[はじめ購読者さま専用、18.12.08公開] 沈黙の言葉

[本文約800文字、1 - 2分では読めないかもしれません]

※この文章は本来みなさまに宛てたものではなく、ぼくの気持ちのもつれを解くために書いたものですが、マガジンをお買い上げいただいたのも何かのご縁と思い、こちらに収録させていただきます。

※とはいえ、こうして発表する以上、なんなりとご感想いただければ幸いです。

※はじめ購読者さま専用としましたが事情で公開することにします。
[2018.12.08 真珠湾攻撃の日に]

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沈黙の言葉

  ことのは屋とし兵衛

"it's a very deep sea" を聴いたら、心の底に穴が開いてしまった。新しい穴が開いたわけではない。古傷が疼き、傷の下の大きな岩が揺さぶられ、ごろそれがごろと揺れ動くものだから穴がひらいて、その穴の空虚感が全身にしみて広がり、響き渡る。

時間をかけてその寒々しさをじっくりと抱きしめてやり、毛布にくるまりまどろめば、一旦は傷も癒える。

けれどもその安らぎは束の間の話。じきにまた、傷口が開いて哀しみの膿みがにじみ出してくる。ちょっと体を動かすだけで、傷の下で大岩が揺れ動くのだ。

手術によって大岩を取り出してしまうこともできないわけではないが、それには練達の精神外科医が必要だ。世界広しと言えどもそういう人はほとんどいない。今のところ、この人なら、という人との出会いはない。

もうじき二十歳になろうとする初夏の、あのまぶしい輝きが、この身に潜む大岩を照らしだすX線になろうとは、当時は想像すらできなかった。ましてや、この大岩の本性を理解するために、今日までの三十四年の歳月が必要になることなど。

母よ、あなたがこの大岩をぼくの身のうちに孕んだのだと、そのようにあなたを責める気持ちは、ぼくにはもうない。

あなたの受けた因果が巡りめぐってぼくのもとにやってきたことは事実だ。だがだからといって、そこに責任などという無様な概念を持ち込むことはなんの解決にもつながらない。

ぼくはこの大岩を抱える自分を誇りに思おう。

この大岩の重みを呑み込んで生きてきた自分を褒め讃えてやろう。

その重みに潰れることなくよろよろと、しかし、ゆらゆらと歩いてきた自分の軽業に目を見張ろう。

母よ、あなたがぼくを産んだその苦しみなど、男のぼくには想像のしようもないことを承知の上だ。その上でぼくは、その苦しみをこの身に受けて、今や自分の一部でしかない愛しくも禍々しいこの大岩を、もうじき産み落とすときがくることを予感する。

あなたの奇怪な孫が生まれるそのときまで、どうかこの世で待っていてください、いつものあっけらかんとした顔であらあらなどと言いながらその孫を抱いてやってください。

母よ。

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