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恨むことを選ぶ権利:『マギ』

この夏、私の睡眠時間を奪ったのはサッカーではなく『マギ』だった。

私はネタバレが大嫌いなのだが、というのは私自身が、我慢できずにネタバレを読んでしまったことをいつも後悔しているクチだからなのだが(新鮮な気持ちでこの展開に出会えたらどんなによかったろう…と不可逆性に臍を噛む)、『マギ』の面白さをネタバレなしで伝えることは困難であるから、今日は解禁したいと思う。そうであっても、新鮮さはやはり大事なので、「忘却黒帯。忘却こそわが道。」と断言できる選民のみ、この先に進んでいただきたい。いざ『マギ』に取りかかる際には、「『マギ』ってすごいおもしろいらしい。たしか。」くらいの記憶しか、残してはいけない。
(私は、あなたのはじめてのマギ体験を矮小化したくない!)

~禁止ゾーンへのカーテンも兼ねて、あらすじ

突然、世界のあちらこちらに出現した古代王朝の遺跡群「迷宮(ダンジョン)」には、「ジンの金属器」と呼ばれる不思議な力を持つ魔法アイテムや、たくさんの金銀財宝が眠っているという。
砂漠の中のオアシス都市、チーシャンで働く少年・アリババも「迷宮攻略」で一攫千金を夢見る1人。
ある日、不思議な力を持った少年・アラジンと出会い、一緒に難攻不落の迷宮を目指すことに。
(アニメマギ(MBS)のサイトより引用。
https://www.mbs.jp/magi/sp/archive/01.shtml)


世界史が好きな人はきっと心ときめく
主人公らの名前からもわかるように、アラビアンな雰囲気から始まるこの物語なのだけれど、中国っぽい「煌(こう)帝国」、ローマっぽい「レーム」、モンゴルっぽい「黄牙」など、多くの国が登場する。建物や衣装などが、まず、よい。特に煌のデザインはよい。


ずっと絶対に正しいものなんてないって、何度でも何度でも何度でも『マギ』は言う。
私が『マギ』の最大の魅力だと思うところは、物語を貫く姿勢だ。この漫画は終始、「絶対に正しいことなんてあるのか?」、私たちに問いかけ続ける。このご時世、勧善懲悪の物語ってつくれないと思うのだけど、その、白黒つけない姿勢がとにかく徹底している。

まず、前述の煌帝国。どんどん周りの国を取り込んでいく国。そのためには、戦争することも辞さない国。

主人公の一人、アリババくんは実は某国の王子様である。彼の祖国は、あるとき煌帝国の傘下に入る。祖国の友人は語る。
煌は富める者からも貧しい者からも全てを奪い、誰もに煌風の服を着せ、煌風の建物を建てていった、と。更にアリババくんは、彼の友人をかつて苦しめた奴隷制が、祖国に導入されてしまったことを知る。

アリババくん、怒る。「許すまじ」と、私も思う。


しかしその後、アリババくんは煌帝国の皇子と語らい、煌帝国が目指すものもやはり戦のない世界なのだと知る。

皇子は言う。信じるものが違えば、わかり合うことは永遠に不可能だと。だから思想と規律を統一し、唯一の王が世界を統べるべきなのだと。今日の矛盾や不条理は、未来の平和のために仕方のないことなのだと。


さらにその後。物語は、ある強大な力を持つ男の手腕により、戦争がない世界を迎える。

しかし、煌帝国の首都は荒れ果てている。戦争がなくなって多くの兵士が職を失ったためであり、奴隷制によってシステマチックに分配されていた労働力が、その廃止によりバランスを欠いたためである、という。

実際の歴史から考えても、煌帝国、きっと正しくないところが多いんだと思う。でも、例えばだけど、主に共通語で授業をして、いくつもの学校で同じ道徳の教科書を使って、そういう日本の学校教育が目指していることと、この国のやり方が大きく違うって、私には断言できない。


アナキンは戻ってこなかったけど
突然ですが、『スター・ウォーズ』の話。私は熱心なファンではないけど、何かとアナキン・スカイウォーカーのことを思い出す。ダークサイドに堕ちてしまったことも悲しかったけど、それがやり直せなかったことが、どうしようもなく悲しかったから。

たぶん、これからのスター・ウォーズでは、やり直せる道について描いていくんじゃ?と思っているのだけど、その道、その先を、『マギ』は行っている。


またまた煌帝国の人の話になるが、練白龍、という大好きなキャラクターがいる。

白龍は、スター・ウォーズで言えば「ダークサイドに堕ちてしまった人」。父と兄二人の仇をとるために堕転し、力を得て、二人の命を奪った母親を殺す。さらには、その母親を長らく野放しにしており、現在は皇帝の座についている兄も殺そうとする。

白龍は元々、優しくて愛らしい人間だ。子供から花輪を受け取るときには相手に合わせてかがむし、好きな女の子の前では、ピンクの空気、出してたりする。だから堕転した白龍を、涙なしに見つめることなんてとてもできなかった。

とはいえ、簡単に白龍が「善人」に戻っちゃう物語なら、私はこんなにも彼を愛さなかったと思う。白龍の変遷を見てきて、最終的には主人公たちの「敵じゃない」人に戻ってくる彼を、ご都合主義だなんて一欠片も思わずに大好きなのは、「後ろを向くことも私たちの権利だとまっすぐに言う」、その豊かさに、感銘を受けたからだ。

第261夜(ちなみにこの話、余白や間の感じが素晴らしく、時の流れすら歪むようで、画面を眺めているだけで胸が詰まるコマがたくさんある)、堕転した白龍に、アラジンは「堕転」を止めたい、「堕転」は不幸だと考えている、と語る。これに対して、白龍は言う。

生きていく中で、
最初に目指していた輝かしい未来を…
…………


目指すことを、

途中でやめて、

恨んだり、

葛藤しては…

いけませんか?


不幸だからと…
…………


あなたに生き方を、
決められたくはないな。


このシーンの前でアラジンは、
白龍の友人を「正しさのために」
世界から追放する攻撃を放っていて、
彼もまたきっと正しくないから、
白龍の台詞はさらに厚みを増す。

「戻ってきた」あとの白龍は、
妊婦時代の食べ物の好みが
子供を生んでからも少しだけ残るみたいに、
堕転前の彼とは、やっぱり違っている。

アラジンや、アリババたちは、
憎まれ口を叩いたりしながらも、
そんな彼を受け止めて、
一緒に生きていこうとする。


私たちには、
本当は人を恨む権利がある。
後ろを向く権利がある。

それを認めて、
それでも、
人と話そうとし、
人を許そうとする物語だ、『マギ』は。

答えが一つじゃない世界で、
正しいことなんて
毎日くるくる変わる世界で、
それでも諦めずに、
みんなで道を拓いていこうとする物語だ。


だから、私はこの漫画が大好き。



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