私の〝公有地闘争〟(後篇)

 【外山恒一の「note」コンテンツ一覧】

 「前篇」から続く〉

 「前篇」と「後篇」のみです。
 いつもと同じく原稿用紙1枚分10円で料金設定してますが、いつもと違って無料で誰にでも読める形にはしないほうがいいかなあという話も多く、冒頭無料公開部分はとくに後篇はかなり少なめです。
 「前篇」は原稿用紙換算44枚、「後篇」は同45枚です。

     ※

 O市公演も私が土地交渉を担当した。2014年のことである。どくんごは当時、O市にはほぼ何のツテもなかった。私は12年以降、九州各地の〝ヘンな飲み屋〟を開拓する活動にイソシんでおり、すでにO市やすぐ隣のB市にも行きつけの飲み屋を大量に作っていたので、まあ何とかなるんじゃないかと軽く考えた。
 そもそもO市公演は、14年のスケジュールがおよそ固まった段階で、急遽入れられることになったものである。九州南部のMj市公演から北部のKq市公演まで、ポッカリと中途半端な空白期間ができてしまっていて、入れようと思えばその中間のどこかの地域で1日公演であれば入れることができる、という状況だったのだ。「入れましょう、入れましょう。そうなるとやっぱりO市あたりでやるのが一番スケジュール的に自然ですよね」と安請け合いして、私はO市に飛ぶことになった。
 そういう経緯だったから、実は時間的な余裕がまったくない。本番まで2ヶ月ぐらいしかない時点だったような気がする。どうせ「まず音が出ますよね? しかも料金を取るんでしょう?」から始まるFラン役人との攻防に最低でも数週間という時間を割いている余裕はない。最初からもう、〝議員に頼る〟気マンマンである。
 私は事前に、O市に隣接するB市の、すでに何度も訪ねたことのある某飲み屋のマスターにメールで連絡した。全九州規模、ひいては全国規模で展開する私の〝飲み歩き〟活動の起点の1つとなったような飲み屋で、12年に初めて顔を出した時、マスター氏は私のことを政見放送などで知っており、しかもちょっと〝尊敬〟してくれてもいたらしく、「外山さんからお金は取れませんよ」と行くたびにタダで飲ませてくれてるような人である。さらに驚いたことには、私より数歳若いのだが、飲み屋を始める前にごく短期間、B市議を務めたことがあるそうで、だったらすぐ隣のO市の市議の1人や2人、知っているんじゃないだろうかと思った次第である。
 マスター氏はすぐに心当たりのO市の議員の名前を教えてくれた。面識はあるから、一緒に行ってもいいとまで云う。ただ、そのO市の議員が、どういう思想傾向の人であるのか、マスター氏からの返信メールからだけではよく分からなかった。それに、いかにマスター氏が付き添ってくれるからといっても、私のような見るからに怪しい風体の人間が突然現れて、ちゃんと相談を聞いてもらえるかどうかにも自信がなかった。

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