真夜中、手のひらにちがう世界

夜の闇のなか、煌々とひかる建物に吸い寄せられるように足を向けた。

東京で働いていたころ、山手線のとある駅にひとり暮らししていた。
以前『記憶のカケラ』にもちょこちょこ書いたけど、楽しい思い出も多々あれど、かなり疲弊していたときも多い時代だ。
ひどいときには朝起きた瞬間から感情のスイッチをパチーン!とオフにして、「会社まで行けたら満点、会社まで行けたら満点…」をこころのなかで繰り返し、足を交互に動かすことだけ意識してどうにか会社に到着したり。
帰り道、こんなにもひとはみじめになれるのか…とおもったら、あまりにあんまりすぎて、逆にちょっと笑えたり。
そして、たいていはそんなにひどくもない、「あー、今日働く以外なんもしなかったな」という日々を送っていた。
仕事内容も一緒に働くひともすごく好きだった。けど、なんというか手持ちのエネルギーを根こそぎ持っていかれる職場だった。

閑話休題。
そんなへろへろの帰り道、わたしがよくすることがあった。
駅前の24時間営業の本屋を覗くことだ。

小説を夜更けまで読んでたこともあるけど(辻村深月さんにハマったのはこの頃です)、たいていは文字を読むことができないほど疲れていたので、マンガを手に取った。さらに生存が危ぶまれるほどだと、胸キュンが溢れるマンガを選んだ。胸キュンは、生きる力をくれるんです。
今日は実にクソみたいなろくでもない日だった…というときに本を読む。面白かったり、ほろりとしたり、もだえたり心が動く。そう、心がちょっとでも『動く』。元の場所から。すると、その日はろくでもない一日じゃなくなり、また明日も頑張れるだけのエネルギーとともに寝ることができた。

終電あたり、ふつうの本屋なら閉まっているだろう、その時間。
だけど、真っ暗闇のなか、まぶしいぐらいのひかりを放ちながら、本屋はいつもそこでわたしを待っていてくれた。
へとへとなんだから帰ってすぐ寝ればいいのに、栄養ドリンクを飲むみたいに、ご褒美のおやつを買うみたいに、今日の本を物色した。だいぶ切実な顔をして。
逃げたくはなかった。頑張りたかった。でも正直もう疲れちゃったんだわ。
そんなときに、ただ『傍観者』になれる世界に飛び込んだ。
手のひらにちがう世界。そこではいろいろが起こった。恋も青春も、魔法も殺人事件も。物語の息呑む展開とまったく連動せず、わたしと言えば散らかりすぎて崩壊した部屋のなかで寝そべるだけ。
だけどなんでだろう、わたしは見ているだけなのに。紙のなか誰かが『動く』姿に胸がじわりと熱くなった。それはそのまま、わたしの『動力』になったのだ。
しんどい時期を並走してくれた、あの24時間営業の本屋。
わたしはかなりの上客だったとおもう。
今もあるかな。思い出の光景です。


余談。マンガ読み友達が、「面白いマンガを読むと、それに引き換えわたしは何してるんだろう…って思っちゃうから平日はあんまり読めない」って言っていた。物事は人によって違うんだなあとあらためておもった記憶。

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雪町子

エッセイ

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