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プロトタイピング・禅・マインドフルネスによる課題解決 -HELLO DESIGN 書評-

※10/23 23:00 #meetALIVEのイベントで理解が進んだので 、プロトタイピングなど一部書き直しをいたしました。

「HELLO DESIGN 日本人とデザイン」を読みました。

  10月23日の #meetALIVE で本書の著者である石川俊祐氏が登壇されるとのことで、予習も兼ねて読みました。

  デザイン思考についてとても平易な文章で書かれており、デザイン思考を最初に学ぶのであれば、入門用としてとても優れています。「デザイン思考」はこれまでとは全く異なる新しい概念、思考方法のように聞こえますが、本書を読めば「人間中心主義」「課題発見のための思考プロセス」であり、自分自身がこれまで学んできたこと・やってきたことにもデザイン思考に通じるものがあると感じました。

  以下、自分がデザイン思考と通じるなと感じた内容です。

プロトタイピングで思考と自信を伝える

  本書のキーワードの1つに「クリエイティブ・コンフィデンス」という言葉があります。一言で言えば「自分の創造性に対する自信」です。自分の考えに自信を持ち、みんなに聞いてもらうことです。しかし、クリエイティブ・コンフィデンスは数字や前例・実績といった根拠がありません。ではどうやって相手を説得するか。プロトタイピングで自分の頭の中にあるものを作り、形にして人に見てることです。本書では、プロトタイピングでプレゼンをしたロブ君という大学時代の同級生が出てきます。

(以降、特に注釈がない場合は HELLO DESIGNからの引用)

結果を言えば、その斬新な作品を見た素材メーカーの方から、彼にお声がかかったのです。この時僕は、自分のアイディアに自信を持ち、頭から取り出し、形にして人に見せてみることをプロトタイプすることの大切さを強く感じたのでした。現在では彼は新規素材開発のエキスパートとして世界中で最も読まれているマテリアルの本を出版しています。 (P.65)

  IT業界でも、特に要件定義フェーズでこのプロトタイピングが行われています。実際に作る画面が顧客の要件を満たすか、技術的に実現が可能か、プロトタイピングで作成したものを見ながら顧客と議論をし、要件を深堀りしていきます。この過程がITの現場で行われているから、デザイン思考のプロトタイピングも同じと理解していたのですが、meetALIVEで友岡さんがIT業界とデザイン思考のプロトタイピングの違いに触れており、誤解していることがわかりました。

IT業界:プロトタイプ→システム完成形の見本

デザイン思考:プロトタイプ→トライエラーの繰り返し、プロトタイプは捨てることもしばしば

  デザイン思考では、プロトタイピングで踏み台になるようなコンセプトを提示することもあります。「自分の思考を提示する」だけでなく、課題の発見・解決を行うためのプロトタイピングでもあるので、没になるようなコンセプトも出てきます(昼ご飯を決める時に、まず「マクドナルド」という案を出してボツにする、いわゆる「マクドナルド理論」を連想しました)。

  その上で、プロトタイプで課題の発見、解決方法が判明したら、例えばプロダクトの作成に取り掛かります。ただし、出てくるプロダクトは、プロトタイプで作ったものとは全く異なる可能性があります。

これは、例えば「皆で高速に移動できる乗り物を作る」という課題があったとして、プロトタイピングでバイクを作ったものの、その後プロダクトを作るにあたって自動車に変わる、という理解をしました。あくまでプロトタイプはプロトタイプで使い捨てることもあり得る、プロダクトは発見した課題を解決することにフォーカスするべき、というのは、「課題にフォーカスする」という目的であれば腑に落ちました。

禅マインド・ビギナーズマインドの思考

 前述した「クリエイティブ・コンフィデンス」を持つためのマインドセットとして、本書では以下の4つを挙げています。

・曖昧な状況でも楽観的でいること

旅行者/初心者の気分でいること

・常に助け合える状態をつくること

・クリエイティブな行動を信じること

「旅行者/初心者の気分でいること」というフレーズから連想したのは、以前読んだ「禅マインド・ビギナーズマインド」です。

  禅マインド・ビギナーズマインドでは、禅の修行の目的を「初めての心を保つこと」にあると説明しています。例えば一度般若心経を唱えても、何回も繰り返すうちに、初めて唱えたときのことを忘れていきます。

  同じことが、禅の他の修行でも起こります。しばらくの間は初心者の心を保ち続けますが、二年、三年と修行を続けていくうちに、向上するところもあるかもしれませんが、初心が持っている無限の可能性を失いやすくなるのです。(中略)  初心者の心には多くの可能性があります。しかし専門家と言われる人の心には、それはほとんどありません。(禅マインド ビギナーズ・マインド 鈴木 敏隆著 松永太郎訳 サンガ新書 P.31~P.32)

  初心者の心は、あらゆるすべての可能性に対して開かれているということです。受け入れ・疑い・開かれている準備の心です。本書では、「ヨソモノの目」を持ち、見慣れている風景に新鮮な発見をすることができると書かれていますが、禅マインド・ビギナーズマインドを読んでいると、このあたりがすっと頭の中に入りました。ヨソモノの目は、課題を発見するための手がかりになりうるという説明も、腑に落ちます。iPhoneを作ったスティーブ・ジョブスが禅に傾倒していたのは有名な話ですが、ジョブスが実践していたのは、デザイン思考に他ならなかったのかもしれません。

マインドフルネスの実践

  デザイン思考のプロセスは、

・デザインリサーチ(観察・インタビュー)

・シンセシス/問いの設定

・ブレスト&コンセプト作り

・プロトタイピング&ストーリー作り

という4つで構成されていますが、最初の「デザインリサーチ(観察・インタビュー)」で元IDEOのデザイナー・深澤直人さんの訓練の内容が紹介されています。読んで驚いたのは、この訓練の内容が、マインドフルネスの訓練ととても似ていたことです。

 2人1組になり、1人はパンにバターを塗る。もう1人がそれを観察する。気づいたことをメモし、みんなでアイデアを出し合う。――たったそれだけですが、奥が深かった。(中略)そしてこのレッスン、「観察されるほう」もなかなか難しかったんです。だって、意識的にバターをパンに塗るなんて日常ではありませんよね。手前から塗る?やっぱり奥かな?バターナイフはどこに置く?……なんて、なかなか考えないでしょう?
だからそれを意識した瞬間、つまり自分を観察しようとした瞬間に、「あれいつもはどうしてるんだっけ?」とパニくってしまう。普段いかに自分が無意識にアクションしているか、不快だと感じていることに蓋をして生きてるのか、実感させられました。(P.88~P.89)

  著者は「バターを塗る」という行為を通じて、いかに無意識にアクションしているかを実感したと述べていますが、マインドフルネスには、「レーズンを味わう」という訓練があります。

以下、少し長いですが引用します。

  まず最初に、レーズンを観察することに注意を集中します。初めて見るようなつもりで観察します。指でつまんだ感触を確かめ、色や表面の状態に注意をはらいます。こうしていると、レーズンやほかの食べ物についてのいろいろな思いがわきあがってくるのに気がつきます。観察しているうちに、好きとか嫌いといった思いや感じも生まれてきます。
  次に、しばらくレーズンの匂いをかぎ、最後に、うまく口に持っていくために腕が手を持ち上げ、心と体が食べものを予期して唾液を出すのを意識しながら、唇にレーズンを乗せます。そのまま口に入れ、1粒のレーズンの本当の味を確かめながら、ゆっくりとかみしめます。
  十分にかんだら、飲みくだすときの感触を確かめながら飲み込みます。飲みこむと言う行為でさえ、意識的に体験することができるのです。飲み込んでしまうと、自分の体が、レーズン1粒分だけ重くなったような気がします。実際にそう感じることができるかもしれません。(マインドフルネスストレス低減法 J.カバットジン 著 春木豊訳 北大路書房 P.46~P.47)

  このレーズンを意識的に食べる訓練は「食べる瞑想」と呼ばれています。普段無意識でやっていることを意識的にやることで、注意を集中させることを見につけ、治癒力を高めることをマインドフルネスによるストレス低減法の目的としています。Googleではマインドフルネスを採用していますが、その目的はストレス軽減に限らず、チームワークや生産性の向上、創造性の発揮などを目的としています。マインドフルネスを採用することが、結果的にデザイン思考のプロセスを採用することに繋がり、課題を発見・解決する力を強化していると考えると、デザイン思考は特殊な概念ではなく、他の分野や既存の技術・思考を応用したものであり、一企業・一個人としても適用ができる技術だと理解しました。

(余談ですが、#meetALIVE 内で石川さんが「禅・マインドフルネスと関係はある?」という質問に対して、親和性はあると思う、デザインの話の最中にマインドフルネスの話になったことがあると述べていたのが印象的でした。)


デザイン思考の入門用として良書

  本書で述べている内容は、組織のあり方など多岐に渡っており、デザイン思考自体に馴染みが無い人でも、例えばティール組織であったり、新商品の開発プロセスだったり、とっかかりが随所にあるでしょう。そういった意味で、様々な課題を抱えている人、あるいは課題を見つけられないでいる人にとっては、デザイン思考の取っ掛かりとして良い本だと思います。

  ただ、本書には一点だけ不満があります。

参考文献がない
  デザイン思考とより深く理解し実践するのであれば、実際の事例であったり、どのように実践するのか、デザイン思考の歴史だったり様々な内容が必要になると思います。その時、どういった本を読んで理解を深めていけばよいのか、参考文献が必要になります。序章で、「デビット・ケリーやティム・ブラウンの著作もあります」と記載がありましたが、それであれば、参考文献一覧として、それらの本のガイドが欲しかったなあと感じました。

(本自体は検索すれば発見できますが、デザイン思考を理解するために、本をどのように利用すべきかガイドがあると嬉しかったです)

時間を作って読みます。


なお、デビット・ケリーやティム・ブラウンはTEDもあるようです。併せてどうぞ。


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