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バブルの創造 ― 米・中と日・米で考える― 週刊投資日報巻頭 コラム

先ずは米・中で考えてみる


米中と言えば貿易摩擦―そう考えている市場参加者が多いが、それは一面的だ。実は「コロナショックからの回復スピード」もっと言えば、「アフターコロナ」の覇権争いが激化しているのだ。それも単純な覇権争いではない。身をもって表す、つまりコロナショックから最も早く回復することで覇権を見せつけるのが狙いだ。


そんなことが必要なのか?  と疑問を持たれるのであれば、リーマン・ショック時の中国の対応を思い出すと良い。08年11月、中国政府はリーマン・ショック直後の輸出急減を受け、約4兆元の大規模な経済対策を決定、世界経済を反転させる契機となった。中国は最も強力でバブル的な財政政策でいち早くリーマン・ショックから離脱。そして旺盛な需要とITへの集中投資で、その10年後にはIT巨人となった。米国手動の5G覇権が中国企業排除では成立しない事など、10年前は想像も出来なかった。せいぜい韓国企業がその一端に加わるくらいのものだとタカを括っていた米国は今焦って排除に乗り出している。


リーマン・ショックの体験「いち早く景気回復を実現して世界の需要を握り、世界の工場になる」ことを目指す中国にとっては必須だ。同時に香港の民主化を抑える必要があるため、余計中語気経済は投資価値のあるものに見せなければならない。それは国内外ともに、だ。


そのために中国が引き起こしているのが「中国史上最大のバブル」(現地ストラテジスト)だ、という。具体的には過剰融資と資本ストックの過剰。中国における過剰融資の総額は1000兆円以上。わが国の「バブル」崩壊に伴う不良債権額が100兆円規模であったことを勘案すると、経済規模を考えても中国のバブルは壮大過ぎる。文字通り「中国史上最大のバブル」だ。


次に資本ストック ― いわゆる機械設備や工場など ― の過剰だ。その総額はなんと700兆円以上。元来、中国は外資を呼び込んで資本ストック ― 即ち機械設備や工場等の設備投資を行わせてきた。しかし次々に外資を呼び込み資本ストックを増やす事で成長。中国の経済成長方程式は近年振るわない。勿論、米中貿易摩擦が大きいが、それよりも人件費を含めたコスト面での圧倒的優位性が消え去った事も大きい。


過去、巨大なバブルは個人および企業債務(いわゆる民間債務)がその国のGDP比率で150%以上で危険水域、200%以上で「ほぼ確実にバブル崩壊する」とされていた。日本のバブルは210%程度でピークアウト、スペイン・アイスランド等の住宅バブルもほぼ同程度。米国のサブプライム危機は160%、アジア通貨危機も同程度で破裂した。150%を超せばかなり危険、200%は赤信号となるのだが、中国の過剰債務は既に200%を超えである。これは中国バブルの崩壊が遅くとも2~3年以内に破裂する事を示唆する。
だが、現時点での弱気は問題だ。今、世界は中央銀行による過剰流動性の世界。平時には絶対許さぬであろう資金供給が横行している。つまり何でもアリだ。FRBのバランスシートはかつてないほど膨張。日本やECBの比ではなく、短期でコロナ危機前の3倍以上に膨らみ、その中身もSPCなどを通じた貸し出し実施を鑑みると、かなり劣化したものになっている可能性がある。


バブルの創造


言わば、FRBが行いしは信用バブル、国債バブル、流動性供給による資産バブルなど、幾数多のバブルの創造である。各国中銀のバランスシート規模は、リーマン・ショック前の05年に比べ、FRBが約9倍、ECBが約6.5倍、日銀が約4.5倍。更に米国は財政支出でも突出している。財政と中央銀行による国債買い支えのポリシーミックスが最も強烈なのが米国で、結果同国が ― G7中で一番悲惨な感染地獄に陥っているにも関わらず― 一番の株高になっているのだ。このFRBの過剰流動性供給と日欧が競争出来ぬ程の信用創造は必然的に大幅なドル安を生んでもおかしくないのだが、そうならないのは日欧ともに今一つ当局の信頼性に欠ける、という問題があるからなのだろう。実際、ドルがどれだけ減価しているかは実物資産、即ち金や株式の動きを見ればわかる。バランスシートバブルを鑑みると、米国株式は日本の倍以上上昇してもおかしくない。それほどバランスシートバブルを作っているといえよう。

膨らみと破裂
更に実質金利だ。米国の期待インフレ率は3月こそ大きく下げたが、実は4月以降は0.7%程度で安定している。ところがゼロ金利政策の関係で、実質金利はどの年限でもマイナスだが、特に効果があるとされる5年ゾーンでの実質金利の低下が激しい。これはFRBが ― わかったうえで ― 超刺激的政策を取っている事が分かる。更にこれは所謂ゾンビ企業が多く生き残るシステムである。


勿論、米国は徹底的な資本主義国家なので、衣料・外等で如何なる名門企業であっても収入90%減ではどうにもならない。事実ブルックスブラザースは破綻した。だが、故にFRBは錦の御旗を持ったかの如く緩和を維持出来るのだ。昨今、トランプ大統領はFRB批判をしていないが、それは、珍しく満足している公算が高い。


結局、米中が進めているのはいち早くコロナショックから回復するための「バブル戦」ではないか ― と考える。早く立ち直った方がショック後の覇権を握る。恐らく中国はかなり意識的にこの戦いを進めるも、同時に債務バブルの面では大問題を抱える。米国は選挙戦に向けて半ば無意識で戦っているように感じるが、事実、内容は強烈。2020年代の世界はこのバブル戦の行方、そしてその破裂の仕方―に掛かっているように思えてならない。


日米ではどうか


とにかく今は何でもありの何でもあり、なのだ。つまりいくら間違っても変更してもよく、その変更も政治的失点とはいえ平常時に比べればどうということはない―。


端的に言って、安倍政権がコロナ禍で行った数々の失政は恐らく平常時では致命傷と言って良い。むしろこの失策ぶりは喜劇的ですらある。だが、この「何でもあり」もいつかは平時に戻る。その時何が残っているか?
コロナ禍で本邦が行ったのは異次元金融緩和の再現と巨額の財政赤字。結果、消費者の手元資金は膨らみ、借り入れコストは低く抑え込まれ、しかも多額の借金が出来るようになった。異常事態に対応するためとは言え、元来傷ついていた財政に致命的な損傷を与えた ― といえよう。ただ、これは既に日米共通の問題となっている。


80年代の再来


特に、異次元緩和に限定するとFRBは深入りした。08年の信用収縮後の世界では野放図に貸し出しした金融機関への批判があったが、コロナはそうではない。金利はゼロに近く、先進国の10年債利回りを見ても、一番高いイタリアでさえ僅か1.3%。財政と金融を同時に刺激したのだから株式市場は下がる筈がないのだ。むしろ、これは80年代の日本型バブルに近い。バブルが金融規律の崩壊ということであれば、中央銀行が先回りしてそれを行ったという意味で80年代日本より米国の方が悪質かもしれない。だがその恩恵は莫大だ。ジャンク債がトリプルAになるなら、誰がその債券を放置するのか? むしろ買いに決まっているのだ。


不都合な真実

ここで問題なのは、実体経済がバブルの好影響を受けていないという点。日米ともに労働市場は悲惨だ。ブラック企業的首切りは横行、米国の失業率は2月の3.5%から4月には14.7%まで急上昇、6月も11.1%である。
米国のレイオフは結局元鞘のケースが多いが、低賃金労働者にとって失業期間中の痛手は大きく、人種問題も相まって社会の分断を推し進めている。この問題は心理面と経済面で深刻化する米国の社会的緊張を助長させよう。米国のコロナ問題はとりわけ、政治問題極めてなりやすい。それにウィルスが憎しみに拍車をかけた格好になった。

馬鹿で間抜けな奴らめ ― という分断
この憎しみは、意見の違う相互で「お前らは無知で傲慢な耐えがたい奴」と考えさせてしまった。これ程危機に分断が志向された事はない―と米国の友人が嘆いていたが、確かにこれほどの分断を推奨する大統領は初めてだ。不安・不満はあっても表面的には見事な団結を見せてきた米国の民達が、いとも簡単に分断を是認する姿は筆者にとっても異様にすら見える。
バイデン勝利でどうなるか―という感覚は産業界には苦痛だろう。既に政府は巨大となった。どの産業に補助金を与えるか、どういった支援の枠組みにするか、企業活動再開の時期や方法をどうするかはいずれも当局の胸三寸だ。


政治家からすれば、これほど強大化した権限をあっさりとは手放しがたい。先進国 ― 特に日米政府はそうした強い権限を経済のテコ入れに活用する ― という名目で権限は手離さない。ドイツや米国、または災害に苦しむ日本で大規模なインフラ整備事業が行われた事に異を唱える人は殆どいないが、日本の一連の迷走を見ると明白に政府主導のインフラ整備の多くは非効率的である以上に政治的である。


コロナという非常事態を前に大規模かつ迅速な財政支出を積極的に進めようとする政府の姿勢は「景気後退は防げなかったが、回復に向けたお膳立ては十分に整える事は出来た。政策も総動員されている。だがバブルをどうやって実体経済につなげるのか」というロジックを彷彿とさせる。


あ々無情


しかし非効率的な程、そして恐らくはその政権に見合っていない程の権限を与えてしまった禍根は、一体どのような形で国民にのしかかるのだろうか。それは、誰にも判らない。ハッキリしているのは、最終的には日本政治の失態は日本国民が、米政権の失敗は米国民が―各々の財布から支払うしかない、という憂鬱な未来だけが約束されているのである ― という点だけであろうか。

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