市場本通りで布を買う

1.

僕がその日見たのは、海のような柄が織られた美しい布だった。
それは2枚1組で、ひとつは昼間の青い海の柄が、もう一つは夕暮れの海の柄がそれぞれ絵画のように額縁に入れられて、対になって飾られていた。


はじめにそれを見つけたのはももちゃんだった。僕らはその日、那覇の市場本通りに遊びに来ていた。

そのアーケード街は、基本的には観光客相手の狭い店が並んでいる、右を見ても左を見ても地元の元気な中年女性たちが切り盛りするおばちゃん天国のような通りである。そこをぶらぶら歩いている時に、ももちゃんがたまたま見つけたのがその布だった。

なんて、穏やかで美しい布なんだろう、というのが僕とももちゃんの正直な感想だった。部屋に飾ったらきっと心穏やかな日々を過ごせるに違いない。欲しい。いくらなんだろう。ところが、値段を見ようとしたら、この布にはどこにも値札がついていない。

そこで店主に聞いてみようと思ったのだが、そこで初めてウッと躊躇してしまった。



ツーブロックに決めた髪に無精髭。スキニーなズボンに先の尖った革靴。おばちゃん王国の通りには似合わない格好。

見るからにあやしい。胡散臭い。




そして、胡散臭い店には近づかないほうが良い。これは僕の数少ない経験則のひとつだった。



僕がこういう人を見るとき、いつも思い出すのは秋葉原駅近くの画商のことだ。迷い込んだ人に強引に絵画を売りつけるその店は、一時期問題になってネット上でも話題になった。

実は僕も一度勧誘に引っかかり、そのビルに入ったことがある。
狭いビルの階段を登って行くと、何人かの客がスーツ姿の販売員に捕まり無理やり商談させられていた。

何故無理やりかわかったかというと、秋葉原によくいるかわいい美少女の絵が描かれたバッグを持った青年が、クリスチャン・ラッセンのイルカの絵を売りつけられているのを目撃したからだ。

僕はそれを見た瞬間このビルがどんなビルなのかを察し、階段を2段飛ばしで駆け下りたのだった。

あの青年がどんな気分でクリスチャン・ラッセンのイルカの絵を抱えて家に帰るのだろうと思うと今でも心が痛む。


「いくらだと思う?」


突然隣りにいたももちゃんに聞かれてハッと我に返る。
何の話か一瞬分からなかったが、あの布のことだった。

うーん、いくらだろう。

全然見当もつかなかったが、僕なりに考えてみることにする。
ああいうのでいちばんチープで安いのは、布に海の絵をプリントしたものだ。でも、この布は、見れば一本一本、色の違う布を紡いで海を描き出していることがすぐにわかる。

じゃあ、次に値段が別れるとしたら、これが手織りなのか機械で織ったものなのかということだろう。僕は布に近づいて見てみる。特に根拠はないが、織り方にあたたかみを感じるので、なんとなく手織りのような気がする。

もし僕が単純にイラストレーターとしてあの絵を描いた時、5〜10万ぐらいは値段をつけてもいいんじゃないかなと思う。でも、これは布。仮に手作りだとしたら、その手間はイラストの比にならない。もし糸を染めるところから手でやってたら、もしかしたら一枚50万ぐらいいっちゃうかもしれない。

と、ここで、ある可能性に気がつく。

絵に値札がない。ということは、買う人によって、店主が言い値を変えてくる可能性もあるということだ。

僕らがけっこう良いお金を持っているとあの胡散臭い店主が判断すれば、目が飛び出るような高値を言ってくるかもしれない。
70や80万、場合によっては100万と言ってくることもあり得るかも...

それをももちゃんに伝える。
すると、まじか、こいつ...と言うような目で僕を見てきた。


「100万て...芭蕉布じゃあるまいし」
芭蕉布っていうのは沖縄の伝統工芸品で鬼のような値段のする布のことだ。

「それに、あの布で値段を吊り上げるなんて事はまずないと思うよ。」

「えっなんで?」

「ほら、あそこに金城次郎のやちむん(焼き物のこと)の皿があるでしょ?」

僕はその時初めて店の中をちゃんと見る。
3〜4畳ぐらいの狭い狭い店内の壁には、陶器が並べられている。
僕は店に入り棚を見る。

その皿は、壁沿いの棚2段目に飾られていた。


その棚のやちむんにはすべてに値札がついていて、その皿の値札には「金城次郎作」と書かれていた。価格は50万ほどした。さすがに高い。


ももちゃんのところに戻る。


「あったよ。でも金城次郎がどうかしたの?」

「実は私以前銀座で、金城次郎作の似たような作品を見たんだけれど、百万円以上はしたよ」

えっ!?
50万と100万以上って、2倍以上ちがうやん!


そしてこの時になって思い出した。
実はももちゃんは、父親が陶芸家で、姉が布を織ることができる。そのため、陶芸と布については、普段から人一倍見ていて、普通の人より全然詳しいのだ。

「あの海の布、作者の名前がどこにもないよね。それだと、なかなか高い値段がつかないのね。作者の名前が有名かどうかで、値段って大きく変わるのよ。」

なるほど...

「だから、もし私がこの店の店主で、値段を隠して、客によって吊り上げるようなことをするなら、名前のある金城次郎の皿でやると思うな」

うむむ。陶芸家の娘。さすがの説得力。


「じゃあ安いと思う?」と僕は聞く。

「いや、多分手織りだから、やっぱりそれなりにはすると思う。」

「じゃあ一枚10万前後とか?」

「・・・ちょっと聞いてくる」

ももちゃんはなんの躊躇もなく店主に話しかける。 

すると、店主は、営業用ではない普通に友人と話すかのような口ぶりで質問に答えた。


「あ、これ?3日前に来たばかりだから、値段まだつけてないんだけど...そうだな〜。」




・・・・・・






・・・は?




2.

「えっ、それ、額縁も入って3万ってことですか?」ももちゃんが聞く。

「そうそう」店長が答える。

ちょっとまって。ということは、一枚の値段は、額縁込で1万5千円。額縁って意外とするから、布だけだと一万を切る。死ぬほど安い。安すぎる。

これ機械で織ったやつだよ、100%そうだよ、と、僕はももちゃんに耳打ちする。

ところが、ももちゃんは布に近づいて、信じられないといった目で布を見ている。店主に断わって、額を手に取り、まじまじと見る。

自分の見立てとの違いに、呆然としているようだ。


それもそのはず。



ももちゃんは、姉の織る布をきっかけに、布を見始めて早数年。



いままでに多くの布を手にとって見てきた。

そして、前職の商空間の演出のデザインの仕事では、良い空間を演出するために・・・



布の選定に携わったのは一度や二度ではない。


そんな自分が手織りの布だと確信し、それなりの値段はすると踏んだ布が、まさかの数千円。

そのショックは計り知れない。




でも僕はというと、こういう目利きが外れる光景をあんまり見たことが無いから、実はちょっと面白かった。


すると店主が横から割り込んで言った。

「この布本当にいいよ〜!近くの観光客相手の店行ってみ?こんないい布置いているところ無いから!」

観光客相手の店で置かれている布といえば、プリントされたチープな生地だ。

まさかそんなのが比較対象なのかよ...。


ももちゃんを見ると、ますますショックを受けているようだった。僕はニヤニヤがとまらない。


すると店主が言った。

「でも、この布買うんだったら、ちょっと頑張って、こっち買ってもいいかもよ」



それは、さっきの2枚の布の下にかけてあった紅型(びんがた)だった。ネズミ色をした生地の上に鳥や植物の柄が染められている。こっちにも値札がついていなかった。

「これは人間国宝の〇〇さんが作ったやつだから、今は安いけれど、これからどんどん価値が上がって来るはず」

正直に言うと、あまり綺麗には見えなかった。なんだか沈んだ印象を受ける。

「安いって、いくらなんですか?」僕は聞く。

「20万だね」

えっ!?20万?
高っ!


この「高っ」という表情が、もろにでてしまったようだ。

「いや、これ人間国宝の作った立派な作品だよ。上質な生地に丁寧に染め上げてるから。ほら見て、この柄。この柄は人間国宝のその人しか使えない柄なんだよ。はっきり言って、これで20万は全然安い」

そう言われても、僕は紅型に詳しくないので、この人の言っていることが本当かわからない。第一、僕は基本的に紅型は好きなんだけど、この紅型はあまり美しいとは感じなかった。

そして、あまり気が進まない絵をゴリ押しされるこの感じ。あの秋葉原の画商に会った感覚が蘇ってくる。


すると・・・


「もし嘘だと思ったら、あのおばちゃんに聞いてみたらいいさ」

店主が指差したのは、店の奥で熱心にやちむんを選んでいるおばちゃんだった。

「あの人、この店にしょっちゅう来る常連さんさ。めっちゃ目利きだから聞いてみたら?あの人、もともと紅型の工房につとめていたらしいよ。」

えっそうなの?

店主はおばちゃんに声をかける。「おばちゃん 」



おばちゃんが振り向く。




けっこう鋭い目をした、これまた胡散臭そうなおばちゃんだった。

「なんねー。」

「この紅型、人間国宝が作ったいいやつだよね〜!」店主が紅型をさして言う。

僕はますます不安になる。

いくらなんでもタイミングが良すぎる。だいいち、紅型を売ろうとしている人の近くに、もと紅型工房につとめた人がいるって、どんな確率なんだろう。


ところが、おばちゃんは、僕の懸念をふっとばすとんでもないことを言った。






「人間国宝でも何でも・・・・」








なっ...

それおばちゃんが言ったらダメでしょ!


「えっちょっと待って。なに?」店主が言う

「紅型普段見てない人にはどれも同じ。買うなら気に入ったものを買うべき」

「だめでしょ、それ言っちゃ!さり気なく紅型否定してるでしょ。オレ紅型ファンなのにそれ言われたらガッカリするわ」

なんなんだ、このおばちゃん。
普段紅型に触れすぎて、逆に嫌いになったのだろうか。経歴と言動が完全に矛盾。そして、「気に入ったものを買うべき」という言葉。ものすごい正論じゃないか。
僕は一気におばちゃんに興味が湧いた。


すると、おばちゃんは手に持っていた陶器を棚に戻し、こちらにやってきた。そして紅型には目もくれず、その下に置かれた大きいカヌーのような形のカゴの中をあさぐり始めた。





やがて一枚の着物を取り出す。






「おおー、いいさーこれ。いくらね?」おばちゃんが聞く。

「これ?1万5千」

「!....上等ね~」







すると...。













な、なにしてるの?




しばらく布を観察した後、僕のところに戻ってきた。謎に包まれた表情をしてる。そして僕に耳打ちしてきた。

「あれ、どう見ても手織りなんだけど...。1万5千では買えないような値段な気がする」


「えっじゃあ10万ぐらいするってこと?」

ところがももちゃんは煮え切らない顔をしている。

「そうかもね。それぐらいだと思うけど...」

「けど、なに?」

「・・・・」







「あれって、芭蕉布のような・・・」








ば...芭蕉!?


僕もその着物を後ろから覗きこむ。言われてみると確かに美しく上品な布に見える。でも僕は芭蕉布を見たことが無いので、なんとも言えない。

え、でもまさか。芭蕉布て...。

検索したらすぐわかるけど、芭蕉布の着物となると軽く80万は超える。
流石にそれはないでしょ。

「いや、やっぱりあれは芭蕉布だと思う。間違いないよ。あの美しさを見てよ。私は何度も見てる。」ももちゃんはますます確信を深めていく。
「あのおばちゃんは、あの布が芭蕉布だと知ってるよ絶対」

おばちゃんは1万5千円をポンと出し、そのまま去っていった。

すると、ももちゃんは同じものがあるんじゃないかなと思い、かごの中をあさぐりだす。でも、同じような布は見つからない。

「あーっ。もっと早くかごの中を見ておくべきだった」ももちゃんが悔しがる。

その様子を見て、ようやく僕も気づいてきた。





もしかしてこの店、掘り出し物の山なんじゃないのか。





金城次郎の皿に、芭蕉布。店主が言っていることが正しければ、紅型も掘り出し物の可能性もある。

ということは・・・

ここでよく見て、頑張ってお金を出せば、思わぬハイリターンが帰ってくる可能性もあるということか...?

一瞬興奮が襲って鳥肌が立った。

いや、でもまて。落ち着け。

正直に言うと、僕はさっきからピンと来ていない。金城次郎にしても芭蕉布にしても、『本来の価値』というのが、すべて『ももちゃんの目の基準』でしか語られていないからだ。


そうだ。僕もなにかしら確証が欲しい。店が掘り出し物の山だという確証が。


そこで、店内に僕でも価値がわかるようなものが無いか探してみることにした。それについて店主に値段を聞いて、僕の知っている価値と、店主の言う値段とにギャップがあれば、確証を得られるかもしれないと思ったのだ。

でも、僕は陶芸も布も詳しくない。それでも僕に価値がわかるものって、あるのだろうか。




あった。






このカゴだ。




実はこのカゴ、以前工芸品を扱う店で、同じタイプを見たことがあった。その時の値段はおよそ3万。竹のような素材を職人が手で編んだもので、それでもちょっと安いんじゃないかなと思ったのを覚えていた。


「このカゴも売り物だったりします?」僕は店主に聞いてみた。

「いや、これ売り物じゃないんだよ」

そうなんだ。ちょっとがっかりした。ところが。

「いや、でも売るとしたらいくらだろ。実はこれ近所のおばーから買ったんだけどさ。」

「いくらで買ったんですか?」










「500円」










・・・えっ?





「まあ、だからオレも利益ほしいから、1500円ぐらいかな」





えええ!?




ち、ちょっとスゲーぞ!
すくなくともカゴは本当にありえない。

金城次郎、芭蕉布、そしてカゴ。もう偶然では無いはず。

この店は価格設定がおかしい!


ということは。まだ掘り出し物があるかもしれない。


と、その時だった。
頭のなかでまたハッとひらめいた。


最初に見た、海の布。

この穏やかな、気持ちのいい布。



実はこれも、本当は高額の布だという可能性も、あるんじゃないのか?


確かにももちゃんがさっき名前が無いのでそんなに高くないとは言った。でも、芭蕉布だって作者の名前はついていない。

そして、そんなちっぽけなことに気をとられるよりも、もっと直感に頼って良いのではないか?と思った。本当に美しいと感動し、「それなりの値段はするはず」と言ったのは、あの目の利くももちゃんではないか。

そして、ももちゃんが美しいと思ったということは、やはりそれなりに価値があるに決まってる。間違いない。買うべきものはこの布だ。

そうと決まったら、善は急げ。


「ももちゃん、この海の布買おう」

「えっ!?どうして?」

「綺麗な布はやっぱり買わんと」

僕はたまたま財布に入っていた有り金3万円を、全部店主に差し出す。


布を受け取り、本通りに出て歩いていると、ももちゃんがどうして急に買おうと思ったのか聞いてくる。

「ももちゃんも、これがこんなに安いの、信じられなかったでしょ?」

「えっ?」

「ほら、額縁持って、呆然としてたじゃん」

「呆然...?」

「でも、その感覚、正しいと思う。あそこの価格設定かなりおかしいだけで、本当はもっと高い布だと思うんだ」




「えっ・・・、そういう理由なの・・・?」




「?どうしたの?」




するとももちゃんが言った。

「・・・いや、じつは・・・あれね・・・」















は?






「これ、近くでよく見ると、まあ確かに綺麗だけれど、天然の染料で染められたとか、そういうわけでもなく、糸もよくある素材だし、まあ値段通りかなと思ったのね」

「そ、そうなの?」

「それで、スマホでこっそり調べてみたら、普通に量産されてるっぽいの」

「ええっ!?」

「でもいいんじゃない?私はあの布美しいと思う。大好き。」


その後、あの布を画像検索したら、バッチリ大量に出てくることを無事確認した。


結局あの店は、とても良い店だった。

そして僕は美しい布が部屋にきてとても満足している。
まだ飾ってはいないけれど、いつか飾るつもりだ。
そう、僕は満足している。
僕は満足してるのさ。












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山里 將樹

コメント8件

どのエピソードも面白すぎる…っ
たくぞうさん うわー、最高の褒め言葉!!ありがとうございます!
はじめて漫画拝見して久しぶりに漫画見てニヤニヤするぐらい笑ってしまいました。
地元なのでこの怪しいお店探しに行こうと思います。笑
ありがとうございます!店長のお兄さんかなり面白い人だったのでぜひお友達になってください!
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