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現場に携わる者として、決して忘れない誓いとは

6月8日の記念日【学校の安全確保・安全管理の日】
大阪府教育委員会により2002年に制定されました。制定の前年の2001年の6月8日、大阪教育大学付属池田小学校で、自動が殺傷される事件が起こりました。学校に侵入した男によって、児童8名が殺害され、児童・教員合わせて15名が負傷するという悲惨な事件となりました。

当時、21歳大学3年生の自分は、このニュースが飛び込んできた時に、言葉が出ませんでした。そのころの公立の小中学校は、いわゆる「開かれた学校」を掲げていく流れもあり、地域の人たちとの交流や、学校での日常の発信などを、積極的に取り組んでいこうという考え方が広がってきていた感じだったので、この事件は、「開かれた学校」への流れを一気に反転させるほどの影響があったように感じます。教育実習を控えていた自分は、学友と「もしこんなことが起こったら、自分達ならどうするか。」について、毎日のように議論していました。自分自身が教員を目指すにあたって、子どもを守るために、命懸けで仕事に取り組まねばならない、そんな覚悟を自覚させられたような気がします。

学校が平和で安全であると言う事が、常識ではないと思い知らされたこの事件は、子どもの命を守るために全大人が、学校の存在をどう整備していかなくてはならないかを強烈に問題提起し、それによって、学校での避難訓練には「不審者対応」というものが、地震・火災同様に行われるようになり、警備会社による警備の装置が導入されることが標準となっていきました。

働き出してから数年後の現場では、不審者対応の際、不審者役の警察官さんは、本気で大暴れして、男性職員7,8人が総出で刺す股で締めても振りほどくほどの勢いで。職員室前の窓ガラスは割れ、最後は体重の重い自分が、柔道の寝技のようにのしかかって抑え込んで何とか封じ込めるまでに10分近く時間がかかるという、そんな訓練になったこともありました。

不審者対応の避難訓練の際には、子ども達に、なんでこの類の訓練が大事なのかを、この事件のことも伝えながら、時間をしっかりとって話すように心がけています。

いつ、いかなる時に自分たちの命を脅かすものが出てくるかわからない。それは自然災害だけでなく人もそうだと伝えることの大切さを、これからも忘れることはありません。今年も黙祷を捧げながら、これからも子ども達の安全な学校生活のために、全力でやらねばと思いました。

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