5/24日記

これを書いている今、手が震えている。

きっと、明日の飲み会に行きたくなさすぎるからだと思う。

わたし、今大学を卒業して、働いているのだけれど、勤め先が飲み会の多い職場だからもう大変なのだ。

お酒を飲む席自体は嫌いではない。でも、偉い人の中にお酒を飲むとすごく説教する人がいて(偉い人はだいたいそうなんだけど)、その人のお説教を聞くのがすごく苦痛なのだ。

その人とお酒を飲むと、いつも「つまらない」「もっと喜怒哀楽を出せ」「お前の返答や感想は優等生だ」と言われる。わたしはちゃんと笑うし、本音で話しているのだけれど、えらいひとはわたしが猫をかぶって優等生な発言をしていると思っていて、もっと頭がおかしいくらいに馬鹿をやってほしいのだそうだ。

わたし、もう、何が正解なのかよくわからない。わたしが優等生なのは、きっとお父さんのせいだ。前の日記にも書いたけれど、父親があまりよくないせいでアイツみたいにはならんぞと生きてきた。悪いものを極力避けていくうちに、いつしか身も心も「優等生の思考」しかできなくなったのだろうと思う。それを、今まではほめられていたけれど、今の職場ではダメなのだという。そんなこと言われたの初めてだからもうエーッて感じである。どうすりゃええねんと思う。飲み会のたびに同期とべそをかいている。

こんなすれ違いが起きるのはどうしてだろうと考えたときに、きっと文化が違うのだと気付いた。えらいひとの面白いはわたしにとってのはしたないで、えらいひとにとってのつまらないはわたしにとっての褒められることなのだ。それを、話して理解してくれたらいいけど、今までの会話から察するに、きっと途中で遮られて結局同じお説教を受けるのだと思う。

つまらないと繰り返し言われることが、こんなにも心にダメージを与えるなんてしらなかった。わたしのまわりは優しい人ばかりだった。わたしのお話や日記をつまらないという人はいなくて、みんなおもしろいといってくれた。きっとそれは、本当はつまらないけどわたしなりの努力を認めてくれて、おもしろいという言葉で褒めてくれたのだと思う。そんな環境にいたから、真実を言われることがほんとうにつらい。

明日、もういっそのことみんなの前で泣いてやろうかと思ってさっき泣く練習をしてみたんだけど、練習だったはずが色々考えすぎてしまって本気で苦しくなってしまった。手が少し震えて、胸がどきどきして、指先がつめたい。体が、もう拒否しているのだと思うと、これはやばいなぁと感じる。

明日にならなければいいのに。

おしまい。

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