藤 匠汰朗

九州大学芸術工学府デザインストラテジー専攻 修士1年2018.8-2019.6までフィンランドのAalto大学で学びます。

"体験の消費"と"デザインへの依存"

“デザインが世界を覆い尽くしつつある”

住むところ、つかうものごと、人とすごす時間。

消費の対象はモノから体験へと拡張され、暮らしの大半が他人に“設計されたもの”の中で進んでゆく。

そのせいか、心地よくない経験をしたときには、“デザインが良くない”と感じてしまうようになった私たち。

いつからか、暮らしは他人がつくるようになった。

人間関係や時間、空間、身の回りの全てがデザインの対象であり

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デザイナーになることをやめた話

自分は何のためにはたらくのか。
あなたは何がしたいのか。

僕らの世代は誰もが社会という舞台を目の前に、この大きな看板を突き立てられる。

その1人である僕が、デザインを学べば学ぶほど、自分の肩書きはデザイナーではない気がしてきたというお話。

"究極のそもそも論"

それを売って、その人が本当に幸せになるのだろうか。
その小さな不満を解決しても、また別のそれが出てくるだろう。
すぐに当たり前にな

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“Design for Human Autonomy-人々の主体性のためのデザイン”

これまでの思考とフィンランドのアールト大学での学びの中で、デザインにおける生活者それぞれの“主体性”ということが重要なキーワードとして確立してきたので、文章にしながら整理を。少し長くなったので、前半部だけでも読んでいただけると。目次から大体の内容は察していただけると思います。

目次・主体性とは何か?・どうして主体性が人々に必要なのか・作り手と消費者という関係性・生活者が自身で見出していくエク

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ものとプロセスと人(3)

私たちは、資本主義社会が作り出した幻想の中で生きている。

自分を含め、私たちは価値の判断の大半を社会と他人に委ねています。資本主義経済では、作り手が消費者に対し「こんなおしゃれな生活って素晴らしくないですか?」「こんな素敵な家で暮らしたくないですか?」理想像を語りかけ、社会全体にそれが価値である幻想を作り出すことで、消費欲を刺激してきます。その幻想は今や作り手だけでなく、消費者ですら情報発信側に

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ものとプロセスと人(2)

作り手になりたいわけではないと感じているのは、自分が作り手側に立ち、使い手にとっての豊かさを提供するのではなく、それぞれの使い手が、ものへの向き合いかたを変えることで、意味と文脈による価値、豊かさを自身で生み出せるか、みたいなことを考えているのかなと。
それで、前回述べたように、人間の思考や工夫が介入できるものと接することを僕が“人が豊かである”と捉え、作り手としてそうした余地があるものやサービス

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ものとプロセスと人

モノやサービスのデザインによって簡単で便利に使えます、というようにプロセスを省いていくことではなくて、そのプロセスにいかにして向き合うことができるか、というのをテーマとして持っています。ここでのプロセスに向き合うという意味は、人としての能力や技、思考、工夫、知恵を能動的に働かせる余地のある物事に接するということです。
デザイナーが使い手のことを想像し、時間軸で単純化して描かれるカスタマージャーニー

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