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ささやかに津波を想い言の葉を

[ご注意] この記事では東京の放射能汚染について書いています。不確かでわずらわしい情報に触れたくない方は、お読みにならないでください。

  *  *  *

[2019.3.11朝]

北インドの聖地ハリドワルで朝のチャイを飲んでいます。

車のクラクションや何かの機械音が騒がしく響く、いつもと同じインドの街の裏路地で、九時すぎの太陽がじりじりと肌を灼きます。

2011.3.11という日本にとって特別な日に、ぼくは日本にいませんでした。

タイの南のラノーンという田舎街の、テレビもない安宿にいましたので、その日は何も知らないままで過ごしたのです。

翌日小さな船で、パヤムというこれまた小さな島に渡り、馴染みのバンガローに腰を落ち着けました。

そのバンガローはタイのお巡りさんのコップという気のいい男性が兼業で経営しています。

午後になって食堂でのんびりしていると、そのコップがラノーンから船で渡ってきて言いました。

「日本は津波で大変だぞ」

「へー、そうなんだ」

冗談でも言ってるのかと思い、へらへら笑いながらそう言うぼくに、コップはさらに言いました。

「冗談じゃないぞ」

そしてパソコンにネットのニュース画面を写し出しました。

  *  *  *

[2019.3.12朝]

ここまで書いてぼくはチャイ屋をあとにした。

宿に戻って続きを書こうと思ったのだが、他の用事にかまけて結局書かなかった。

翌朝になってまた同じチャイ屋に来ている。

まだ八時すぎで日が当たらないこともあり、また今日はびゅうびゅうと風も吹いているので、昨日とは打って変わって実に寒い。

タイの島で津波の知らせを聞いたとき、ぼくは奥さんと二人日本を離れて一年ほど、日本語教師の職を探しながら、タイやラオスをぶらぶらしていた。

奥さんは日本に帰りたくなかったのだが、慣れない外国での職探しはほどほどに切り上げさせてもらって、三月十一日、まさに津波が起こったその日に、日本に変える航空券の手配がちょうど終わったところだった。帰国便は四月の下旬である。

かつてない巨大な地震、恐るべき津波、原発の大事故、ネットを通して知る情報は、現実であると知っていても、どうにも非現実的に感じられ、これから帰ろうとしているのに、どこか遠くの見知らぬ国の話のような気がしていた。

奥さんは原発事故の影響を心配して本当に帰るのかと聞いた。

ぼくの中には帰る以外の選択肢はなかった。貯金もなく仕事も見つからず、このまま日本を離れているわけにはいかない。

それに震災と原発事故を経験した日本に帰って、自分の身でその空気を感じなければという思いがあった。

その日に日本にいなかったことは運命のいたずらだが、航空券を手配したあとで津波の知らせを聞いたことで、直後に日本に帰ることもまた一つの運命なのだと感じさせられたのだ。

あとから振り返れば、奥さんが健康被害を怖れていたのはまったく正しかった。

原発について生半可な知識しかなく、事故についてもロクに調べていなかったぼくは、半減期の短いヨウ素の影響はなくなっているから、東京辺りはもう大丈夫だろうと高をくくっていた。

セシウム、ストロンチウム、プルトニウム、ウラン、その他たくさんの種類の大量の放射性物質が首都圏にも降り注いでいたことは、あとになって知った。

東京世田谷の実家に滞在して部屋を探し、国分寺に住むことにしたが、今まで経験したことのない体の重さが、東京に着いた日から始まり、ずっと続いた。

結局国分寺には四ヶ月ほどしか住まなかった。

東京がキエフ並みに汚染されていることが分かったからである。

その後今日に至るまで、東広島に一年半住んだ以外は、基本的に日本に住まないまま、流浪の人生を送っている。

  *  *  *

この一月ほどぼくは、ハリドワルという異国の街で、自分の心の奥底を手探りで確かめるような日々を送ってきた。そして今、風の冷たさに震えながら、この文章を綴っている。

今夜バスでこの街を離れ、ジャイプルという街に向かう。そこから飛行機で飛び、バンコクとクアラルンプルを経由して、三月十五日には福岡に着く。安い便を優先したので、わざわざ遠回りをして、長い時間をかけて日本に向かうのだ。

日本に帰って三月二十一日、ちょうど満月に当たる春の彼岸、春分の日に、八年前の津波を想って歌を歌おうと思っている。

どこで歌うことになるかはまだ分からないけれど、たぶん東京になるかもしれない。この文章を読んでくださっている皆さんのためにも、心を込めて高らかに歌うつもりだ。

この世界には、数えきれないほどの苦しみが溢れている。けれども救いは、いつもあなたの心のうちにあるのだ。

そんな想いを込めて一曲一曲、丁寧に歌わさてもらおうと思う。

  *  *  *

ささやかに津波を想い言の葉を
投げて何処(いずこ)に救いあるらん

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