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【エッセイ】熱烈なファンがいる我が家のアイドル・次女の話

我が家には、アイドルがいる。
今年4月に産まれたばかりの、次女だ。

我が家にとっては2年ぶりの赤ちゃんで、そのほわほわで頼りなく、ミルクの甘い匂いがする豊満なボディに、親族一同やられっぱなしである。
ようやくご機嫌で起きている時間もそこそこに長くなってきて、たまにニヤリと微笑むだけで黄色い歓声が部屋中に飛ぶ。

ただ、そんなアイドルが、先月後半から随分と放置されている。
長女のイヤイヤ期が悪化したことが原因だ。

食事に集中せず、嫌いなものが皿に乗っているとスプーンやフォークを投げ散らかす。
着ている服が急に気に入らなくなり、脱ごうとするがメガネがひっかかってうまくいかず、泣き叫んで辺りを走り回る。
そんな長女に両親は振り回されっぱなしで、正直大人がふたりいても全然手が回っていない。

そんな長女の騒音にかき消されるのが、か細い次女の泣き声である。
まだ寝返りも打てずその場から動けないのをいいことに、長女を追いかける母にぽろんとソファに置き去りにされ、おむつが濡れた、お腹が空いた、さみしいよう、と泣いているが誰にも気づいてもらえない我が家のアイドル。

気がつけば、まあるく柔らかなふたつのほっぺに涙の跡を残して、自分の手を慰めに舐めながら、ひとりで勝手に寝てくれているのである。
そんな姿を見て、母は毎日、ああ、ごめんよ…と切ない想いでいっぱいになる。

長女が産まれたときは、こうではなかった。
周りに誰もライバルがいなかった初代アイドルの長女は、ふえっ、と彼女が一声あげただけで我先にと誰がが抱っこをしにきてくれた。

アイドルも、2代目になるとこんなに適当に扱われてしまうのか、と非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そんなある日、夫が出張で不在で、私ひとりで娘達ふたりをお風呂にいれていた。
自分は真っ裸のままあちこちを走り回り、ようやくふたりの着替が終わって、さて30代のかぴかぴな顔に化粧水でも、と一瞬目を離したときに、長女に負けないくらい大きな次女の泣き声が聞こえた。
びえええ、びえええ、びえええ、ととても生後2ヶ月には思えないボリュームの声に、何事かと肝を冷やして声のしたリビングに向かった。

そこには、ソファの上でまさに茹でダコのように全身を真っ赤にして泣き叫ぶ次女と、その前で気まずそうに引きつった笑顔を浮かべてる長女がいた。

とりあえず急いで次女を抱き上げ、呼吸を落ち着かせた。
なにか誤飲でもしたのかと思って頭の先から足の先まで視線を何往復かさせると、右目の下に何かが見えた。

それは小さな、でもかなりくっきりとした、歯型だった。

長女に問うと、 
「噛んじゃった」
となぜか照れながら答えた。

いますぐ叫んで怒ってしまいそうな気持ちをなんとか抑えて、なんでそんなことしたの?と聞くと、
「ちゅーしたかったの」
と、またなぜか照れながら答えた。

長女は、次女が産まれる前から、次女のことが大好きだった。
ちょうど、こどもチャレンジのしまじろうに妹のはなちゃんが産まれるのとまったく同じタイミングで次女が産まれたおかげかもしれない。
ベネッセの教材が素晴らしかったのか、下のきょうだいが産まれることについて完璧な予習を終えていた長女は、次女がいる母のお腹を毎日愛しそうに撫で、次女が産まれてからいままで一度も赤ちゃん返りをすることはなく、それどころか、イヤイヤ期が悪化しようが妹にだけはいい顔をするよく出来た姉なのである。

 「ごめんね○○ちゃん(次女の名前)。もう噛まないよ」
翌朝起きて、歯型は消えたがハッキリと青タンができた次女の顔を見ながら長女が謝っていた。
次女には悪いが、この場は謝ることのできた長女を存分に褒めてやった。

ふたりめ以降の子というのは、どうも損をしているような気がして、親としては申し訳ない気持ちになるものである。 
服や備品はお下がりになるし、もうすでに子育て経験があるという親の慢心と手のかかる上の子のせいで、抱っこしてもらう時間もひとりめに比べるとかなり短い気がする。

それでも、親以外に熱烈なファンである上のきょうだいがいること。自分を愛してくれる人が親に加えて他にもいることは、ひとりめには味わえない特典なのかもしれない。

後日談として、次女の青タンは事件の翌々日にはきれいサッパリ無くなっており、たった1日の化粧水不足の肌ダメージが数日続く母はさすがの若い細胞に嫉妬した。




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