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#4 最高に”トゥース”なお守り ~帰りに受けた取材であまりにも喋れなさ過ぎたリトルトゥースが、改めて「オードリーANN東京ドーム」を言語化してみた~

Road to TOKYO DOME !!

 2023年3月18日、深夜1時に東京ドームの巨大バックスクリーンに「2024年2月18日オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム開催決定!」という文字がでかでかと表示されました。リスナーである僕は、放送開始してしばらく経った後東京ドームから収録していることが分かった時に少し勘付いてしまった部分はありますが、この発表をまだ何も知らない春日さんと一緒に受けた瞬間、その確信が9から10に変わり、夜中に一人で大歓喜したことを覚えています。その感情の中には、当時の僕個人の東京ドームとの因縁だったり(決してマイナスなものではありません)、ラジオの一番組が東京ドームでイベントをやるという歴史的事象とその発表の目撃者となれたことへの興奮だったり、オードリーが東京ドームという場所に立つことへの感動だったり。とにかく色んな感情が混ざり合っていました。
 

ライブOPでラスタカラー号に乗り、
とんでもない速さで東京ドームを駆け巡って、
リトルトゥースの度肝を抜く若林さん

 その日から時間が経つこと11か月。リスナー一同が待ちに待った「オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム」が先日2024年2月18日に、無事開催されました。個人的にこの約1年間は精神的につらく苦しくて、もう100回くらい心の中で「終わった。」と絶望を叫び続けたと思うけど、この日がどこかで自分の生きる心の支えになっていて。勝手ながら自分の夢もオードリーのお二人に託しつつ、何とか当日まで生き抜くことが出来ました。

本題へ行く前にこれだけは言っておきたいこと

ライブビューイングのある梅田TOHOシネマズへ

 2月18日当日、僕は梅田のTOHOシネマズに居ました。
「え?うそでしょ?」最終応募まで粘りに粘り、最終的にはスタンド見切れ席を第一希望で抽選参加したチケットもあっさりと外れました。概して通算101回目の絶望。その光景を生で見届けるために生きてきたのに。「まぁでもそれだけ倍率が高いってことだよな。まずは埋まって良かった。」そう自分を何度も納得させようとしていた時、SNSで目に入ったのは取引サイトで定価よりも遥かに高額で出品されるチケットの写真たち。あの時、明確に転売ヤーへ殺意を覚えたかもしれません。なぜこんなことが出来るのか理解に苦しんだし、こういう人たちにチケットがわたっていること自体が心底悔しかった。

 ただ、番組のある回で若林さんが転売ヤーに対してハッキリと我々の気持ちを慮った態度を示していただけたことは本当に心の救いでした。その後、一部の転売チケットに利用制限をかけるなど、ニッポン放送側の転売ヤーに対する断固とした姿勢も素晴らしくて、その一つ一つのリスナーへの思いやりにとても感動しました。

 もうこの文章内ではこれ限りにしますが、僕は今後も【絶対に】転売ヤーを許しません。イベントに行けたかもしれないリスナーの参加できる可能性を奪い、全席をリトルトゥースで埋めるという夢を奪い、自分たちの私腹を肥やすことしか能がないあなたたちを。まぁ人間はエゴの塊ですから、この話を拡張させれば、色んな問題に行きつくのでしょうから、そのエゴそのものは否定しません。が、そちらがその気ならば、こちらも守りたいものを守るというエゴ全開の全力であなた方を潰しに行きますのであしからず。

梅田のライブビューイングであった良いこと

 まぁということで、僕と友人は梅田のTOHOシネマズからライブビューイングで参加することとなったのですが、そんな会場でも小さな良いことはありました。それはリトルトゥースの知り合いが新たに出来たことです。彼とは映画館に行くまでのエレベーターで一緒になりました。二人でエレベーターに入った瞬間、同じパーカーを着ていることに気が付き、お互い目を合わせて「リトルトゥースですよね?」と質問。グッズを身に着けた一般人なんて居るわけないのですが、確認が取れた瞬間、ゾンビ映画よろしく、この世界に居る数少ない生存者と巡り合えたようでとても嬉しかったです。年下の彼は、大学生で、アルバイト先の居酒屋ではいつも東京ドームTシャツを着用し、それを見て気付いたお客トゥースとも交流するほどオードリーのオールナイトニッポンが好きだったそう。待ち合わせしていた友人が来るまで談笑しつつ、最後には写真も撮ってバイバイしました。

 自分が本当に好きなもので誰かと繋がり合えるって本当にうれしいですよね。そこでしか通じ合えない共通言語があるっていうか。だからこそ初対面でも初対面な感じがしなくて、「ずっと同じものを好きでいましたよね?」っていう事実がお互いを繋いでくれる。特にラジオはコミュニティも狭いし、そういった人と日常で巡り合うことが難しいからこそ、そこのつながりは強固なものだと思います。おそらく消滅危機にある民族集団的なやつ。

電波の向こう側に居た”同じ周波数のムジナ”たち

山崎怜奈さんのXの写真から引用させて頂いてます

 ただ、今回のイベントはそんな世界各国へちりぢりになっていた5万3000人の民族集団が、デジタルを介してではなく、ついにリアルで一つの場所に集まったんですよね。その光景は想像していたものよりも遥かに圧巻。今までにも東京ドームは櫻坂46・日向坂46のライブで足を運んだことはありますが、それらとはまた意味合いが違う。山崎怜奈さんのお言葉をお借りするなら、「周波数の先に居た人たち」が実像として現実に可視化された光景だったことによる感動がとても大きかったんです。「この場所に居る人ほぼ全ての人たちに、ラジオの文脈が伝わるんだ。」ということの信じられなさたるや。現にそれが成立したからこそ成功することができたイベントだったと思います。

 そして、当日はライブビューイングやおうちから配信で見ていた方々も合計すると、全部でなんと16万もの人々があの時間を同時に共有していたと知り震えました。16万人のリトルトゥースの思いが2月18日に水道橋付近へ注がれていたのかと思うと、ドームシティが呪霊の巣窟になってしまうのではないかと冷や冷やしますが、それほどの熱量が凝縮された東京ドーム現場は外からは分からないほどに異質な空気を漂わせていたのではないかと思います。

15年かけて少しずつ広げていった最大規模の【内輪】

サプライズゲストのフワちゃんと星野源さん

 当日の詳しい内容は各番組パーソナリティーが話していたりすると思うので割愛しますが、「フィールド・オブ・ドリームス」のトウモロコシ畑をさまようケヴィン・コスナーのパロディ映像に始まり、チェ・ひろしのコーナーで行われた春日さんの新車ゲレンデ駐車チャレンジ、春日家の「味玉問題」に端を発した春日vsフワちゃんの代理プロレスマッチ、若林さんによるDJプレイなど、番組を聴いていない人はなんのこっちゃ分からない演目が続き、それに対して全リトルトゥースが大爆笑するという最大規模の究極な内輪イベントがそこにはありました。先日、NHK「あさイチ」のラジオ特集にて、星野源さんが「内輪を広げていくと内輪にならなくなっていく」ということを仰っていましたが、その一つの終着点があの空間だったと思います。むつみ荘という半径2-3メートルから、15年という長い月日をかけて着々と広げていった内輪が、現在のオードリーのオールナイトニッポンなのでしょう。

 16万という数字は、YouTube登録者数やSNSのフォロワー数と並べると大したことない数字かもしれませんが、ラジオリスナーの16万人は、熱量の高さと質も含めると、純度の高いファンの数としてはとてつもない数と言えると思います。

    それにしても、ゲレンデ駐車チャレンジは笑ったなぁ。高級車にボールを投げつけたりクリーム砲を撃ち込んだり、時代に配慮しつつも、「勢い的に絶対ボディに何かしらのダメージあるだろ笑」ってぐらいのギリギリなラインでやってて、お腹ちぎれるぐらい笑いました。自分にとって世界がスローモーションになる瞬間がああいう瞬間で、こういうものを観るたびに「生きてる~」って感じがするんですよね。これからもずっと見続けていたいです。

『LIGHT HOUSE』真の最終回

番組名言をサンプリングしたDJプレイを披露する若林さん

 もちろんオードリーのお二人を中心に「オードリーのオールナイトニッポン」のイベントであることは了解しつつ、やはり個人的に一番のハイライトは、若林さんと星野源さんによるライブステージでした。お二人は双方がリスペクトを送り合う仲であり、数々のテレビ・ラジオでの共演を経て、2023年にNetflixで二人だけのトーク番組「LIGHT HOUSE」に出演し、互いに売れない時代の苦労話や過去・現在の悩みを吐露し合いました。番組では毎回、エピソードからインスピレーションを受けて星野さんが1話ごとの曲を作り最後に披露していたのですが、その内の1曲「Orange」という曲でお二人はコラボしていました。東京ドーム当日、実は星野さんは「絶対に動かせない予定」によって自身は出演することはないと明言していましたが、ドームの数か月前に急遽出演することが可能に。自身のファンには申し訳ないと思いつつ、純なリトルトゥースに配慮しながら、優しい嘘をつき通してくださった星野さんには本当に頭が上がりません。

 DJプレイを終え、若林さんがブースから降りると「Orange」のイントロが。するとドーム中央から「久しぶりだな東京ドーム」という穏やかな声。脚光が当たるまで、せり上がってきたのが星野源さんだとは信じられませんでした。それほどまでにこのイベントに星野源さんが姿を現すことは、予想外なことであり、特別な事だったのです。存在だけでドームの空気を一変させる星野さんのオーラは、画面を飛び越えて現場から劇場にも伝わってきていました。まだ「LIGHT HOUSE」でしか披露されていない「Orange」の生セッションはとても素晴らしかったです。
 

若林さんと星野さんによるユニット「LIGHT HOUSE」

 「星と若が”君”を変えるはず」

   その後、お二人はトークを挟み、最後にもう一曲「Pop Virus」を披露。この曲は、以前、星野源のオールナイトニッポンにゲストで若林さんが出演された際にコラボした楽曲で、MC.wakaとして若林さんがラップを載せたバージョンの披露となり大きな話題を呼びました。リリックは東京ドームバージョンにアレンジしなおされており、若林さんなりのディスとリスペクトが更新されていて最高にぶちあがりました。

    すべてを追いきることができなかったのでいつか歌詞をもう一度読みたいものですが、変更された歌詞の中で一つ大きく印象に残った部分があります。それは、オチサビの星野さんのパートで、以前は「星と若が夜を変えるはず」となっていた部分が、「星と若が“君”を変えるはず」となっていたところです。ラジオはどこまで行っても、リスナーとパーソナリティーの一対一という構図は変わりません。常に「君」に向かって届けるメディアです。だからこそ、若林さんと星野さんはこれからも我々リスナー一人一人に向けて笑いと音を届けてくださるでしょうし、我々リスナーはその笑いと音の中で若林さんと星野さんのことを探しに行くのだと思います。良くも悪くも貴方たちに変えられた一人として、同じ周波数のムジナとして、これからも胸を張って生きていきます。人生のフィナーレのごとく最高な時間をくださってありがとうございました!

「人には夢が必要だな。」ドームライブを観て改めて考えたこと

 約11か月もの長い旅路を一緒に伴走させていただいているような気がして、ドームでの最後の漫才が終わった後、僕は凄く全身の力が抜けたようなそんな感覚になりました。「あ~終わっちゃったなぁ」っていう。よく「文化祭は作っている過程が一番楽しい」とは言われるけども、観ている側からすれば、その過程のようなものを毎週の放送を聴きながらそしてYouTubeを見ながら感じてきてはいたわけで。そのうえで言うと、当日の内容は期待の何倍も超えてくるものを見せてもらえて、今世紀最大級に最高なショーだったと思いました。だからこそこれ以上の楽しみが今後あるのかと不安になり、これからを生きていく原動力が一瞬抜き取られたような感覚になったのかもしれません。

 ドームライブ最後のエンドロールの一番最後で、ドームライブ開催発表の回の生放送収録後の映像が流れたのですが、そこで若林さんが「生きていく上で人には夢が必要だな」というニュアンスのことを言っておられたのがとても印象的でした。自分自身もよく「自分は何のために生きているのか」と考えることがあるんです。一度きりの人生で何も為せないのは虚しいと思うと、何かをやる原動力になるし、良い意味で無敵の人となれる瞬間もあります。

    今の僕の夢は、音声コンテンツで面白いものを作ること、そしていつかはラジオ・音声コンテンツそのものを支える人間になることです。まぁ新卒でその夢への道が一度途絶えてしまったので、2023年は上半期から下半期中旬にかけて絶望の中をさまよっていたのですが...(笑)だから、今は何をすれば自分の夢が叶うのか全く見えないし、自分は今何が動力源となって生きているのかあまり分かっていない。ただ以前の絶望と悲しみを思い出さないように、必死に自分の夢中になれるもので周りを埋めて、見えないように、追いつかれないように、ギリギリの状態で生きてるのかもしれません。

    だけどまぁそれも良いのかな。自分が尊敬する人たちも、その道で悩み苦しみ、それが今生きる上での宝の地図となっている人が多いから。ただ諦めずにはやってみようと思います。だって、40代後半に差し掛かっても夢を持って生きてるおじさんたちがあんなにキラキラした表情で楽しそうに漫才やってるんだもん。誰に何を言われようとも叶えて見せたい。誰の価値観軸でもない、自分が一番楽しいと思える形で、人生を生き抜いていけたらさぞかし最高でしょうね。

妖怪「お守りジャラジャラ男」として生きていく

 最後にカーテンコールで若林さんが、「僕らがお守りを頂いたような気持ち」という言葉を仰っていました。人って、人類皆等しく、何かにすがらないと生きていけない生き物じゃないですか。元来、宗教が全世界に広がっているのってそういう面が大きいと思うので。でも最近、なんで日本人はこんなに宗教への信仰心が薄い人が多いんだろうなと考えるんです。これは1つの仮説なのですが、おそらく日本って宗教以外にすがれるものが沢山あるからじゃないかなと思いました。いわゆる「推し」ってやつですね。アニメやアイドルなど、サブカルチャーと呼ばれる分野に強い日本は、「推し文化」が世の中に浸透している稀有な国ではないかと思います。アニメのキャラクターやら、アイドルのメンバーやら、そしてそこから範囲を広げて、色んな人やモノにまで。すがれる対象が多いからこそ、信仰心の容量が分散しちゃってるんじゃないかなと思ったりします。

 で、何が言いたいかと言うと、やはり人は生きていくうえで「お守り」にできる何かが必要なんじゃないかということなんです。お守りのような音楽。お守りのようなライブ。お守りのようなアニメ。お守りのような映画。お守りのような本。お守りのようなグッズ。お守りのような景色。お守りのような瞬間。お守りのような言葉。没頭できるものというのとはまた違う。自分がありたい自分であるために必要な価値観や感情を呼び起こしてくれるようなもの。少なくとも僕はそれがないと人生という果てしなく孤独な旅路で必ず迷子になってしまう自信があります。それに気づいてから僕は出会いを大切にするようにしてきました。なるべく選り好みしないよう、自分が生きていく上で必要な何かに出会えることを期待して今も毎日を生きています。そしてその甲斐もあってか、僕には理想としたい人が今沢山いる。これは本当に幸せなことだなと思います。

 ただ、僕自身はどうやったって彼らにはなれません。若林さんのように普通の人が気づかないような本質を見抜く勘の良さ、星野さんのように多くの人々の苦しみや絶望の受け皿となってそれを作品に昇華させる力、佐久間さんのように俯瞰の分析に長け、ロジカルに自分の「好き」をやり続ける頭の良さ。頑張って近いところには行けても、過ごしてきた経験から異なる彼らに追いつくことなど到底できない。だからこそ、僕が目指すべきは、自分が出会ってきたものや尊敬すべき人たちから得た良いところの、少しずつをちぎって練りこんだ「マーブル状の集合体」なんだろうなと思っています。いろんな色のアメーバが溶けて混ざり合い自分を形作っていく。そんな成長の仕方が出来たら素敵だなって思うんです。だから、僕はこれからも、貰ったたくさんのお守りを腰のカラビナにジャラジャラひっかけて引きずりながら人生を行進し続ける、妖怪「お守りジャラジャラ男」として生きていきたい思います。

”トゥース”という共通言語

 若林さんは「お守りを頂いたような気持ち」と仰っていたけれども、僕にとっては若林さんの一つ一つの言葉がいつもお守りになっているし、今回の東京ドームライブも、その現象自体が今後の僕の人生にとって大きなお守りとなりました。若くして、人生においてラジオという最高の伴走者を手に入れた自分は本当にラッキーです。最高にトゥースな時間でした。あ、そういえばこの「トゥース」って言葉、古文で言うと「いみじ」、現代語で言うと「エモい」ぐらい汎用性高いですよね。普通の人からしたらただの一発ギャグなのに、あのライブ観てる人たちは全員ニュアンス掴めちゃうんだもんな。「当たり前のこと言って良い気になってんじゃないよ」って言われるかもしれないけど、そんなところも含めて、やっぱラジオって最高だよな!あの時間を一緒に共有した16万人の「おともだち」と、今後もいろんなところで出会えたらいいな

 最後の最後に、オードリーのお二人、そしてチーム付け焼刃を筆頭に今回の東京ドームライブを作り上げてくださったスタッフの皆様、1年以上もの準備、本当にお疲れさまでした!

 と、まぁこんなところで感想をまとめてみましたが、梅田のTOHOシネマズで最後に取材して下さったカメラマンさん、その節は素人がごちゃごちゃと喋ってしまいすみませんでした。でも、やっぱり僕には「好きなもの」への熱量を端的にまとめる能力ないみたいです!インタビュー素材使えるところあったかな….ないか(笑)とてもいい経験をさせていただきました!この場を借りまして、感謝申し上げます!ありがとうございました!

それでは、ミッフィーちゃん!!

永遠の3番

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