アクロバティックハナゲサラサラ

1.

その日、何気なく鏡を覗くと、鼻から毛が1本、勢い良く飛び出ていた。


それは気を抜いたら出がちな、いつもの鼻毛とは明らかに違っていた。
鼻の穴から2センチほど長く垂れ下がっていたのだ。

念のため繰り返すけど、飛び出ているだけで、2センチ。



その先端はもう少しで口にかかるところまで伸びていて、僕の呼気を受けて、わずかにサラサラとなびいていた。

これにはさすがに驚かずにはいられなかった。愕然と言ってもいい。この光景に鳥肌が立った。

というのも、その時は夕方。もう日が暮れかける頃だった。僕はそれまでに何度も鏡を見たが、全くその鼻毛に気が付かなかった。もちろん僕の目が節穴で、細長く伸びている鼻毛に気が付かなかった可能性はある。でも、その日は連載しているカラー漫画の製作の大詰めで、パートナーのももちゃんといっしょに朝から色塗りの作業をしていた。



ももちゃんはもともとデザイン関係の仕事をしていたこともあり、非常に鋭い観察眼を持っている。さらに鼻毛については非常に厳しく、少しでも出ていたら厳重注意を受けてしまう。 そんなももちゃんと、直前まで面と向かい合って、マンガの色についていろいろ相談していたのだ。こんな長い鼻毛を見逃すはずが無い。気がついていたけれど、黙っていたという可能性はなおさらありえない。

ということは、ももちゃんと相談しているときはちゃんと鼻の穴の中に隠れていて、席を立ち、鏡の前に行く間に、ハラリと垂れ下がった、ということになる。

それにしても、そもそもどれぐらい鼻の中に潜んでいたのだろう?

あとで調べてわかったのだが、鼻毛は一般的に、1日に0.15ミリ伸びるらしい。ということは、鼻から出ている分だけの長さ、つまり2センチ伸びるだけでも、単純計算で約130日はかかる。130日といえば約4ヶ月だ。



木で言えば樹齢100年はあるんじゃないのか。そんな長い期間、こいつは刈られず、引っこ抜かれもせずに、鼻孔の奥に格納され続けたとでもいうのか。そんなばかな。

自慢じゃないが、僕はよく鼻毛が出る。でも、それは鼻の形のせいでもある。僕の鼻孔は鼻の先端に向かって長めに伸びているので、鼻の中のごく浅いところに短い毛が生えただけで、すぐにそれが鼻の穴から飛び出てしまう。

そこで、去年の暮れに、電動の鼻毛カッターを購入した。これは芝刈り機みたいなもので、回転する刃を鼻の穴に突っ込んで(もちろん鼻孔の表面を傷つけないよう安全カバーが付いている)、バリバリ鼻毛を刈っていく。これをすると、鼻の中が芝生のように綺麗に整えられる。


僕は、この数ヶ月間鼻毛カッターをよく使った。だから、こんなに長く成長するまで、鼻の中でじっとしていたなんてにわかには信じられなかった。130日もの間、回転する刃を避け続けたなんて、サバイバーぶりにも程がある。僕にはちょっとありえないことのように思われた。そして、そのありえなさで言えば、いわゆる「怪奇現象」のそれに近い気がした。

「怪奇現象」......

おもわずその単語が頭に浮かんで、また鳥肌が立った。実はそれまで、ちょっと気味の悪い体験をしていたのだ。その体験と、この鼻毛とを結びつけて考えてしまい、ブルっとなった。

以下少しその話をします。


2.

夏だということもあり、最近空いた時間によくネットで怪談を検索して読んでいたんだけど、ある話を読んで以降、まわりの雰囲気に敏感になっていた。

それは『悪皿』という、2008年に某巨大掲示板に書かれた、目撃談の体をなした一連の話だった。『悪皿』とは身長が2メートルから3メートルほどもある、ロングヘアの女性の化け物だ。

もともと福島県あたりで以前から目撃例があり、高いビルから飛び降りて地面すれすれで消える、電車の前に飛び出てくるなどといった目撃例があることから、地元の一部の人の間では「アクロバティックサラサラ」という変な名前で噂されていたらしい。「サラサラ」とはサラサラロングヘアのことである。

ところが、コレがなかなか怖い。いろんな人が掲示板に目撃例を書き込んでいるのだが、それによると、一度この女に見初められると、窓の外や風呂場の中までいたるところに現れるらしい。目撃談も非常にリアルで、中には目撃現場の写真付きの書き込みもあり、「アクロバティックサラサラ」という名前もいつの間にか「アクサラ」へ短縮され、更には「悪皿」という当て字までつけられるようになった。

すると、目撃談の書き込みが次第に全国に広がっていき、しまいには、「悪皿」のことを知って、意識した人のところに現れやすくなるのでは、という仮説まで出てきた。

僕はその仮説まで読んで、ブラウザをそっと閉じた。

出たよ。「不幸の手紙」タイプ!

最も僕が嫌いな形式。安易に人を怖がらせようとする最悪の話法。さっさと忘れるに越したことない。


ところが、残念ながら僕は暗示にかかりやすいタイプの人間なんだと思う。



それからすぐに回りの足音やら、玄関前の廊下の人の気配、冷蔵庫の音などが気になるようになってきた。気のせいか、普段より足音が多く聞こえる気がする。ちょっとした空気の流れも非常に気になる。そして夜、風呂場に入るのがいつもより少し怖い。悪皿が風呂場に出る例があったからだ。

その風呂場の電気が、次の日の昼、急に切れた。
それは比較的最近変えたばかりの、LEDの電球だった。 僕の家の風呂場は昼間でも薄暗い。だから電気を付けなきゃいけないのだが、明かりのスイッチを入れた途端、










電球が黄色みを帯びた汚い色にぐにゃっと変色し、そのままフッと消えてしまったのだ。スイッチを何度カチカチ入れ直しても、暗いまま。もちろんこんなことは初めてだ。それで電気系統が壊れたのかなと思った。

ところが、ももちゃんがスイッチを押すと、すんなりついた。LEDはなんともなかったのだ。

『悪皿』が風呂場に現れた話を思い出した。僕はただ立ち尽くすしかなかった。



そして、その日の夕方に発見したのが、この鼻毛なのである。



そのサラサラ具合は、「アクロバティックサラサラ」という言葉を連想させた。この鼻毛も、もしかしたら、そういうことと関係があったりするのだろうか。。?

と考えて、頭おかしいんじゃないのかと自分で思い直す。

鼻毛は鼻毛である。どんなにありえないほど伸びたとは言え、所詮は鼻毛。

抜いたところで祟られることもあるまい。

僕は思い切って鼻毛を引き抜くことにした。2センチも出ているから、手でつかむのは簡単だった。抜けた鼻毛は3センチ近くあった。鼻の中に更に1センチ近く隠れていたのだ。





僕は手にとってまじまじと見た。












........

心なしか、かすかに霊的な何かを纏っているような...(霊感ゼロだけど)


それで、そのまま鼻毛を洗面台に流していいのだろうかという疑念がわき出した。一応塩とか盛った方がいいんじゃないのか?よくわからないけれど、これが鬼太郎の妖怪アンテナみたいに、へんな怪異に反応していたのだとしたら?避雷針のように災厄をこれが吸収していたのだとしたら?これ捨てたせいで呪われました〜ってことあったりする?

自分の考えのバカらしさにめまいがしてきた。

もういいや、と思って洗面器の流しに捨てる。

が、気になって、また拾う。


うん、まずはももちゃんに相談しよう。



そこで、僕は鼻毛を持って仕事部屋に行き、ももちゃんに相談した。鼻毛を見せ、ここまで伸びるのがいかに不思議か。なぜここまで気が付かなかったのか。「悪皿」のことや、風呂場の電気が消えたことも含めて、全部話した。ももちゃんは真剣に聞いてくれた。


ももちゃんは鼻毛をみた。

自分の手元を見た。

そして僕の顔を見た。













「鼻毛は鼻毛。汚いから捨てたら。」




































鼻毛は鼻毛。

















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山里 將樹

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