見出し画像

月経代行業の女

私は、ほぼ毎日生理を迎える。
他の女の生理を代行することで生計を立てているからだ。

男が嫌いだから風俗なんて絶対やりたくなかった。というか人間が嫌いだから、人と話す仕事はできない。でも、世の中にあるのはそんな仕事ばかりだ。でも、お金は要る。だから今の仕事を選んだ。今の仕事はインターネットで完結するから、楽だ。

依頼者が生理の開始と終了予定日を専用サイトに登録して、私が「受けられます」ボタンを押す。依頼者が私の子宮番号を入力して、お金を払う。開始予定日の前後に、その人の分の生理が来る。終了予定日の前後に、その人の分の生理が終わる、お金が振り込まれる。1回2万円だ。依頼者は匿名で申し込めるから、それがどこの誰の血なのか、私にはわからない。依頼者が終了予定日をうまく読めてなかったり、生理を短く見せかけようと嘘の終了予定日を登録したりして、複数人分の生理がかぶることがある。生理が軽い人二人分なら大したことはないけど、どっちも重い人だと大変。長いことトイレに座って過ごす。水面が真っ赤になる。生理を代行したお金で買ったトイレットペーパーで血をふき、生理を代行したお金で買った水を流す。

ひどいときは一日中頭がぼんやりして、お腹や腰が痛い。生理を代行したお金で買った薬を飲んでみるけど、これらはなぜかなおらない。もらえる金額は同じだから、毎回、依頼者の生理が軽いのでありますように、と願う。でも基本的に、生理が軽い人はわざわざお金を払って代行を依頼しない。

そんなわけで今日の生理も重く、でろりでろりと血が出るのを感じながら横になっている。料理する気力はない。
それでも、カロリーの高いものが食べたい。ロールケーキとか、フライドチキンとか。私の生きたくなさは私の外身には伝わらず、勝手に生きようとしてくる。

それで、紺色のスカートを履いてコンビニに向かう。この仕事を始めてから、淡い色の服はほとんど履かなくなった。いつうっかり血が付いても目立たないように。服の色を決めるのは、私の意志ではなくて体だ。

コンビニは駅の近くまで行かないとない。あの人、いつもいるから、たぶん今日もいると思う。

「生理は、私達人類が続いていくために欠かせないもの、たいっせつなものです。そのためにひとりひとりが、しっかりと責任を果たしていかなければならない。それを、誰かに預けるということが、果たして許されるでしょうか」 

メガホンを通して聞こえる女の声。やっぱりいた。お赤飯おばさんだ。

お赤飯おばさんは、正確には「お赤飯の会」の人である(なぜわかるかというと、彼女の隣に立てられた旗にそう書いてある)。演説から得た情報によると、お赤飯の会は生理代行業を根絶すべく、全国各地で活動しているようだ。なんとかして法律で禁止させたいらしく、署名を集めたりしている。一定数集まったら、国会に提出するそうだが、明らかにサクラと思われる人以外が署名をしているところを、私は見たことがない。最近はサクラすらいないから、お赤飯おばさんは一人で延々と喋っている。

どのような人生を送れば、自分のことを棚に上げて人類のことを考える人間になれるのだろうか、と、私はしばらく立ち止まってお赤飯おばさんを見つめる。

しばらくぶりに関心を持ってもらえたことがよほど嬉しかったのか、メガホンを置いて、お赤飯おばさんは私に話しかける。

「ありがとう。あなたもおんなじ思いを持ってくれてるのよね!こんな世の中、おかしいわよね。生理は汚らわしいものじゃないのに、それがあるからみんな生まれてこられたのに、排除されて、お金儲けの手段にされるなんて」

生き生きと笑う人だ。

そういえば、今日はまだ誰とも話していなかったな、と思いながら私も口を開く。

「そうなんですよ、こんなに大事なものをみんなどうして捨てられるんだろう、もっと大切に、匂いとか、もっと楽しんだほうがいいのに、っていつも思います」

そしてリュックをおろして、横のポケットに入っている使い捨てスプーンを取り出して、袋を開ける。口にくわえる。そのあと、リュックから一番新しい使用済みのナプキンを取り出し、テープを剥がして中身を開く。スプーンを手に取る。ぷりっとした血の塊をスプーンですくい、口に入れる。匂いが鼻に広がる。舌で一瞬塊を転がして潰して、飲み込む。一回外に出ていったものをもう一度取り戻すのは変な感じ。

「こんなに、生き物の味がするのに」

女は突然静かになる。変な場所にほくろがある。よく見ると、目やにも気になる。

血が固まっているナプキンをリュックの上の方に入れている私は頭がいい。リュックいっぱいに入っているナプキンのうち2,3個を取り出して、全部路上に広げる。相手にスプーンを渡す。何人かの人が、こちらを見ている感じがする。しかし、見ているだけだ。

どうするか考えているような相手に、私は「いいんですよ、遠慮しないで」と言う。誰の血かわからないし、と思う。

女は、ゴキブリを処分するときみたいにおっかなびっくりスプーンを近づけて、塊を拾う。ゆっくりスプーンを動かす。だけど唇に近づける途中で手を滑らせて、塊を服の上に落とす。アイロンがかけられた真っ白い高そうなカーディガンに、赤い色が付着する。

女は、スプーンを置いてハンカチか何かを取り出そうとするけれど、私は静止する。
「だめですよ、早く全部食べないと。尊いものだから」    

そして相手にもう一度スプーンを渡す。

「さ、ちゃんとすくって。今度は気をつけて、慎重に口に運んでくださいね」

女が塊をスプーンですくうと、カーディガンにはヒルのような染みができている。

私は歯並びが悪いからあんまりはっきり笑わないようにしているのだけど、このときだけはどうしても大口を開けて笑ってしまう。

いただいたサポートは、ますます漫画や本を読んだり、映画を観たりする資金にさせていただきますm(__)m よろしくお願いします!