見出し画像

「朝ごはんはウニ丼にしよう」

 まだ漁業権がうるさくなかった頃の話だ。
 家の前の浜で、海を睨んでいると(天気をみているだけだけど)、姉のみちこが素足でやってきた。台所の窓からとっちゃんが浜にいるのが見えたのだろう。
「みち姉、冷えるよ」
 みち姉はそれには答えず、にっこり笑って言った。
「とっちゃん、ウニたべたいな」
 北海道は夏でも寒い。まして早朝は。海もそうとうに冷たいはずだが、とっちゃんを知っているみちこは頓着しない。とっちゃんも
「うん」
とつぶやくと家に戻った。

 納屋の軒に一抱えもあるザルが干してある。ザルを抱えて海に入り、足で探るといくつかあった。ザル一杯になったので浜に上がる。みち姉が焚火を焚いて待っていてくれる。口唇が青いのが自分でも分かった。
 
 とっちゃんはみち姉にザルを渡した。
「ありがとう、けっこうあったね!」
 みち姉はにっこにこして受け取ると、さっさと家に戻った。
 とっちゃんはこぼれたウニを火に入れて焼きウニを作ることにした。そして、焚火の前で冷え切った体、前後を丁寧にあぶった。

 みち姉は、勝手口の脇の流し台でさっそくウニ割を始めた。ウニ割は面倒な作業のうちに入る。こうした作業を「ウニの修理」といった。手を刺されることもあるし、力を入れるコツがある。乱暴に割ったら、ウニの殻が身に入ってしまう。それに柔らかい身がこわれないように身を取り出すのは手間。
 みち姉は鼻歌を歌いながら、黒い山をごっつぉう(御馳走)にしていく。

 みち姉は小さいころから、こうした作業を全く嫌がらない、尊い性格だ。料理が好きでしかも上手だった。忙しい母の代わりに幼い時から一家の朝食の支度を引き受けていた。
 母は働き者で、夏になる前から日の出とともに働きに出ている。
 とっちゃんはみち姉に頭が上がらない。

朝食の用意ができた~「ごはんよ」

 みち姉の声に、ばっちゃんと上の姉ととっちゃんとはお膳についた。みんな一仕事しての集合。活気がある。かあさんが夕べから炊いていたうま煮、漬物、小さいおかずが何品か並ぶ。うま煮はかあさんの得意料理。中央はウニの山だ。
 どんぶりに飯をよそい、みち姉の剥いたウニをスプーンですくって乗せ、ちょっとしょうゆを垂らす。
 口の中に潮の香りが広がった。

「ちょっとおばちゃんにも持っていくねー」
 みち姉はつっかけを履いて石炭小屋の隣りの扉を抜けていく。隣に大おばさんが住んでいて、ウニを喜んでくれるのだ。
「まぜご飯、もらっちゃったさー」
 お膳に混ぜご飯が並んだ。
 大おばさんは一人暮らしなのに、若いころの分量でご飯やら煮しめやらを炊くので、いつもみんなにおすそ分けを寄こす。それを知っているかあさんは、山菜でも葡萄でも、大おばさんには多すぎる・・・10人前でも多いくらいの収穫を届ける。どっさり!大おばさんを経由して、周り中が豊かになるのだ。そしてそのお返しもあるから、大おばさんのおかずはいつもバラエティに富んでいる。みち姉は昔から、大おばさんの家に入り浸っていろいろ手伝いをしていた。料理もそのほかの家のことも大好きだったから。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?