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【脚本】夜叉姫 最終話


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小夜と要の処刑の日。領主と千早も臨席している。千早は女性用の着物姿。妙は病み上がりの千早を支えている。刑場には柵が張り巡らされ、領内の民は柵の外側から見ている。五郎左衛門も群衆に紛れて見ていた。

(太鼓の音が鳴り響き、役人が文書を取り出し読み上げる)

役人 ここに並びし両名、篠山要・篠山小夜、我が領国にあだをなし、無用な戦を起こさんと画策し、我が娘、千早の命までも危うくした極悪人! よって本日、斬首の刑に処す!

(初めに小夜から処刑される。要はぎゅっと目を閉じたまま動かない。斬首の後、千早は扇子で口元を隠し笑っている。が、要と目が合い、強張った。要は千早は少し見つめ、ゆっくり黙礼した。
千早に迷いが生じた。千早の脳裏には、過去の「よいご領主になってください」と諭された記憶が蘇る。その間にも処刑の準備が整っていく。千早がたまらず止めさせようと立ち上がった瞬間、要は処刑され、首が落ちた。
勢いで少し転がった首を呆然と見つめ、ふらふらと首に近づいて行く。妙が「姫さま」と止めたがその声は届いていない。役人も「お着物が汚れます」と止めようとするが無視し、首を目の高さにまで持ち上げてじっと見つめた。
クックッと喉を鳴らし始め、突然大声での笑いに変わった。「わらわのものじゃ! 誰にも渡さぬ!」と叫んだ瞬間、妙だけが気づいた。その場にいる者が皆呆気にとられている。民衆の中から声が上がり始める。

民衆2 なんだ、あれは。・・・生首を抱えて笑ってるぞ。

民衆3 なんと恐ろしい・・・あれは人間じゃない、鬼だ。

民衆4 そうだ、鬼だ。(大勢が口々に叫び始める)あれは鬼だ。

民衆5 夜叉だ、夜叉姫だ!

 (役人に向かって)姫さまをお止めせよ!

(役人が「ご無礼を」と要の首に手をかけようとした瞬間、首をしっかりと脇に抱え役人の刀を抜き取って切りつけた。人々の悲鳴で騒然となる中、千早は首と刀を持ったまま刑場を走り去ろうとするが、そこにはまだ民衆がいる)

領主 ! いかん! 民衆を下がらせよ! 姫を外に出させてはならん!

千早 どけ! 邪魔をするな!(駆け寄った役人達は刀を振る千早に近づけない。無理に近づこうとして切られて怪我をする者も出てきた。民衆は阿鼻叫喚。柵の出口までやってきた千早の前に立ち塞がる役人達もいるが、姫に対して刀を振るうこともできず、切られてしまう) 

領主 (民衆が逃げたことを確認して)門を開けよ! 間合いをとり姫を囲め。誰にも近づけさせるな。囲んだまま、城に向かわせよ。

 (しばらく様子を見ていたが)お屋形様、姫さまはどこかを目指しておいでなのでは。

領主 何? 

 皆懸命に、姫さまが城に向かうように囲みを狭めたり緩めたりしておりますが、その度に姫さまは刀を振るい別の方角を見ておられます。

領主 一体どこを見ているのか。

 (千早の所領の山を指差して)あの山を。


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街中を首を笑いながらふらふら歩く千早。刀を持ったまま。
民は家の中でなむあみだぶつと唱える者もいる。
家臣達が千早を囲んだまま、向かう方へ進ませながら民衆を遠ざけている。家臣達の更に後ろから五郎左衛門が跡を追っている。

家臣1 逃げろー! みんな逃げろ、鬼が来るぞ! 

家臣2 刀を持ってるぞ、子どもたちを連れて早く逃げろ!

家臣3 生首を抱えた女だ。近づくんじゃない、殺されるぞ!

民衆1 生首を抱えて笑ってるぞ。恐ろしい・・・あれは人間じゃない、夜叉だ、 夜叉姫だ!


23

1と同じシーンだが、千早の心象風景。千早は夢の中にいるようなうっとりした表情。愛しい男と共に二人だけの世界を目指すような夢。

千早 わらわのものじゃ・・・ わらわのものじゃ・・・ようやく手に入れたぞ。要は誰にも渡さぬ。渡さぬぞ。
なあ、要。共にゆこう、民を、皆を守り、誰もが笑って暮らす国を作ろう。
我ら二人で・・・
(狂気を表現するのではなく、狂気に走ってしまった女の悲哀を表現する)


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城の領主の居室。妙が座り、領主は妙の方は見ず、外の景色を眺めている。


領主 (領主はその場を行ったり来たりする。苛立っている)まだ報告はないのか。もう四日にもなるぞ。千早はどこへ向かったのか。

 (慎重に一語一語ゆっくりと)お屋形様、確証はございませぬが、此度のこと、おそらく、姫さまのはかりごとと存じまする。

領主 ?! 何を言い出すのだ。

 思い出してくださりませ。姫さまの様子が変わられたのは熱をお出しになった後にございます。貞義殿を呼び寄せるように申されたのも、領内を案内すると申されたのも、小夜に茶を点てさせるようお命じになられたのも、姫さまにございます。

領主 ・・・(言葉が出ない)

 おそらく、貞義殿に出したお茶の毒味を申し出るように話を運んだのも姫さま。いえ・・・その辺りは、あるいは賭けであったやもしれませぬ。そしてあの刑場でのお振舞い・・・小夜の刑の折には扇子で口元を隠し笑うておられました。わたくしの知る限り、今まで耳にしたことがないような、異様なお声で。本当に姫さまかと、疑いたくなるほどに。

領主 まさか、そのような・・・

 要殿の最後に際しては、姫さまはお手が震えておいででした。そして首を抱えて発せられたお言葉。

領主 (千早が『わらわのものじゃ! 誰にも渡さぬ!』と叫んでいた記憶が蘇る)いつからだ。いつからそのような・・・

 (苦しげに)おそらくは・・・木から落ちた、あの日からと・・・

領主 な・・・(言葉にならない)

 申し訳ございませぬ! わたくしの落ち度でございます。長く姫さまのお側におりながら、あのときの姫さまを目にするまで、思いもよらなんだわたくしの! どうかわたくしを罰してくださいませ! いかような罰もお受けいたします!

 お屋形様。

領主 爺! なぜここにおる。蟄居を命じたはずだぞ。

 恐れながら、それがしもあの場に、民衆に紛れて潜んでおりました。そしてお屋形様のご命令と欺き家臣達を帰らせ、姫さまの跡を追い続けました。

領主 ! 勝手な真似を!

 他の者には他の務めがございますゆえ。急ぎ支度をせねば、嵐山はいつ攻め入るかわかりませぬぞ。
しかしそれがしは、姫さまのご最後をお伝えすれば用済み、いかようにもご処分を。

領主 ・・・聞こう。(妙・爺には背を向ける)

 姫さまはご城下を抜け、田畑を過ぎ、姫さまのご所領の山へ向かわれました。道中はご下命により、出歩く民はおらず、それがしが後ろから声をおかけしても気にした様子もございません。
邪魔をする者がいなくなった後は刀を捨て、大事そうに要の首を抱いておられました。
時折、『ずっと共に』『お前と行こう』などと呟かれて。おそらく、この世の何も見えてはおられなんだと・・・

領主 ・・・そこまで・・・!

 夕方になろうと夜になろうと、決して歩みを止めずひたすら登られ、夜明け前、頂きまで登られるのかと思い始めた頃、滝の音が聞こえました。
滝の水が湖となり、木々が良く育ち、人の気配のない静かな場所でございました。
姫さまはその湖の側で静かに横になられ、要の首を胸に、眠るように身罷みまかられました。穏やかな笑みを浮かべられて・・・

 (堪えきれず嗚咽)

領主 (二人に背を向けたまま)二人の亡骸なきがらは。

 は。山犬に喰われぬよう、土を深く掘り、埋めて参りました。掘り起こし姫さまのお弔いをするまでと。それがしがご案内いたします。

 わたくしもお連れくださりませ!

 無論、妙殿もご一緒に。

領主 ・・・ならん。

 (真意を測りかねて)ならば、妙殿は後ほど寺の方へ。

領主 寺での弔いなどせぬ。そのままにせよ。

 お屋形様?! それはあまりに・・・

領主 ならん! 要は我らを欺き謀反人として罰を受けた。千早は愚かな謀でこの国を危うくさせた。民の、家臣の命を軽んじたのだ、おのが一人の望みのために!

 お屋形様・・・

領主 ・・・わしが愚かであった。わしの愚かさが、我が子を追い詰め、忠臣を失い、国を危うくした。
初めから千早を女子として育てたなら、家督を譲るなど考えねば。要のことを気づいてやれていれば・・・。二人でこの国を守っていけたやもしれぬ。それを・・・!

妙・爺 (領主の肩が震えていても何も言えない)

領主 ・・・いや、誰か一人の罪ではあるまい。わしにも、妙にも、爺にも嵐山にも、あるいは、今の世に生きる者たち全ての行いも、糸のように絡み合った末の罪なのかもしれぬ。
しかし、我らはまだここに在る。そして、もはや戦は避けられぬ。わしはわしの務めを果たさねばならん。

(家臣が入ってくる)
家臣4 お屋形様、盟約を交わした国々から書状が届いております。支度が整った由。

領主 妙、爺。わしの頼みを聞いてくれぬか。二人は寺で弔うわけにはいかん。・・・代わりにそなたらが弔ってはくれぬか。そなたらは生き延び、できる限り長く、傍で。わしの最後の頼みと思うて。

 お屋形様・・・(涙で話せない)

領主 そして、埋めた場所に桜の木を一本、春が来る度に咲き誇り、二人を慰めてやれるように・・・



(終)


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