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昔話 /第7話

我々はどこで道を誤った?
美しい未来を求めた夢は、いつから欲望にまみれていったのか?
いや、最初からそんな夢は、なかったのかもしれない。


少し、昔話をしようか。
今から5年前のことだ。



サイバーウォッチが売れに売れた頃。
我々開発メンバーは、サイバーウォッチの第2弾となる新たな開発に着手した。
それは、声を出さずとも脳の信号をサイバーウォッチに仕込んだ端末がキャッチして、脳からの命令で動くという、画期的なものだった。
成功すれば、様々なことに応用できる。
例えば義足はより本人の意識に寄り添ったスムーズな動きになる、とかね。
我々はそんな近未来的な可能性を信じ、研究に勤しんだ。
プロジェクトの名前は『サイバー・C』。
プロジェクトの開始は大々的に取り上げられ、莫大な研究予算が注ぎ込まれた。
しかし、直ぐに大きな壁にぶつかることになる。


脳の信号をキャッチする端末はC電子と命名された。
CATCHの頭文字を取ってC電子。安易だろう?
そのC電子が、いくら実験を重ねても思った通りに動かない。
人間の脳の信号を受け取れない。

我々は苦悩した。
一体どうすれば脳の信号をキャッチ出来るのか。
するとある研究員が言ったのだ。
「アンドロイドの人工脳を、C電子として使ったらどうだ?」と。

我々は人工脳をC電子として実験を行なった。
するとどうだろう。
いとも容易く、脳の信号をキャッチするようになったではないか。
その時、ある研究員は言ったのだ。
「これは、逆方向からの命令が有効である可能性を示している」


本来、「人間の脳からの命令→人工脳が処理」とするところを、「人工脳からの命令→人間の脳が処理」とさせようと言うのだ。
それはつまり、第三者が人工脳を使って人間を操ることが可能になるということだ。

凄い話だろう?
生活が便利になるというレベルではない。
実験が成功すれば、我々は街を、いや世界を支配できるのだ。
その日から、我々はその思想に取り憑かれてしまった。
文字通り熱狂し、四六時中、実験に明け暮れた。

やがて、研究はさらに進んだ。
人工脳1つでは複雑な指令を与えることができないことが分かった我々は、複数の人工脳をつなぎ合わせることを考えた。
①人間の脳と情報交換を行う人工脳(本来のC電子と同じ役割)
②命令をする人工脳
③人間の動きを制御する人工脳
人工脳の役割を3つに分けて、全てを直列につなぎ合わせることにより、人間を自在に操れる。
我々は成功を確信していた。
そうして遂に、研究は最終段階へと移る。
人間に試す時が来たのだ。


当時、研究員のほとんどは数年は家に帰れない状態が続いていてなぁ。
私を含め、研究員は家族を呼び寄せ、研究所の直ぐそばの宿舎で暮らしていたんだ。
実験対象は、研究内容を詳細に知らず、かつすぐに行動が把握できる者がいい。
すると、ある研究員が言った。
「私の家族を使ってください」
そうして彼の妻と、二人の子どもが実験対象として選ばれた。

そうは言っても危険な実験ではない。
C電子を埋め込む処理は、手術も何も必要としない。
人工脳と会話をし、ある程度の信頼関係を作れればコネクションは確立される。
あとは別の人工脳からの命令通りに行動しているか、確認するだけだ。
何も問題はない。
問題はない、はずだった。

始めのうちは順調だった。
不信感を抱かぬよう、コネクションを確立するための人工脳は人に酷似したアンドロイドとして制作された。
アンドロイドは彼の家族と易々と接触、コネクションは確立された。
そうして、時折発信される命令系の人工脳からの指示。
彼らは指示とおりに行動した。
我々は歓喜した。


ところが、しばらくしてある研究員が言うのだ。
「この頃、妻の様子がおかしい」
昨日食べたものを覚えていなかったり、声をかけても返事をしないことが度々あり、更には無意識に何やらぶつぶつと呟いていると。
彼の妻は、他の被験者よりも実験回数が多かった。

我々は一抹の不安を覚えた。
そしてやっと気づいたのだ。
踏み入れてはいけない領域まで来てしまったことに。
「ご家族の安全を第一に。実験は中止しよう」
我々は言ったが、しかし研究員は首を振った。
「今更何を言うんですか。あと一歩なんです。もう後戻りは出来ないんです」
彼は一人の夫であり親である前に、研究者だった。
人類を操るというその夢に、誰よりも彼自身が溺れていたのだ。
彼は我々の制止を振り切り、実験を続行した。


あの日は雨が降っていた。
ちょうど今日のように、ザーザーと音を立てるほどの大降りだった。
空はどんよりとしていて、肌寒い。

その日、我々はあの研究員を除く全員が研究室の司令室に集まっていた。
実験を中止しようとしたのだ。
彼の家族に本当のことを話し、謝罪し、実験の中止を彼に説得してくれるよう懇願するつもりでいた。

やがて彼の家族達がやってきた。
「いつも主人がお世話になっています」
何も知らない彼の妻は、にこにこと街の有名なケーキを私に手渡した。
双子の子ども達は、きゃっきゃと母親の周りを回ってじゃれあっていた。
私は深く頭を垂れた。
情けなさで、顔を上げることはできなかった。
そして全てを彼女に話した。


彼女は黙って話を聞いていた。
そして最後まで聞くと、大きく息を吸った。
「話は分かりました。それでは今すぐ、実験を止めてください」

我々は、まず子どもたちのコネクションを解除した。
次に、母親のコネクションを解除しようとした、その時だった。

「何やってるんですか、先生」
あの研究員が、どこでこのことを知ったのか、司令室に入ってきたのだ。
「もうこんなことを続けていては駄目だ。実験は中止だ」
「どうしてわからないんですか。実験が成功したら、世界中を平和にすることだってできるんですよ」
そうして彼は振り返って自分の妻に向かって叫ぶ。
「お前だって言っていただろう。戦争なんてなくなればいいって。この実験が成功すれば、それは現実になる。危険な思想は全て、俺が片っ端から潰してやる」
彼女は何も言わず、ただ首を振るばかりだった。


我々の罵倒が続き、お互い一歩も引かぬまま一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
あるいは、それは一瞬だったのかもしれない。
「人間ごときに、そんな大層なことが出来ると思うな」
突如はっきりとした声が脳を通り、私と彼がはっとすると、彼の妻が立ち上がってこちらを見ていた。
その姿は先程までとは明らかに様子が違っていた。
背筋を真っ直ぐに正して落ち着き払い、心情の読めない表情をして、その瞳には司令室の青い光を写していた。
そばには制御系の人工脳があるコンピューターがある。
その時、彼女の白い手からわずかに青い電流がみえた。
彼女のコネクションはまだ解けていないんだ、暴発するー。
「危ない!」
次の瞬間、目の前が真っ白になり司令室は爆発した。


気付いた時にはもう、何もかもなかった。
鼻がもげるほどの煤の匂い。
泣き声やうめき声が、そこらじゅうから聞こえる。
煙がどこまでも漂っていて、辺りは薄暗い。


私は両足が吹っ飛ばされてしまっていた。
むしろあの場所にいて、よくそれで済んだと思う。
いや、司令室にいた我々は無数のコンピューターが壁となり、かえって無事だったのだ。
我々こそが、死ぬべきであったのに。

激痛で意識を失いそうになる中、必死に目を凝らして辺りを伺う。
するとそこに、茫然と立ち尽くす男の後ろ姿があった。
あの研究員だった。
「おい、箸本…。無事なのか」
私が声をかけても微動だにしない。
そして彼の足元には。




「彼の家族が血だまりの中に倒れていた。奥さんと、2人の子ども」
先生は菜々子を指差す。
「菜々子ちゃん。そして、双子の弟の零くん。」

菜々子の頬に生暖かい何かが伝う。
「菜々ちゃん」
頭の中に、懐かしい、弟の声が聞こえた。


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#サイバーシープロジェクト

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