ジェレミ

ベンサム「功利主義」(最大多数の最大幸福)の数学的誤謬

大学で学ぶとは

たまに「大学は自分の知らないことを教えてくれる場所だ」と思っている方がいるが、実はそうじゃないね。「大学は自分が何を知らないかを教えてくれる場所だ」という方が近い。それをキッカケに何かを自ら学ぶのじゃよ(実在のおじいさんで「じゃよ」って言ってる人見たことねぇ)

私は大学で、情報科学系を学んだのだけど、ほとんど全部、小学校時代に知っていたか、自分で思いついたことにすぎず、大学で得られた情報科学系の知識はごくわずかだった(オタクな小学生だったもので……!)。
その代わり、思想(哲学)や経済学、統計学など色々な分野を学び、そしてコンピュータ科学の知識を応用してそれらを研究した。文章にもして出版もした。
そんな大学での研究生活の中でできたことの一つが「哲学を学ぶ意義は、哲学がマジでどうしようもないものだ、と深く理解したこと」なのである!
その中から、今回はベンサムの「功利主義」を例にして取り上げよう。

ジェレミ・ベンサムの「功利主義」

たとえば大学の哲学科の講義をモグリで受けていたら、「功利主義」について教授が熱心に語っていた。いわく、より善い状態とは、「最大多数の最大幸福」が満たされるときなのだ、と。これがベンサムの唱えた「功利主義」という概念。
簡単な例では「トロッコ問題」というのがある。
猛烈なスピードで突進してくるトロッコの先に、作業員5人がいる。このままだとひかれる!
幸いあなたはレールの分岐器の前にいて、切り替えれば5人は助かる。ただし、切り替えた先には1人の作業員がいて、その人がひかれてしまう……。
あなたはどうすべきか、みたいな問題だ。

画像1

この挿絵は私の出した本のやつだけど、もうこの人、分岐器切り替える余裕なくね!? 間に合わへんやろ……。

で、ベンサムが言うには、5人ひかれるより1人ひかれる方が「最大多数が最大幸福になるから」それが善い、とのことだ。ぇぇ……簡単やな。
なお、この問題は今でも倫理学ではよく語られていて、マイケル・サンデル教授とかいうハーバードのおじさんが来日し、東京大学でもこれについてムダに語っていた。

最大多数の最大幸福を単純化する

わかったわかった。
批判だけしてもしゃあないな。
ちゃんと考えて、問題点をあぶりだそうやないか。

まずは、単純化して考えよう。
この世に、AさんとBさんの2人だけがいる。
この2人の「最大多数の最大幸福」を計算する。
何か前提を置かないと話にならないので、ここでは、もらえるお金の量がx円のとき、Aさんはa(x)=xだけ幸福になり、Bさんはb(x)=xだけ幸福になるとしよう。
AさんとBさんの幸福量の合計値Gは、

G=a(x)+b(x)

である。
では、2人に「合計で100万円」をあげるとする。おれってなんて太っ腹。
というかこの実験を続けるために金が必要だから、noteを購入してくれ。

100万円のうちy万円だけAさんに渡し、のこりの(100-y)万円をBさんに渡しますか。
すると、幸福量合計Gは、

G=a(y)+b(100-y)=y+(100-y)=100

と計算できる。
ん、Gはyに依存しないぞ!?
ということは、Aさんが100万円独占しても、50万円ずつ分け合っても、「最大多数の最大幸福」は同じになるぞ!
おい!
それでいいのか!
それがいいのか!?

なにが違うねん

いやいや、そんなことはないでしょう。
ね、お金の量がそのまま「幸福」にイコールになるわけがないよね。まあ、貯蓄がほとんどない人が100万円もらったらすごくうれしいけど、億万長者が今さら100万円もらっても、大したことないもんね。そういう概念を入れるために、a(x)やb(x)を、少し違う関数に書き換えてみよう。そうだ、シグモイド関数を使おう。

画像2

こんなやつな。
縦横の数字はあんまり気にすんな。大した問題じゃない。
大事なのは、横軸がすごく小さいうちや、とても高いところでは、ちょっとくらい横軸が動いても、縦軸方向にあまり増えないこと。逆に、真ん中あたりでは、横軸が動くと縦軸もよく動く。
よく、個人の幸福などを表すときにモデルとして使われるのです。

ほらさっきの例。
「貯蓄がほとんどない人が100万円もらったらすごくうれしいけど、億万長者が今さら100万円もらっても、大したことない」と言ったのが、横軸が小さい場合と大きい場合ね。
私みたいな中途半端な人は、100万円もらったらかなりうれしいから、たぶん、この図では真ん中に近い部分にいるのかもしれないね。

ではあらためてこれに置き換えて、AさんとBさんの幸福量は、お金の収入xに対して、シグモイド関数 f( ) を使って、こう表せるとしよう。

Aさんの幸福量:f(x)
Bさんの幸福量:f(x)

おうおう、いいモデルだ。
これの場合に、「2人に合計100万円あげる」とする。
すると幸福量の合計値Gは、

G=f(y)+f(100-y)

となるね。

ははあ、シグモイド関数だから、これがどういう配分だと最強になるか、数式展開せなあかんかなぁ?
いやいや、まあちょっと簡単に数値入れてみようか。

画像3

適当だけど、横軸-6のところを「0円」、横軸+6のところを「100万円」としようか。縦軸はそれぞれの満足度ね。
よし、じゃあ50万円ずつ分け合った場合!
ちょうど横軸が「0」のところだから、AさんもBさんも幸福度が0.5で、幸福度合計Gは、

G=0.5+0.5=1

となる。
おおーこれが最大っぽいぞ。

実際に他と比べてみようか。
仮にAさんは横軸「2」のところ(だいたい82万円くらいかな)、Bさんは残りの「-2」のところ(18万円くらい)だと、おおよそグラフから読み取って、幸福度合計は、

G=0.88+0.12=1

ほらみろ!
「最大多数の最大幸福」をやってれば、ちゃんと平等で分配がうまく……
いってる!?
これいってますか!?
さっきと同じ「合計1」ちゃいますか?

いや、じゃあ他の点は?
Aさんが全部取る(横軸「1」)、Bさんは0円(横軸は「0」)、合計は、

G=1+0=1

あかんあかん!

シグモイド関数が、真ん中の点(横方向0、縦方向0.5の位置)に対して点対称だから、どんな分配の仕方をしても合計が1になるので、さっきのと一緒になるわ!

人によって幸福度が変わるんだっけ

ちょ……まって。
ちゃうやん。

AさんとBさんに何かこう、違いがあるって話してたやんか。
「人によって10万円の価値は異なる」
みたいな、現実的な話をモデルに入れようよ。

画像4

こういうやつよ!
これもある種の累積分布関数であり、ロジスティック関数(なんかこういう、S字型をした関数のことを言う)の一種なんですよ。
色々なパラメータなどで、分布が変わる。
まあそんな数学の話はええから、このそれぞれの曲線をみてみなはれ! 心の眼でみてみなはれ!
例えばこのうち左側の水色の線は、割と横軸が少な目で縦軸がMAXになってるね。さっきの話で言えば、「50万円でもう十分満足!」
みたいな感じかな。
一番右の青っぽい色の線は、
「100万円もろてもまだ満足しませんわ。50万円とか言語同断!」

というイメージ。
それで、AさんとBさんのうち、Aさんが「すぐ満足する」タイプで、Bさんが「強欲なタイプ」としましょう。

fa(x)=左側の水色の線
fb(x)=右側の青色の線

です。
これで100万円を分配するとどうなるか。
相変らず、この図の左端を「0円」、右端を「100万円」としてみよう。
以下、数字はだいたいの目視ですよ。

(1)Aさんに100万円、Bさんに0円あげた場合
G=fa(100)+fb(0)=1+0.3=1.3

(2)Aさんに50万円、Bさんに50万円あげた場合
G=fa(50)+fb(50)=1+0.4=1.4

(3)Aさんに0円、Bさんに100万円あげた場合
G=fa(0)+fb(100)=0+0.93=0.93

あ、なんかうまくいった!?
一番ちゃんと分け合ったときが一番いいってことになった!
めでたしめでたし。
ベンサムサイコー!
産まれ変わったらベンサムになってジャニーズ事務所入る―!

さて、まあもはやベンサムが無敵であることは誰の目にも明らかになったわけだが、念のため他のやつでも比べるか。
では、AさんもBさんも青の線、「強欲」だった場合。

fa(x)=右側の青色の線
fb(x)=右側の青色の線

(1)Aさんに100万円、Bさんに0円あげた場合
G=fa(100)+fb(0)=0.93+0.3=0.96

(2)Aさんに50万円、Bさんに50万円あげた場合
G=fa(50)+fb(50)=0.4+0.4=0.8

(3)Aさんに0円、Bさんに100万円あげた場合
G=fa(0)+fb(100)=0.3+0.93=0.96

あかんやないか!!
「公平に分ける」ことが最悪で、「片方が搾取する」のが最高に善いことになっとる!! ベンサム最低やないか!

ということで、まだまだ考えなければならないことが色々出てくるぞ。

3人だとどうよ、パラメータ増えたらどうよ

画像5

これ、強欲なAさんとBさんに加えて、強欲でない(一番左の水色の線の)Cさんを入れてみるね。
もうわざわざ計算しないけど、直感的に、Cさんにはある程度与えておいて、AさんとBさんで奪い合うと、幸福量の合計が最大になる感じですよね。
で、どういう分配かはちょっとおいとくけど、言いたいことは、

「個々人の幸福量の関数(お金の量だけで決まる超簡単モデル)」の分布に応じて、「最大多数の最大幸福」にするための分配が全然違うということ。

それじゃ、現実にはどうか?
実際の世界では、お金が欲しい人もいれば、名声が欲しい人もいる。健康が欲しい人もいれば、若さが欲しい人もいる。なんならもう死にたいという人すらいる。

f(x)

とか言ってるけど、実は、
f(X) Xは多数の変数によって作られるベクトル量
なんよね。
それさ、たった「お金」ですら、「2人」ですら最大化できなかったのに、どうやって「最大化」の計算ができるかね。
てか、もっともっと問題はあって、例えば同じ人でも、明日デートなのにお金がないー!って人は今すぐ10万円欲しいだろうけど、ヒマな時はべつにそこまで10万円いらないよね。

ということで、細かい問題点の指摘と、それを超えた「自己幸福量の最大化の最強テク」は有料版で!
読んでいただいてありがとうございました(=´∀`)人(´∀`=)

ここから先は

2,402字 / 1画像

¥ 980

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?