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No.1。そして猫 /第9話

「ピヨ?」
入ってきた彼女をみて、菜々子はぽかんとした。
まさかこんなところで会うとは思っていなかっただからだ。
会えて嬉しい気持ちよりも、戸惑いが大きい。
それにさっき、俊は彼女を『No.1』と呼んだのだ。

「菜々子。久しぶり。」
ピヨは飄々とした態度で菜々子にさらっと挨拶をする。
そして先生の方に向き直って言った。
「私を覚えていますか?先生」
先生は、こっくりと頷く。目には涙が浮かんでいた。

「どういうこと?」
菜々子は何が何だか分からない。
俊は一体いくつ自分に隠し事をしているのか。
ポケットの中の石を握り締める。
石はひんやりと冷たくて、重かった。



「あの日は雨だったんだ」
ピヨは俊と出会った時のことを、皆に話し始めた。
ある雨の日に、ピヨが猫を4匹引き連れてアパートで雨宿りをしていたらしい。そのアパートが、俊の家だったのだ。

サイバー・C・プロジェクトの最中、C電子として被験者とコネクションを確立する役目であったピヨだったが、ピヨは特段、プロジェクトの目的を知らされていた訳ではない。先生によって作られたアンドロイドのピヨ。先生から命令されていたことは2つ。
1つ。菜々子・睦美・零と、毎日欠かさず会話をすること。
2つ。猫たちの世話をすること。
ピヨが真摯に命令を守る中、突然研究所で大爆発が起きた。
「あの事故で、1匹は死んじゃった」
ピヨは寂しそうに言った。


事故の後は大騒ぎだったそうだ。
実験のテストが失敗したとして、事故は大々的に報じられた。
研究所の付近に住んでいた住民を含め、何百名もの多くの犠牲が生まれた。
街は悲しみに包まれた。
「それでも、箸本の奴は研究を1人で続けてたんだ」

事故の後、ピヨと猫たち、自分の家族たちの亡骸とともに、箸本は隠れるように暮らしていた。
そして箸本は、菜々子と零のアンドロイドを創り出した。
「脳みそはそのまま人間だった頃のものだと思うよ。箸本がそう言ってたのを聞いたことがある」
ピヨは菜々子の頭を指差していった。
「菜々子は、人間の脳と情報交換を行う役目。零は、命令をする役目となるよう、それぞれ人型アンドロイドとして作られた。でも睦美さんは、人間の動きを制御する役目だったけど、体は無いまんまだった。まぁ役割的に菜々子は人間の見た目の方が人間とコネクションが取りやすいからね。私が人型アンドロイドなのもその理由だし。零が人型な理由は分からないけど。」

先生が言う。
「人の脳であれば、おそらく人工脳よりも遥かに人間の脳とのコネクションは作りやすく、命令の伝達もしやすいだろうね」
ピヨが頷く。「そうみたい」
「そうなってくると、猫も私も用済みになっちゃって。することもないから出ていくことにしたんだ。別に止められも追いかけられもしなかったよ。箸本はそんなこと、どうでもいいみたいだった」
ピヨはぼんやりと白い天井を仰ぐ。

「行くあてもなくて、ただひたすら夜のサイバーシティを歩いていた。
そのうち雨が降ってきて、髪も顔も服もずぶ濡れになった。
街の真ん中にある電波塔の灯りが、やけに挑戦的で、嫌になったよ」
菜々子は、あの日にみた電波塔を思い出す。
同じだ、と思った。

「猫達はみんな、サイバーシティから連れてこられた猫だったみたいだから、飼い主の元に戻してあげようと思ってたんだ。それで1匹の猫がたどり着いたのが、俊の家」


「ピヨが連れてた猫の一匹が、俺の飼い猫だったんだ」
俊の目に悲しそうな光が灯る。
「ピヨの話を聞いて、驚いた。俺はさ、それまで自分の飼い猫がいなくなっていたことにすら気づいていなかったんだ。ピヨから話を聞いてやっとぼんやり思い出せたくらいで…。大切な家族だったはずなのに、俺はずっと忘れてたんだ。もう、自分で自分が信じられなくなるほどに…」
そこで俊は顔をあげて、笑った。

「ショックだったよ、あれはホントに」
心もとない笑顔。
そんな俊の顔を、菜々子は初めて見る。
いつもどこか自信に溢れているのに。


「俺はそれからこの事件を調べるようになったんだ。研究所の跡地に何度も行って、瓦礫の中から菜々子の写真やいくつかの新聞記事を見つけた。もう二度と記憶を消されることがないように、最新の注意を払って、いつも周りを警戒するようにして。」
菜々子は初めて俊とあった日を思い出す。
そういうことか、と思った。



菜々子は気になっていたことを聞いてみる。
「ピヨと私が出会ったのは、偶然じゃなかったの?」
するとピヨはニヤッと笑いながら言った。
「ごめん、偶然じゃないよ」

「私はこのところ、研究所に潜入捜査をしてたからね。久しぶりに帰ってきたら『菜々子が記憶喪失でこの街に来てるから、昼間見張ってろ』って俊から言われてたんだ」
菜々子が俊の方を思いっきり振り返ると、俊が気まずそうな顔でそっぽを向く。

「ちょっと、俊。どういうことよ」
立ち上がって詰め寄る菜々子を見て、ピヨは楽しそうに笑った。



「ピヨと今日の先生の話で、事件の全容がわかってきたな」
ぶーぶーと文句を言う菜々子の口を頭ごと抑えて、俊が手をぱん、と叩いた。
「街の住民たちから事故の記憶を消したのは、おそらく箸本だ。記憶が残ったままでは、研究を大々的に行うことができないからだろう。自分の家族たちの脳を使って実験を再開した箸本は、より精密にできるようになったコネクションにより、まず街の人たちから事故の記憶を消した。先生が記憶が残っているのは、長らく外に出ていなかったからだ。コネクションが接続されなかったんだ」

俊は続ける。
「おそらく、箸本は今度は人類を操ろうとしているはずだ。事故の前に言ったという『戦争をなくす』という思想を今も抱き続けているのだとしたら、今度こそそれをやってのける。ただ、不思議なのは菜々子の話だと、箸本自身よりも、研究の指令を出しているのは、そのそばにいるピアスをした少年のようだ。それってもしかして…」
「零だよ」
菜々子は遮って言った。「あれは、零だった」
俊は頷いた。
「そのピアスの少年が零だとすると、零はアンドロイドとして作られた時に、そういう思想になるように作られたのかな。じゃぁ、菜々子はなんで逃げてきたんだろう。菜々子だけ、その思想から逃れられた理由はなんなんだ?」
「分からない。でも私の頭の中で声がしたの。”逃げて”って」
「うーん。考えても、わからないか」
よし、と俊は再び手を叩く。
「じゃ、今度こそほんとに止めよう。箸本の野望を」


皆、俊を見上げた。
「本気なの?」
「本気だよ」
俊の黒々とした目がぎらりと光る。
「俺の人生は、俺のもんだ。もう二度と、記憶なんて消させない。誰にも縛らせない」

実に俊らしい、理由だ。いつもの俊だ。
「そうだね」
菜々子はそう言うと、俊の手に自分の手を重ねた。
「私も行く。私の家族の尻は、私が拭わなくちゃ」
俊は笑った。
「じゃあ、友達代表として、私も言ってあげるよ」
ピヨも合わせて手を重ねる。
「ワシも…。」
そこで先生も手を重ねようとしたが、失われた先生の膝は持ち上がらない。
すると、さっとピンク色の髪が先生の真横を通ると、彼を車椅子に優しく乗せた。
「先生が行っても、足でまといです」
「ウーちゃんは厳しいのう」
あはは、と皆笑った。


過去は良い事ばかりじゃない。
むしろ悪いことばっかりだ。
それでも、今こんなふうに笑っていられるのだから。
だから、大丈夫だ。


今行くよ、お父さん、零。
菜々子は心の中で呼びかける。



#サイバーシープロジェクト
#箸アート

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