に入り曲の紹介でした。

みなさんも何か思い出した曲などありましたら、この記事に限らず、適当な記事のコメント欄にでも、気楽に書き込んでください。次回以降で取り上げさせていただくかもしれません。

☆この項で触れた作品
Josef K "it's kinda funny"
https://www.youtube.com/watch?v=6aCMM1Uz3Rc

[2018.12.11 西インド、プシュカル]

第一夜 - 六本木の地下の闇が西インドの孤独な魂を揺さぶる
[この項、2 - 3 分で読めます]

Kさんの「エスカレーター」は、地下鉄六本木駅の光と闇が描かれた奇妙な味わいの小品だ。

そのコメント欄で aspico さんが、長いエスカレーターを降りていくときには、ジャミロクワイの "deeper underground" が頭の中で流れると書いている。

ぼくは1990年ごろで音楽を聴くのをやめてしまったので、ジャミロクワイは初めて聴いた。こいつはかっこいい。アシッドジャズって言うのか。ビデオもなかなか大掛かりで、パニック映画的なおもしろい作りになってる。時代の不安を描いた地下に潜らざるをえない雰囲気溢れる 1998年の作品。世紀末の感じか。

それにしてもジャムセッションの jam とアメリカの先住民族イロコイ iroquai をくっつけて、ジャミロクワイ jamiroquai なんて、変な名前をつけるもんだ、イギリスのやつらと来たら。

その手の名前で好きなのは、アズテック・カメラ aztec camera だな。アステカ族のカメラって一体何なんでしょうね?

で、それに対して Kさんが返していたのが、スタイル・カウンシルの "it's a very deep sea" 。これも深く降りていく歌だ。

スタイル・カウンシルで知ってるのは "cost of loving" 一曲ぐらいかな。
……と思って聴いてみたら、これが見事に聴き覚えがない。でも、これはこれでかっこいいです。ちょっと古めかしいソウルって感じかな。
しかしこの曲、タイトルはよく覚えてるんだけど、なんかほかのとごっちゃになっちゃったたみたい。人間の記憶ってほんとに当てにならないもんで。若いみなさんは、お爺が何言ってるんだって思うかもしれないけど。

で、"it's a very deep sea" ですが、これはとってもジャジーでおしゃれな歌だな、くらいしか思わなかったんです、一回目に聴いたときは。で、なんか「ダディ、ダディ」って繰り返してるみたいに聴こえて、どういう歌詞なんだろうと、これを書きながら二回目を聴き始めたんです、歌詞も見ながらね。

そしたら、ダディじゃなくて、ダイビングだった。a very deep sea だもんね、ゆったりと夢でも見るように、海に潜っていくんだ。宝物を探して潜っていくんだけど、見つかるのはガラクタばかりで、夢破れて、そのまま意識を失って、溺れて死ぬのもいいかな、みたいな、優しい諦めと悟りの歌で。

でも、ひょっとしたら、そのまま溺れることはなくて、いずれ水面に戻ってきて感覚も戻ってきて、まだ生きていけるかもしれない……。

そういう歌でした。

素潜りの天才ジャック・マイヨールを描いた映画「グラン・ブルー」のように、さんごのみやこさんが「さよならの都」で書くように、どこかに行ってそのまま消えてしまいたいと思ってしまうときがぼくにもある。
https://note.mu/sango_no_miya_ko/n/n9b5edfd892ad

でも、蒼い海の深い闇の底に、すべてを手放して潜っていって、あらゆるしがらみを捨て切ることができれば、またこの地上に戻ってきて、昨日までの現実とは違った、新しい色を帯びた世界の中で生きることも可能なのだと、この歌は教えてくれているような気がします。

はじめは、お二人の二つの歌から、なぜか思い出したアンビシャス・ラバーズの "love overlap" のことを最後に書こうと思ってたんだけど、思いがけない展開で、この項のメインディッシュは Kさんご紹介の "it's a very deep sea" ということになりました。

Kさん、いつも発想の種をありがとうございます。

てなわけでみなさん、ナマステジーっ♬

☆この項で触れた作品

ジャミロクワイ "deeper underground"  ← aspico さんおすすめ
https://www.youtube.com/watch?v=WIUAC03YMlA

スタイル・カウンシル "cost of loving"
https://www.youtube.com/watch?v=N8U2IHJ57CM

スタイル・カウンシル "it's a very deep sea" ← Kさんおすすめ
https://www.youtube.com/watch?v=r9el0iSSSzI

アンビシャス・ラバーズの "love overlap"
https://www.youtube.com/watch?v=LB22sT1zB2Q

Kさん「エスカレーター」
https://note.mu/kutsunayuichiro/n/naa63663ba24c

さんごのみやこさん「さよならの都」
https://note.mu/sango_no_miya_ko/n/n9b5edfd892ad

[2018.12.4 西インド、プシュカル]

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今日も楽しくおすごしください。
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