外山恒一&藤村修の時事放談2015.11.26「しばき隊“闇のキャンディーズ”事件を語る」(その6)

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 「その5」から続いて、これで完結〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 2015年11月26日におこなわれ、紙版『人民の敵』第15号に掲載された対談である。

 対談時点ですでに「しばき隊」は「クラック」と改称しており、対談中では正確に「クラック」の語が主に用いられているが、一般には「しばき隊」の名称のほうが浸透しているから、まず「もくじ」などでおおよその内容を把握したい人の存在を念頭に、小見出しなど本文以外の部分には「しばき隊」の語を用いた。

 第6部は原稿用紙換算26枚分、うち冒頭7枚分は無料でも読めます。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその7枚分も含みます。

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 どう考えても運動状況は3・11以前より劣化してる

藤村 やっぱりカウンター側にいた歴代の人たちでは、清さん(清義明氏)とノイホイさん(菅野完氏)が例外的に理論的で教養ある存在で、今はそういう人がカウンター側にいないんじゃないかな。……ともかく“3・11以降、運動状況は大きく前進した”みたいなことを云われると、オレなんかは「はあ?」って思う。どう考えても、3・11以前より劣化してるとしか思えない。

外山 3・11直後と比べてさえ、どんどん劣化してるよ。初期の反原発を担った素人の乱と比べれば反原連(首都圏反原発連合。12年夏の首相官邸前抗議の中心団体)は劣化してるし、反原連や“しばき隊”と比べてシールズやクラックは劣化してる。後退、後退の5年間ですよ。
 ただぼくは、あまり科学的根拠のない“10年周期説”に依拠してるんで(笑)、“何年代前半”ってのは後退期でロクな運動が出てこないものと最初から見なしてて、“3・11以降”の運動にはそもそもほとんど何も期待してなかった。“何年代前半”は何をやっても有意義な運動展開的には結びつかなくて、ぼく自身、ただひたすら“士気を維持する”ことだけを目的にいろいろやってきたようなもので……。
 だけどいよいよ“高揚期”であるはずの“何年代後半”に突入したし、来年あたり何かすごいものが出てくると思う(後註.2019年現在、おそらく何も出てきていない)。あるいはすでに出てきてて、ぼくが気づいてないだけかもしれない。もちろんシールズが“それ”でないことは百%の確信を持って云える(笑)。あるいはただ待ってても何も出てこないとしても、こっちが主体的にラジカルなことをマジメにやり始めれば、それなりに良い展開につながり得る情勢にはなってくるだろうし、少なくとも何かの火種にはなり得るでしょう。それもあって“内在的な民主主義批判”に転じたとも云えるんだけどさ(笑)。

藤村 なるほど。……そう云えば、シールズへの論評で、さすがだなと感心した1つが矢部史郎のもの。彼がやってるネットラジオを聴いたら、彼はシールズに肯定的なんだよ。その理由がかなり笑えて、シールズに集まってるのは、ちょっと前なら震災ボランティアで福島に行ってたようなタイプの学生たちだ、それがボランティアなんかに行かず、政治的な運動をやってるというのは画期的である、と。
 矢部史郎は“福島を復興させるな”論者でしょ? 放射能汚染で復興なんか無理なんだし、むしろ全員避難させるべきで、当然ボランティアなんか自ら被曝しに行くような愚行だ、って立場なんだから、それなりに筋は通ってる。彼にすれば東北への震災ボランティアなんか、“悪”の自覚がないぶん普通の“悪”より悪質な“悪”で、本来ならそういう“悪”に染まりそうな連中が、福島なんかに行かず首相官邸前とかに集まってるのは良いことだ、って(笑)。
 で、それに続けて彼が云ってたのが、「だから我々は彼らの運動の邪魔をしてはいけない。彼らとは別個に運動を進めていくべきだ」ってことで、これは、わざわざシールズのデモに押しかけて「我々を排除するな」とか抗議してるヘサヨ的な人たちへの批判にもなってる。

外山 そういうことだよね。ヘサヨはシールズを攻撃することに何か意義を見出してるみたいだけど、そんなことねーよ、と。シールズに批判があるなら、シールズのことは放っといて別個に独自の運動を立ち上げろ、と。まあ基本的にはぼくと同じスタンスだな。80年代末の反管理教育時代から90年代末まで共闘関係が続いた“最後の同志”だけあって、もともと発想はかなり似てるんだ。そもそも3・11以降の反原発運動にしても、ぼくは主流のリベラル派から距離を置いて“独自に別個にやる”という路線でやってきたしね。

藤村 たぶん矢部史郎もシールズに対して政治的有効性なんか1ミリも感じてない。にも関わらず、彼らを「ボランティアに行かないだけ偉い」とか云ってる(笑)。で、やるべきことは彼らとは別個にやるべきだ、と。さすが外山君の宿敵だけあって、ちゃんと冷静に情勢判断してるなあと思った。


 矢部史郎の男気?

外山 しかし一方で、かつてぼくに対しておこなったのと似たようなことを性懲りもなく最近もまたやってるみたいだよ。

藤村 と云うと?

外山 矢部は今、故郷の愛知県(春日井市)にいるでしょ。3・11の直後、「東京も危険だ」って云って移住した。実際に東京も危険なのかどうか、ぼくには判断つかないけど、まあ、あれだけ大騒ぎした以上、矢部もなかなか「やっぱり東京に戻ります」とは云えないんでしょう、今でも基本的には愛知に拠点を置いてるらしい。
 愛知で本腰を据えて自分の運動圏を確立するしかないと考えてるはずだけど、当然、矢部なんかよりずっと以前から愛知で活動してる人たちがいるよね。とくにE君っていう、ぼくも多少は面識がある、ぼくらより2、3歳下の、かなりクセのある“異端的極左活動家”がいて、非常に鬱陶しい奴なんだけど(笑)、なかなか優秀な活動家でもあるようで、愛知にしっかり根を張ってるんだ。向こうのフリーター労組の中心的活動家の1人でもある。
 このE君が矢部をかなり嫌ってて、矢部としては相当やりにくいというか、とにかくE君が目障りな存在なんだと思う。で、どうも矢部はE君を失脚させて、自分がE君になり代わって愛知の運動シーンのヘゲモニーを握りたいようで、またしょーもない謀略を練ってるみたいなの。E君の女性関係に介入して、E君を“女性差別者”として糾弾しようとしてるらしい。要するに15年前にぼくに対してやったのとまったく同じ手口だね(笑)。
 しかもやっぱりまた山の手緑(93年頃から矢部と共闘している女性活動家で、共著もある)とタッグを組んでるって(笑)。ほんとに懲りない奴だ。

藤村 そのE君を潰しにかかってるの?

外山 そうみたい。

藤村 どうせなら福岡に移住していのうえしんじを潰してほしいよ(笑)。まあもっとも矢部史郎は、今のシールズやクラックの人たちには“ヘサヨ”に分類されるだろうし、「福島を復興させるな」って云ってるぐらいだから、最も典型的な“ヘサヨ”扱いをされて、福岡に来ても一番嫌われるタイプのような気もするけど。

外山 それにしても、矢部史郎は意外なことに、ここ何年かの“しばき隊vsヘサヨ”のバトルをはじめ、カウンター関係にはまったく絡んできてないよね?

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