【#noteでよかったこと】Paletteにて漫画を描くことになりました


みなさん、こんばんは。
今回はnoteお題「#noteでよかったこと」に参加します。

ちょうど、今回のテーマは自分の中で書こうと考えていたことでした。タイミングよくお題になったので、この機会に整理して書いてみようと思います。noteを書くまでの話から、WEBメディアに寄稿するようになるまでの話です。

noteを始めたきっかけ


さて、私  遠山怜は、作家のエージェントという仕事をしています。大まかにいうと新規作家の発掘や書籍企画の立案、出版社への営業や交渉代行などをメインの業務としてやっています。

このnoteを始めたきっかけは、コンテンツを紙の媒体で読者に届けるやり方に飽き足らず、もっと開けた形で、もっと深く交流したいと考えていたからです。当初は所属作家の方にnoteを始めてもらうので、その前に自分で使ってみてやり方や、ポイントを学んでおこうと思って始めたのがきっかけでした。

最初は、書いてみて自分の文章力も上達すると良いな、という気持ちとリサーチ気分で始めたものです。そこまでのめり込むつもりもなく、ちょっとしたマーケット調査の一環で始めたものでした。物事を誰かに成功させようと思うならば、まずは自分がコツをつかまねばならない。そんな思いから始めました。


しかし、やってみて最初に突き当たったのは、「ここで自分が発信する意味は何か」という疑問です。出版関係者の内輪話も、文章術も、編集の仕方も、すでに他の方がたくさんやられています。自分が所有している経歴から考えても、その方々が語るのが妥当でしょう。竹村さん加藤さんが語ればよろしい。「ここで自分が語れることなんて、なにもないのではないか」。気分よく始めたものの、始めに行き着いたのは自分の存在価値がわからないという壁でした。


当時は有用な情報を提供しよう、役に立つノウハウをアップしていれば誰か見てくれるに違いないという考えでいました。もちろん、それは大筋では間違っていないでしょう。ノウハウものには、強いニーズがあります。最初は自分もそういったものを、WEB上で提供する人間でいようと思いました。

自分の存在を見出す

転機となったのは、この記事を書いたことです。


それまではテキストベースで書いており、自作の絵が入る記事もありましたが、あくまで挿絵としての絵でした。デジタルで絵を描いたことがなく、ソフトの使い方もよく分からなかったため、ほとんど手探り状態。しかし、この記事については下手な絵を描いているという羞恥心を抑えて、絵をメインにして書きました。


そもそもこの記事は、自分の中で書く予定がまったくなかったものです。しかし、日常生活の中でどうしてもこれは書かねばならぬ、とある時に強く感じ、何も考えず手探りで書いてアップしたものです。


そのきっかけの出来事について、具体的な氏名や状況はここには書けませんが、とある意見を見聞きしたことです。その人は、自分とは直接関係のない人でしたが、若手で頑張っておられて、SNSやWEBで積極的な自己発信をされている人でした。

その人が、業界の経験がそこまでないのに自己発信するなんて、あなた何様なの、と非難されているのを見たときに、これは何か書かなくてはいけないと思いました。それも、非難している側の人ではなく、されている側の人間に。


もっとも、それを書いたところで本人に直接届くことはないと分かっています。それでも、これは見捨ててはいけないと思いました。そう思ったら、自然と手が動いたのを覚えています。



客観的にはへたくそな絵ですが、これを書いて公表することは、きっと意味がある。下手だと笑われてもよい。コンテンツ業界にいると、こんなクオリティのものを世に出すなんて、と非難されるかもしれない。でも、それでも自分がどう思ってどう考えたのか、WEBの片隅に置いておこう。これは自分の意見として、世の中に出しておきたい。



スマートなものを提供してよく思われよう、かっこつけようという自分の中のしがないプライドが、その時、消失しました。


どうせ反応は20いいねぐらい、端にも棒にもかからないだろう、というノリで投稿したのですが、蓋を開けてみるとものすごい反響をもらえました。それまで交流のあった方から、まったく知らない方、世の中でよく知られている方まで、あれよあれよと拡散していただけ、結果的に4,000近くのいいねをもらえる記事になりました。



その当時はtwitterアカウントをようやく持った頃で、フォロワー0なのに記事をツイートしていたような、散々な状況でした。拡散もなにも、誰かと繋がりのない、閲覧者の存在しないアカウント。SNSマーケターからは拡散とは何か、滔々と膝を詰めて説教されかねないアカウントでした。にも関わらず、多くの方がリツイートしてくれました。



これまで、あるべき自分というものを目指し、世間でうまくいっている人たちの真似事のような形で書いてきたのに、自分が思っていることをそのまま出したもので、こんなふうに評価してもらえた。これが自分の中で、大きな転機となりました。


自分がここで発信するのは、自分が自分であるからだ
自分が、自分として生きていて、今の自分で伝えられる何かがある」。


そう思ってからは、気持ちがぐっと楽になったのを覚えています。もちろん、誰かにとって有用で、学びがあって、少しでもいい気分になれるものを提供しようと思います。しかし、もっと自分がこれまで考えてきたとりとめの無いものや、ちょっとした思いを表現しても良いのだ、と気づきました。これまで自分の中ではるかな高みにあったハードルが、急に手元近くにやってきた。そんな感覚を抱いたことを覚えています。


そう思った瞬間、自分のなかから様々なアイデアや書きたいものがあふれてきました。以前は、書くネタがなくなるかもと恐れていましたが、今ではネタがありすぎて目移りする毎日。もともと、自分の中で発表する先の無い、いろんな作品の構想を練る癖があったのですが、それを形にしても良いのだと気づくと、それらを縛っていたひもはスルスルとほどけていきました。


これは楽しい。


自分の立ち位置を見失い、ぼんやりした不安感を抱えて飛び込んだnoteの世界で、表現することの純粋な楽しさを手に入れたのです。それは、凍らせたスポーツドリンクを溶かして飲む最初のひと口のように、激甘なものでした。栄養が体のすみずみまで行き渡って、死滅した脳神経がやわらかく活動を開始する。


何も書けるものはない、提供できるものもない、ネット上に居場所もないと思ってきた。しかし、これまでの自分の人生と考え、世界への態度こそが、書くべきものである。


最初のころのような、圧倒的な反応はもらえなくなっていましたが、それでも一定のペースで書き続けてきました。自分の頭の中を外に出すことが楽しい、という気持ちとともに、自分がこうしてやり続けていることには、必ず意味があると思っていました。


今日、明日に明確な何か、というリターンは得られないが、自分を表現することは、必ず何かにつながっている。その強いある種、信念に近い何かが自分を走らせていました。


仮に一度でもヒットしたり反応のあった記事を持っていると、その後にうまく反応が得られないと折れやすくなります。無論、自分もその範疇から逃れられません。しかし、熱心に見てくれる方がメッセージをくださったり、嬉しいコメントをくれたりと、周りからの暖かい支えがありました。また、他の方があきらめずに続けている様に、励まされたという側面もあります。

どうやら、自分の書くものが誰かにに面白いと思ってもらえているらしい。その人たちのためにも、書こう。


SEO対策がばっちりされたサイトや、もっとセンセーショナルで人目に付く記事はたくさんあるけれども、見てくれている人と、まだ見ぬ誰かのために書こう。


自分はさしたる影響力のない人間ですが、それでも、こういった意見を持つ人間がいると世界に表示していることは、何か意味があるはず。いや、みんなはもっと有用なことやかっこいいことを書いてくれるから、誰も書かないようなことを自分はやろう。自分はここに立つ


noteに書くことで、自分の想いや純粋透明な欲求、そして意外な強さに立ち返ったのだと思います。表現することで、誰かに会いたい。そういった気持に気づきました。あらためて、noteのサービスを日々支えている運営の方にはお礼を言おうと思います。どうもありがとう。


そして立候補


そんな中、twitterである告知を見かけました。「メディアでイラストを描ける方募集中」。それはLGBT向けの情報を発信しているpaletteさんで、SNSなどで情報を発信するにあたり、メッセージをイラストで伝えられる方を募集している告知でした。


純粋に、やりたい。早急にpaletteの理念や今まで発信している内容を確認し、自分の考えていることと合致することを確信しました。なんの実績もないけれど、これは自分がやらなくてはならない。採用してもらえるかわからないが、とにかく書きたいことがある。書けることがある。自分ならもっと違うアプローチから、伝えられることがある。


通常、note経由でお仕事をもらうというケースが多くあるようですが、自分は自ら営業に行きました。待っているのは、嫌だ。迎えにいこう。


イラストレーターでも漫画家でも、美大出身者でもないから、門前払いを食らう可能性は大いにある。見ていただければ分かりますが、自分は漫画を書くくせに、絵が上手いわけではありません。コンセプトメイキングやストーリー作りは多少できますが、デザインセンスであふれているわけではない。

出版社に初めて持ち込む新人漫画家のように、もしかしたらという高揚した気分と、手ひどく拒否されるかもしれないという恐怖が、悪酔いするカクテルのように自分の中でどろどろと交じり合っていました。このようなことは業務上、審査する原稿や書籍企画書に対してよくしていることなのですが、まさかされる側になるとは、まさに因果応報というやつです。

しかし、仮にダメだとしても、こういった活動をしている運営側の人と話してみたい。そして自分は、そこにある結果を見なくてはならない。そうしたときに、自分に勇気をくれたのは、自分が書いてきたものたちでした。


自分自身はnoteにある。恐れることはない。自分の過去というものが、何かを書かせ、書いた何かが自分自身に回帰するだろう。ここで空振りになったとしても、自分には自分がある。


自分で書いた記事を自分で紹介するのは、非常に、なんというか、恥ずかしい感じが否めなかったが、正直なところをお話した。


すると、相手からは意外なお返事。
「遠山さんの記事、前見たことありますね」
「この、最新の記事とかいいですよね」


インターネットすごい・・・。直接コンタクトする前に、どこかで出会っていることもあるのか。インターネットの広さと、その狭さと接近可能性にくらくらしつつ、訥々と自分の思いを語る。


おしゃべりは激烈に苦手だが、やってきたことを外に出せれば、怖いことではない。自分が築いてきたものを、しっかりと話すだけだ。自分の書いてものたちが、しっかりと自分を支えてくれた気がする。


結果として、まずは1つ書いてみましょうということになった。ガッツポーズ。自分の考えていることを、ぜひ書いて欲しいと言っていただけた。もう1回ガッツポーズ。


その後、やりとりを交わし、まずはtwitter用2本とHP用のコラムを書くことになった。twitter用はすでに公開し、HP用はこれから公開予定。



活動の幅を広げることで、何かを言われる可能性は十分ある。話題的にも自分のことを快く思わない人間もたくさん出るだろう。この界隈には、色んな立場の人たちがいるので、すべての人によく思ってもらえるのは至難の技だろう。自分のような立場の人間の利益を思えば、誰にでも好かれるよう、誰にでも合わせられるように見せておいたほうが本当はいいに決まっている。が、しかし。


それでも自分には書きたいものがある。SNSでもリアルな反応にさらされることで、メディア展開の技術も磨いていきたい。この3発以外にも粛々と書いていく予定だが、もしかしたらそれはpaletteさんの意向と違う内容も出てくるかもしれない。そういう場合は、他のメディアに自分から声をかけに行こうかと思っています。


その強さをくれたのは間違いなくnoteだと思いますし、自分自身で書いてきたからこそ。真の強さは、自分の奥底からやってくるものだ。


思ったより長くなってしまいました。これにて終わろうと思います。あ、そうそう、この記事の言いたいことをまとめて、学びある記事にしなくてはいけません。それはただひとつだけ。


書くことは楽しいぞ。

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君の後ろにいるよ
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lay toyama_遠山怜/ 作家のエージェント(兎)

出版プロデューサー/コンテンツ発掘人&自分もコンテンツ作る人。 前職は広告野郎。『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』6刷『ウケる人、スベる人の話し方』3刷。創作に関するノウハウやメンタリティを発信。創作する人を応援。noteマガジンpicker/企業ブランディング支援。

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